夢は大きくオスカー!アカデミー賞公認・ニューヨーク国際子ども映画祭(アメリカ)
ぐるっと!世界の映画祭
【第70回】
俳優・斎藤工が声優を務め、齊藤工名義で企画・ストーリー原案・脚本に携わったクレイアニメーション『映画の妖精 フィルとムー』(2017)が、本来の目的である途上国の子どもたちへの無料上映に加え、国際映画祭も巡回している。製作を担当し、途上国での移動映画上映活動を行っているNPO法人 World Theater Project 代表理事・教来石小織さんが、第21回ニューヨーク国際子ども映画祭(2018年2月23日~3月18日)の模様をリポートします。(取材・文:中山治美、写真:教来石小織、NPO法人 World Theater Project)
米国アカデミー賞公認映画祭
ニューヨーク国際子ども映画祭(以下、NYICFF)は3歳~18歳の子どもたちを対象に、知的かつ刺激的で、創造性と思いやりの心を育む映画を届けるべく1997年に創設された。例年2,500本ほどの応募作の中から実写、アニメーション、ドキュメンタリー、実験映画など長・短編約100本を選んで上映する北米最大級の子ども映画祭だ。
2011年より米国アカデミー賞公認映画祭となっており、受賞作品はアカデミー賞実写短編部門とアニメーション短編部門へのノミネート選考対象となる。子ども対象の国際映画祭でアカデミー賞の公認を得ているのは、シカゴ国際子ども映画祭とNYICFFの2つだけだ。
年齢別による観客賞のほか審査員賞もあり、そのメンバーが豪華。ソフィア・コッポラ監督、ガス・ヴァン・サント監督、女優ユマ・サーマン、『カンフー・パンダ』(2007)のマーク・オズボーン監督、『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』(2018)のガモーラ役でお馴染みの女優ゾーイ・サルダナなどが務めており、ニューヨークゆかりの人たちの人脈をフル活用している。また年間を通して上映作品の巡回上映や映画制作ワークショップを行うなど子どもたちの映画教育に尽力している。
日本作品も例年数多く参加しており、第15回は沖浦啓之監督の『ももへの手紙』(2012)がグランプリ、第16回は細田守監督のアニメ『おおかみこどもの雨と雪』(2012)が観客賞を受賞している。そして第21回は湯浅政明監督のアニメ『夜明け告げるルーのうた』(2017)がオープニングナイトを飾り、さらに高畑勲監督の名作アニメ『太陽の王子 ホルスの大冒険』(1968)も上映された。
「『映画の妖精 フィルとムー』は映画を観られる環境にいない子どもたちに向けて上映するために作られた作品で、当初は映画祭への出品はまったく考えていませんでした。しかし多くの方の力で(クラウドファンディングなどで)制作資金が集まり、さらに秦俊子監督をはじめ制作スタッフの才能が本当に素晴らしく、期待以上にクオリティーの高い作品が完成しました。ご覧になった方からも『映画祭に出品した方がいいのでは』という声を多くいただき、映画祭出品経験のある秦監督や World Theater Project の東京本部ボランティアスタッフでもある内田英恵監督からのアドバイスをいただきながら、映画祭の申請手続きを行いました。ただし世界にはたくさんの映画祭があり、すべてに応募するのは難しい。なのでアカデミー賞公認の映画祭のことなどを教えていただきNYICFFに応募しました。“北米最大の子ども向け映画祭”という規模の大きさも決め手となりました」(教来石さん)。
反応は国籍や年齢変わりなし
『映画の妖精 フィルとムー』はニューヨーク・チェルシー地区にあるSVAシアターや同クイーンズ地区の映像ミュージアム「ミュージアム・オブ・ザ・ムービング・イメージ」内の劇場などで会期中に9回上映された。
「有名人が審査員に名を連ねており、渡米前はレッドカーペットがあるアカデミー賞ばりの映画祭を想像していました。でも実際は有志のボランティアスタッフが頑張る、とても温かくアットホームな映画祭で、逆にそれが、とても好ましく思えました」(教来石さん)。
同作は、映画の妖精フィルが、突如現れた夢の種ムーの導きによって名作映画の世界を旅するファンタジーだ。
「上映中、会場のあちこちから笑い声が上がったり、ひげを生やした年配の男性が、名作のオマージュに『ふふっ』と微笑んだりと、会場が一体になるのを感じました。これまでカンボジアなど途上国の子どもたちが観賞する様子は見てきましたが、映画を観ているときの表情の美しさやワクワクしている顔に差はなく、どこの国の子どもたちも同じなのだなと実感しました」(教来石さん)。
ただし鑑賞後の感想を求めると、お国柄の違いが出たという。「カンボジアの子どもたちは恥ずかしそうに一言二言答えるくらいですが、ニューヨークの子どもたちは自分の意見をしっかり語ります。『彼らが電車に乗っているところが良かった』とか『いろんな映画を取り込んでいるところが良かった』とか。エンディングについて、独自の解釈まで語る子もいて、そこまで深く観てくれているのかとうれしくなりました。国民性や教育の違いが影響しているのかなと思いました」(教来石さん)。
最後まで子どもたちが主役!
上映会場ではVR(バーチャル・リアリティー)ゴーグルを装着してアニメーションを観賞する体験コーナーや、アニメーション制作ワークショップなども開催されたという。そして3月17日にはSVAシアターで授賞式が開催された。
「授賞式はキッズバンドの演奏にはじまり、結果発表のドラムロールを子どもが担当すれば、年齢別による観客賞が設けられていたりと、子どもたちが主役になって楽しめる演出になっていました」(教来石さん)。
『映画の妖精 フィルとムー』が参加していた短編部門のグランプリは、青春ドラマ『ゲーム(原題) / Game』(ジェニー・ドノホー監督、アメリカ)に贈られた。同作は観客賞(12歳~17歳が投票)、グロウン・アップス賞(18歳以上が投票)の3冠に輝いた。
「黒人の女の子が男の子のフリをしてバスケットボール部に加入し、チームの一員として認められようと奮闘する実写なのですが、心を動かす映画は世相と連動しているのだなと考えさせられました」(教来石さん)。
教来石さんのお気に入りは、日本食料理店を舞台にしたアニメーション『ご苦労さま』(フランス)。同作はショートショート フィルムフェスティバル & アジア 2017でも上映され、NYICFFでも観客賞(5歳~10歳が投票)を受賞した。
「ぎっくり腰になった店員を治療院まで運ぼうとするコメディーで、単純に面白かったです」(教来石さん)。
残念ながら『映画の妖精 フィルとムー』は賞を逃した。それでも改めて皆で映画を観賞することの意義を再認識することができたという。
「スマートフォンで映画が観られる時代となりましたが、もしも自分が子どもの頃からスマホでしか映画を観ていなかったら、こんなに映画を好きになっただろうかと思うことがあります。家族と一緒に笑いながら映画を観た体験も経て、今の映画好きの自分がいるからです。そういう意味で、今後ますますNYICFFのような子どものための映画祭は意義あるものになっていくのでは? と思いました。お父さんやお母さんと手をつないで映画祭に行くことや、おいしいお菓子を食べながら、あの会場の温かさや一体感を体験することは、かけがえのない宝物になると思います。それは結果的に、将来、心から映画を愛する大人を増やすことにつながるのではと思いました」(教来石さん)。
元気に世界を巡回中
『映画の妖精 フィルとムー』は次々と国際映画祭への出品が続いている。昨秋の第30回東京国際映画祭でのワールドプレミアを皮切りに、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2018、第12回フラットパック映画祭(イギリス)、第4回ヒル映画祭(バングラデシュ)、第34回ロサンゼルス・アジアン・パシフィック映画祭(アメリカ)、第44回シアトル国際映画祭(アメリカ)、ショートショート フィルムフェスティバル & アジア 2018(日本、6月4日~24日)など。
これらの申請・出品作業は、大手映画会社であれば国際部が担当するが、自主製作である『映画の妖精 フィルとムー』は大学生のボランティアスタッフが大きな力になってくれているという。映画祭側との英語でのやり取り、上映素材の送付など想像以上に手間のかかる作業だ。
「一見、映画の現場は華やかに見えますが、秦監督の制作現場にお邪魔させていただいたとき、1コマ1コマ丁寧に作っていく映画制作は地味でそして尊い仕事の積み重ねだと思いました。そして、今回の出品作業を頑張る大学生のメンバーを見て、どんなに素晴らしい映画ができても、最後の最後に、こうした熱い思いを持った人たちがいなければ、多くの人に作品が届くことはないのだということを実感しました」(教来石さん)。
同時に途上国での上映活動も続いている。「わたしたちが現地で行っている移動映画館は、とても簡単なものです。現地の理解と、プロジェクター、スクリーンなどの上映機材、そして映画があれば上映できます。各国に縁のある個人や団体の方たちと協力し合って、これからも世界中の子どもたちに映画を届けていければと思います」(教来石さん)。
World Theater Project では『映画の妖精 フィルとムー』を最初の1作として、今後も上映作品を増やしていきたいという。