長瀬智也、社会にいる以上「不条理」と闘う人間でありたい
テレビドラマ「半沢直樹」「下町ロケット」などの原作者として知られるベストセラー作家・池井戸潤の小説を初めて実写映画化した『空飛ぶタイヤ』。トレーラーの脱輪事故で整備不良を疑われた運送会社の2代目社長・赤松徳郎にTOKIOの長瀬智也がふんし、愛する家族や社員たちの暮らしを守るべく、リコール隠しを目論む巨大企業に立ち向かっていく。『TOO YOUNG TO DIE!若くして死ぬ』などの宮藤官九郎作品をはじめ、これまでエキセントリックな役が多かった長瀬が、社会派ドラマの王道で魅せた真の男気とは?「不条理」だらけの世の中に言霊が飛ぶ。
ダメな部分も含めた人間味あふれる赤松社長に共感
Q:池井戸作品の初映画化で、しかも長瀬さんにとっては珍しい社会派ドラマ。オファーを受けたときはどんなお気持ちでしたか?
この映画に描かれている(リコール隠しによって派生する)社会的な問題を、観客の皆さんと一緒に考えることは、とても必要だなと純粋に思いましたし、これから社会に出る若い人たちにもぜひ観ていただき、何かを感じてほしいという気持ちになりましたね。現実でもこういう現象が起きていることを知っておくべきですし、日ごろから誠実な心を持って仕事に取り組んでいなければ、いつかボロが出てくるものだということにも気づかされました。この映画には、そういう大きなメッセージが込められているような気がします。
Q:人間味あふれる赤松社長にとても共感しました。演じる上で何か心掛けたことはありますか?
赤松社長って、何でもない人間だと思うんですよ。事件が起きたときに、整備に当たった自社の若手社員を疑ってしまうというダメ社長ぶりを露呈してしまいますが、そういうところを反省しながら少しずつ成長していくところにも人間味があふれている。だから、あまり役にクセを付けたくなかったですね。現実社会で生きている、いろいろな人に当てはまってくれればいいなと思いました。
Q:赤松社長は状況が不利になってもあきらめずに闘い続けます。彼をあそこまで突き動かしたものは何だと思いますか?
2代目なので、父親をリスペクトしながらも負けたくない、会社を潰したくない、という思いも根底にはあったと思いますが、自分を信頼してくれる従業員、そして何より家族の存在が大きかったと思います。緊迫した社会派ドラマの中にあって、あのアットホームな家族団らんのシーンはスパイスになっていますよね。何てことのない風景だったり、会話だったりするんですが、夫思いで前向きな奥さん(史絵/深田恭子)と、可愛い息子がいるからこそ、赤松は被害者の気持ちを想像できたんだと思うんです。「もしも、自分の息子が被害者の子供と同じような境遇になったら……」と。すると、すかさず奥さんから、「変なことを考えるんじゃないよ!」というゲキが飛ぶ。自分の気持ちを見透かしたかのようなひと言にどれだけ救われたことか。彼ががんばれたのは、そんな家族がいたからだと思いますね。
人が何と言おうと「自分がいい」と思ったらそれが答え
Q:長瀬さんが思う理想の社長像はありますか?
具体的なものはありませんが、一緒に仕事をしたり、話をしたりしていく中で、「この人は本物だ」とか、「この人は偽物だ」とか、自分の感覚でジャッジしていくところはありますね。いい人物を装っていても、薄っぺらいものはすぐにわかっちゃうというか。ただ、そこには明確な根拠はなく、動物的なアンテナが僕の中にあって、それを自分自身、信じているというか。だから、人が「あの人はダメだ」と言っても、自分が「いいんだ」と思ったら、それが僕にとって答えだと思うんです。
Q:敵役のディーン・フジオカさんとは初共演だったそうですが、俳優として何か長瀬さんのアンテナに触れるものはありましたか?
同世代で、音楽をやっていることは知っていましたが、自分が想像していた通りの人でした。好青年の部分もあるけれど、遊び心もどこかにあって、それがちゃんと芝居や音楽にも感じられるんですよね。
Q:撮影現場では、かなり意気投合したんじゃないですか?
今回は敵対する役ですし、お互いの気持ちのぶつかり合いによって化学反応が起きると思っていたので、あえて深いコミュニケーションは取らなかったんです。クリエイトする上で、あまり親しくし過ぎるのもよくないと言うか、お互いにそういう気持ちを持っていたような気がします。ただ、それでいて、わずかなシーンで、深いところで“心のつながり”みたいなものを感じさせないといけない、ということもお互いにわかっていたので、関係性が難しかったですね。
Q:高橋一生さんも同世代ですね。劇中、絡みはなかったですが、完成作品を観て、彼の芝居はいかがでしたか?
高橋さんとは「池袋ウエストゲートパーク」というドラマで共演したことがあるんですが、リコール隠しをする巨大企業に関わる要(かなめ)の立ち位置で、自分なりの正義を貫き闘う男をすごくクールに演じていましたよね。こういう男がいてほしいなと思いました。あのドラマからお互い年をとったけれど(笑)、同世代だからわかることもあるし、実際、絡みがなくても通じ合っていたところがあったような気がします。
不条理だらけの社会を当たり前だと思いたくない
Q:長瀬さんご自身は、こうした理不尽で許せないことが起きた場合、どんな行動を取ると思いますか?
自分の意見が全て正解だとは思いませんが、理不尽なことに対する自分なりの思いは相手にしっかりと伝えるようにします。ただ、それを相手に納得してもらうことは難しいと思うし、逆に相手の主張を僕が理解するのもなかなか難しいですよね。それなら、丸く収めるのが正しいのか? と言うと、それも違う。だから、僕は社会にいる以上、闘わなければいけないと思っています。世の中、不条理なことだらけだと思いますが、それが当たり前だとも思いたくない。中には、仕事だと割り切っている人もいるし、自ら率先してやっている人もいるけれど、不正に関与したことに変わりはないわけだから、そこにどう臨むのかがすごく重要だと思います。
Q:何があっても、しっかり向き合うことが大切だと。
社会はそういう人たちが入り乱れている場所だと思うので、不条理なものともつき合っていかなければいけない、という冷めた意見もあると思いますが、1人の人間として夢を持つのは自由だし、誰かに迷惑をかけることでもないので、僕はそういう気持ちをいつも持っています。
Q:本作は池井戸小説の初映画化になるわけですが、池井戸さんの作品の魅力を含めて、最後にこれから本作をご覧になる方々にメッセージをお願いします。
社会で生きる人の気持ちがわかる等身大のヒーローを作るところに、池井戸さんの内に秘めた情熱を感じました。社会のダメな部分や人間のダメな部分も含めて、いろいろなことがきれいごとではなくリアルに描かれているし、そこを妥協せずにやり抜こうという作り手の熱い思いは、観客の皆さんにきっと伝わると思います。赤松社長を観て、「自分と同じように闘っている人がきっとどこかにいる」と思うだけで勇気が湧いてくる、そんな映画になったと思います。
【取材後記】
不器用だけれど、家族のために、従業員のために、信念を持って闘う赤松社長。長瀬が演じることによって、池井戸ワールド全開のキャラクターに命が吹き込まれ、心に突き刺さるリアリティーを生み出した。自身の中で渦巻く思いを、オブラートに包まず、潔く言い放つ長瀬の姿は、この作品の座長をまかせられるのは彼しかいない、と思わせる男気に満ちている。情報や理論、あるいはイメージに惑わされず、本能で感じたものを信じる長瀬の生き方は、危うく見えて、実は現代社会に一番欠けている正義かもしれない。(取材・文:坂田正樹)
映画『空飛ぶタイヤ』は6月15日より全国公開
(C)2018「空飛ぶタイヤ」製作委員会