『終わった人』舘ひろし 単独インタビュー
常に紳士であることを貫く
取材・文:早川あゆみ 写真:日吉永遠
NHKの連続テレビ小説「ひらり」などの人気脚本家・内館牧子の同名ベストセラー小説を、『リング』シリーズなどで名高い中田秀夫監督が映画化。定年を迎えて家族からも疎まれるが、自分はまだ終わっていないと奮闘する主人公を演じたのは、代表作である『あぶない刑事』シリーズから齢68となる現在まで「ダンディー」という形容詞がぴったりとハマる舘ひろし。あえてパブリックイメージと真逆の役に挑んだ理由と、その面白さについて語った。
終わりたくないとあがく人の話
Q:インパクトがあり、かつハードルも高いのではないかと思われるタイトルですが、出演を決心した一番のポイントはどこでしたか?
確かに、最初「終わった人」と聞いたときはお断りしようと思いました(笑)。でも、信頼するプロデューサーさんが薦めてくださったことと、何よりネガティブなタイトルのわりに台本を拝見したら面白かったんです。原作はシニカルで淡々とした感じですが、台本はもっとデフォルメされていて、わかりやすかった。これは面白い映画になると思いました。
Q:完成した映画をご覧になって、その予測は当たっていました?
楽しい映画になりました。僕が演じた田代壮介は左遷された元エリート銀行マンで、左遷されたとき既に終わっているのに、定年を迎えても終わりたくないともがいている。男なら誰しも身につまされながら(笑)、共感していただけると思います。
Q:舘さんご自身は、「終わった人」とはどういう人だと思われますか?
自分の夢が果たせなかったときが、終わった人なんじゃないですかね。でも、別の夢ができて、それに向かってがんばろうって気力があれば、終わってない。壮介も、あれよあれよという間に次の仕事をオファーされたり、若い娘に恋をしたりします。それはすごくいいことですよね。たとえどんな結果になったとしても、その過程で生き生きするわけですから。だから、この作品で言いたいことは、「人生は終わらない」ってことだという気がします。
終わった人でもがんばれる
Q:舘さんご自身は終わっていない人ですよね。
いや、僕は自分の中では、とうの昔に終わっているんです(笑)。親が医者なので、医学部の受験に失敗して、医者になるのを諦めた19歳のときに、たぶん僕は終わったんです。だから、終わった人でもここまでがんばれるという見本かな(笑)。
Q:では、今の若い人に対してはどんな思いを持たれますか?
若い人は、若いってだけで素晴らしいですよ。僕も若いときはまったくわからなかったけど(笑)。年を重ねることは、経験から偉そうなことが言えるようになるだけのことです。年は、できれば重ねたくない。どこかでずっと、子供のままの気がするんです。大人に成り切れてないというか。
Q:では、たとえばご自身が終わったとおっしゃっていた、19歳から人生をやり直したいと思われたりしますか?
うーん、中学からちゃんと勉強していれば、もっと平々凡々とした人生が過ごせたかなとは思います。僕はグレた時代がありましたから(笑)。
Q:「ダンディー」という言葉を体現しているような舘さんに、平々凡々は似合わないです。
いやぁ、そう言っていただけるのはありがたいですけど、自分ではダンディーとか、あまりわからないです(笑)。平々凡々としたことが好きなんですよ。ただ、常に紳士でありたいとは思います。紳士の定義は、自己犠牲とか、思いやりということでしょ? そこは貫きたいと思っています。
ダサい服も似合っちゃう!?
Q:本作は舘さんにとって再挑戦だったそうですが、どのあたりを意識されたのですか?
中田監督と初めてご一緒させていただいたんですが、監督はとても頭が柔らかい方で、小芝居をさせてくださったんです。僕はわりと主演をやらせていただくことが多くて、主役はいつも受ける芝居が多かったんです。だから僕は「小芝居はしちゃいけない」と言われて育ってきました。でも今回は、僕が小芝居をすると「それ、面白いです」と監督が取り入れてくださった。そういう攻めの芝居は挑戦でした。
Q:具体的にどのあたりのシーンですか?
いっぱいありますよ。カプセルホテルのシーンは原作も脚本も「棺桶みたいだな」ってセリフだったんですが、「けっこう落ち着くな、ここ」と何となく僕が言ったら、監督が採用してくださいました。若い女性がマラソンをしているのに見とれてガードレールにつまずくのも、監督が「そのままいきましょう」って(笑)。
Q:最初のころの壮介はだいぶ情けない感じですよね。
おなかが出ていて、メガネもずれている感じは、演じていて楽しかったです。中田監督が「カッコ悪くしたい」って、ダサい洋服をいろいろ用意してくださったんですけど、着てみるとそこそこ似合っちゃう。着こなしてしまうのが、僕の悲しいところでした(笑)。
Q:広末涼子さん演じる久里を展示会に誘うシーンは、サングラス姿がカッコよかったです。
監督が『あぶない刑事』シリーズを意識して、サングラスをしようと(笑)。あそこだけはカッコよくしました。
勇気は常に持っていたい
Q:本作は自信作になりましたか?
ホッとする映画になりました。たとえ終わったと思っても、人生はずっと続いていくんだということを再認識していただけたらいいですね。
Q:これからも終わらず輝き続ける舘さんは、今後どんな役に挑戦したいですか?
まったくないです。希望を持ってしまうと、できないときに悲しくなっちゃうので。僕もいろいろな本を読んで、「この役をやってみたいな」と思うことはありますけど、当然ながらやれないことのほうが多い。これまで、自分でやりたいと思ってやれた役なんて、1、2本しかないです。ですから、お声掛けいただいた役を、自分ができると思ったらやらせていただきます。
Q:流れに任せるということですね。
そうです。でも、いろいろなことに挑戦する勇気は必要です。世間が作っているイメージみたいなものに自分が縛られてしまうのは、まったくバカげているので。10年くらい前、娘と心が入れ替わるというテレビドラマ「パパとムスメの7日間」に出演したとき、周囲に「どうしてそんなコメディーをやるの?」と言われました。でも、僕の中に、それをやろうと思う勇気があった。関ジャニ∞のみなさんと『エイトレンジャー』というヒーロー映画をやったこともあります。僕のパブリックイメージからしたら出演しないほうがよかったのかもしれないけど、それらがあったから、若い人たちにも支持していただけた。そういうことをやっていく勇気は、常にどこかで持っていたいと思っています。
「あぶ刑事」で勢いよくショットガンをブッ放していたのも思い出深いが、近年のテレビドラマ「クロスロード~声なきに聞き形なきに見よ~」「マチ工場のオンナ」での渋さの中に優しさが見え隠れする包容力にもグッとくる。画面の中の舘ひろしはそんな幅の広い人だったが、実際の彼も気さくで優しい笑顔が印象的だ。だがそこには、オーラとしかいいようがない威厳もある。さりげないしぐさがすべて絵になる、まさに「男のカッコよさ」の権化のような人、それが舘ひろしだった。
映画『終わった人』は6月9日より全国公開