イチローやスタバだけじゃない!米国最大規模のシアトル国際映画祭
ぐるっと!世界の映画祭
【第73回】(アメリカ)
メジャーリーガー・イチロー選手が会長付のスペシャルアシスタントを務めるマリナーズの本拠地として、また“スタバ”ことコーヒーチェーン・スターバックス創業の地として、日本人にも馴染みの深いアメリカ・シアトル。しかし、歴史ある映画祭が開催されていることは、あまり知られていないかも? シアトル国際映画祭(以下、SIFF)は、今年で44回(現地時間2018年5月17日~6月10日開催)の歴史を誇ります。今回、ショートフェスト・ウィークエンド部門に『映画の妖精 フィルとムー』(2017)で参加した秦俊子監督がリポートします。(取材・文:中山治美、写真:秦俊子、シアトル国際映画祭)
北米進出の入り口
アメリカでインディペンデント映画の祭典といえばロバート・レッドフォードが主催するサンダンス映画祭が有名だが、 SIFFはそれより2年早い1976年にスタート。インディペンデント映画の支援はもちろん、新人監督の発掘、欧州やアジアの監督たちの北米進出の入り口として定評がある。
過去には、ラース・フォン・トリアー監督『キングダム』(1994)、ダニー・ボイル監督『トレインスポッティング』(1996)、ピーター・チャン監督『ラヴソング』(1996)、トム・ティクヴァ監督『ラン・ローラ・ラン』(1998)などが観客投票によるゴールデン・スペース・ニードル賞(最優秀作品賞)。
またフランスのローラン・カンテ監督『ヒューマンリソース』(1999)が新人監督ショーケース賞を受賞している。ちなみに賞の名前のスペース・ニードルは、シアトルのシンボルである塔から名付けられている。
日本作品では米林宏昌監督『思い出のマーニー』(2014)が第41回でユース審査員賞を受賞。また第27回で黒沢清監督、第28回で三池崇史監督が注目の監督に贈られるエマージング・マスターに選ばれている。第44回は世界90か国から長短編にドキュメンタリー、さらにVR作品など433本が上映された。日本関連作品は次の通り。
●アジアン・クロスロード部門
是枝裕和監督『三度目の殺人』(2017)
●フェイス・ザ・ミュージック部門
スティーブン・ノムラ・シブル監督『Ryuichi Sakamoto: CODA』(日本・アメリカ)
●WTF(Wild, Terrifying, Fantastic!)部門
西見祥示郎&ギヨーム・“RUN”・ルナール監督
『ムタフカズ』(日本・フランス)
●ショートフェスト・ウィークエンド部門
秦俊子監督『映画の妖精 フィルとムー』
●アーカイバル・プレゼンテーション
溝口健二監督『山椒大夫』(1954)
多くの映画祭は1週間~2週間の開催期間だが、SIFFは25日間と長期で行われることもあり、例年、約15万人を動員するという。
「観客は圧倒的に地元の方が多いという印象でした。ゲストも、北米の監督がほとんどで、アジアからの参加者はあまり見かけず、国際映画祭というより地元の映画祭に参加しているという感覚です。そして、どの映画祭も多数のボランティアによって支えられているのが常ですが、上映前のスクリーンにボランティアへの感謝を表す映像が流れたことに驚きました。あまり海外の映画祭に参加したことがないのでこういう光景を見るのは初めて。海外ではこういう粋なことをしているのだと感動しました」(秦監督)
ニューヨークからシアトルへ、広がる映画祭の輪!
『映画の妖精 フィルとムー』のSIFF参加は、今年2月に開催された第21回ニューヨーク国際子ども映画祭での上映がきっかけだという。ニューヨークで作品を鑑賞したSIFFのプログラマーから直接、秦監督の元へ上映希望の連絡が来たという。
「映画祭側から直接メールで連絡が来ることが増えました。映画祭の繋がりでこうして作品が広がっていくのを実感します」(秦監督)
上映は、ショートフェスト・ウィークエンド部門の中のプログラム「ザ・ファミリー・ピクチャー・ショウ」で、他の13作品と一緒に現地時間5月26日に上映された。アメリカでは5月28日はメモリアルデー(戦没者追悼記念日)にあたり3連休となることから、SIFFではこの時期に家族で楽しめるプログラムを用意。会場は多数の親子連れで賑わったという。上映後にはQ&Aを行ったが、通訳が用意されておらず、秦監督は自力で対応したという。
「最初のあいさつでわたしの英語は初心者レベルであることは、会場の方もわかったと思うんです。だからそんなに質問も来ないだろうとタカをくくっていたら、子供たちが容赦なく手を挙げている(苦笑)。『制作期間は?』『制作工程を教えて』『これから作品を作っていこうとしている人たちに向けてメッセージはありますか?』などの質問を受けましたが、最終的には20%ぐらいしか伝わってなかったのではないか? と思うと、自分の英語力のなさに結構へこみました。にもかかわらず、上映後にも『近所の日本人にもあなたの作品のことを伝えるわね』などいろいろ声をかけられたのが凄くうれしかったです」(秦監督)
なお、SIFFの短編はコンペティションの対象となる。ナラティブ(物語)、アニメーション、ドキュメンタリーの3部門に分けられ、それぞれ観客投票によって選ばれるゴールデン・スペース・ニードル賞または審査員によるグランド・ジュリー・プライズが贈られる。
またグランド・ジュリー・プライズには賞金2,500ドル(約27万5,000円。1ドル=110円換算)とアカデミー賞の応募資格が与えられる。『映画の妖精 フィルとムー』は残念ながら賞を逃した。が、直後に行われたフロリダ・アニメーション・フェスティバル(現地時間6月14日~17日)で観客賞受賞の朗報が届いた。『映画の妖精 フィルとムー』の魅力は、確実に北米に広がっているようだ。
スタバやアラスカ航空とコラボ
『映画の妖精 フィルとムー』の上映は劇場だけではなかった。
スポンサー企業であるスターバックスでは映画祭会期中、顧客にもSIFF参加体験を味わってもらおうと短編7作の無料視聴サービスを行った。
そのうちの1本に選ばれたのが『映画の妖精 フィルとムー』だったのだ。
「映画祭の出品書類を提出する際、スタバでの上映を許可するか否かのチェック項目がありました。その許可を出した作品の中から選んでくれたのだと思います。本当にシアトルはスタバの街で、日本でいえばコンビニ並に店舗があるという印象だったので、少しでも多くの人に観てもらえるチャンスがあるのはありがたいと思います」(秦監督)
また、同じくスポンサー企業のアラスカ航空の機内でも、過去の作品の中から数本を月替りで上映。
さらに閉幕後も映画祭参加作品の定期上映、次代の映画制作者を育成するエデュケーションなど年間を通した活動を行っている。
それが出来るのは、SIFFフィルムセンターという活動拠点を持っていることが大きいが、こうした地道な活動が、映画祭の動員にも繋がっているといえるだろう。
アメリカ進出の第一歩
日本からシアトルまでは直行便で約10時間。秦監督は渡航費+宿泊費ともども自費で参加した。大きな映画祭でも、限りある予算の中から短編の監督までなかなか招待の声がかからないのが歯がゆい。
「2011年に短編映画『さまよう心臓』(2011)の上映で、ロサンゼルスで開催されていた日本映画祭・LA Eiga Fest(2015年で終了)に参加するために渡米しました。
もともとアメリカ映画が好きで憧れがあったこともあり、その時の滞在が本当に楽しかった。なので次に仕事で行く機会が出来たら自費でも参加したいと思ってました」(秦監督)
滞在中は映画祭以外にも、しっかり下調べをして観光にグルメにと、シアトルの街やアメリカの文化を吸収してきたという。積極的に行動したのには理由がある。
テレビアニメ「サウスパーク」が好きだという秦監督の目標は、アメリカでテレビシリーズを手がけること。
その第一歩として、俳優の斎藤工が声優を務めた人形アニメーション『パカリアン』(2017)のショート版を、アメリカのカートゥーンネットワーク Adult Swim で制作し、今年5月に公開されたばかり。その続編を制作したいという。
「なので、今回の旅のテーマは、“地元の人たちが集まる場所で、どれだけ自分をアピール出来るのか?”。以前、海外のスタジオに向けての企画マーケットに参加した際に通訳を交えてプレゼンテーションをしたのですが、自分の企画意図を正確に伝えるためには、自分の言葉で説明するのが大切なのだと痛感しました。なので語学の習得は必須なのですが、どうもわたしは怠惰なところがあって、長続きしない。必要に迫られればやる気が出るのではないかと……」(秦監督)
結果はまだまだ修行の必要性を感じたようだが、Adult Swim 版『パカリアン』は好評で、続編のアイデアも構想中だという。
その前に、第13回札幌国際短編映画祭(10月1日~14日)のコンペティション・プログラムに『パカリアン』、ファミリー&チルドレン プログラムに『映画の妖精 フィルとムー』が選ばれ、映画祭に参加予定だ。
制作するだけでなく、そこから映画関係者や観客に広めるまでの発信力を身に付ける。それも作品を作り続けていくために大切な要素なのだ。