『寝ても覚めても』東出昌大 単独インタビュー
1分1秒が新しい挑戦だった
取材・文:天本伸一郎 写真:日吉永遠
そっくりな顔をした二人の男に惹かれた女性は、男の何を愛したのか……。唐田えりかふんするヒロインが直面する、愛の本質や在りかの行方を描く大人の恋愛映画『寝ても覚めても』。芥川賞作家・柴崎友香による同名原作に惚れ込んだ濱口竜介がメガホンを取った。主演を務めた東出昌大は、妖しい魅力を放ち直感的に生きる「麦」(ばく)と誠実で優しい好青年の「亮平」という対照的な二人の人物を演じている。初の一人二役に挑んだ東出が、その演出法に絶大な信頼を寄せたという濱口監督の下での撮影現場を振り返った。
東出の意外な一面
Q:初の一人二役ですが、麦と亮平という対照的な人物をどのように解釈していましたか?
麦は、究極のさらに上をいくマイペース。唐田えりかさん演じる朝子という運命の人を振り回すことになるけど、チャラついた男ではないし、人からの見られ方をいっさい気にしていない。本当に悪い男だったらこの物語は成り立たないのだろうなと、原作を読んだ時から思っていました。亮平は、ずっと周りにも気を遣い続けていて、非常に好青年で素晴らしい人間なんですけど、女性からしたらどこか物足りなさを感じてしまうところもあるのかなと。割とよくいるタイプの男じゃないかなとも思います。
Q:どちらに似ているとか共通点はありますか?
両方の要素があると思うのですが、映画の関係者やご覧になった知人などからよく言われるのは「麦っぽいね」って(笑)。
Q:一般的には好青年の亮平的なイメージで見られていると思うので、意外ですね。
不思議と麦の気持ちはすごくわかりやすかったし、難しいこともなかったです。クランクイン前のワークショップで濱口監督から、「麦は難しいキャラクターだと思っていたけど、東出さんは亮平の方が難しいんですね」と言われた時には、「そんなに人間性が歪んでいるのかな?」と思いました(笑)。
全身全霊を投げ打った青春
Q:メインキャストが集まった濱口監督によるワークショップが、クランクイン前の3か月の間に毎週のようにあったそうですね。
濱口監督の演出をやる上で、ワークショップ期間が長かったのは非常にありがたかったです。その中には、それぞれの役に対して、愛とはなんですかといった15の問いにインタビュー形式で答えていくことで、役を染み込ませていくような時間もありました。そういったことを積み重ねて、意識的に麦と亮平を演じ分けなくても、自然と違う人物に見えるように演じることができました。それに、初対面の方と旧知の親友役をやるよりも、実際にその人と長く時間を過ごした上でお芝居をやった方が、旧知の雰囲気も出せるかなと。また、監督が「信頼関係があることによって、それが画面に映ると思うので、信頼関係を築いてください」ともおっしゃったので、友人役の共演者のみんなと余暇の間に交流して、信頼関係を築くことができました。その時間というのはカメラに映っていると思うし、ある意味での友情や親愛の情も、レンズを通して作品に残ったと思う。そこに嘘はないなと思います。
Q:濱口演出の独自性とは?
お芝居は「生もの」だとおっしゃっている言葉が印象的でした。濱口監督の演出方法を、僕は勝手に「濱口メソッド」と言っているのですが、それはまずワークショップで、ニュアンスを抜いた脚本(ホン)読みを何百回もやるんです。今までの撮影現場では、シーンごとに「段取り(撮影手順などを確認するためのリハーサル)」「テスト(本番に近いリハーサル)」「本番」という流れで進むことが多かったのですが、濱口監督の現場は違って、段取りもテストもニュアンスを抜いてやるんです。本番の1回だけが「生もの」っていう現場はあまりなかったので、それは非常に独特に感じつつも、カメラ前でただ素直にセリフを言うことが何よりも大事で、役を生きるということはそういうことだと教えてもらいました。
Q:この作品での経験が、その後の自身の芝居に活かされているような実感はありますか?
濱口監督の演出と現場を経験することによって気づいたことは、大変多かったです。でも、それを別の監督の現場でもそのまま活かせるかといったらそういうわけではないです。ただ、僕は濱口監督に惚れ込んだので、また出演させていただきたいし、大好きです(笑)。この映画のクランクアップ時のあいさつで「完成品を観るまで死ねない」と言ったんですけど、本当にそういう思いでした。それだけ思い入れが強かったし、僕にとっては全身全霊を投げ打った青春でもあったので、そういう意味では特別な作品ですね。
Q:全身全霊を投げ打ってまでやりたいと思った理由とは。
共演者同士で食事に行った時に、「なんでこんなに(共演者同士が)仲良くなったんだろう?」という話になったことがあるのですが、「多分それは、濱口監督が持つ映画に対しての純真無垢な愛ゆえだろうね」と。船に例えるなら、濱口監督というあまりにも巨大でしっかりしたマストがあったので、向かう方向はみんな一緒でした。だから全身全霊を込めたいと思ったし、濱口監督とお仕事している1分1秒がずっと新しい発見や挑戦でもあった。そういう現場だったからだと思います。
愛というのは一種の狂気
Q:コンペティションに出品されたカンヌ国際映画祭には東出さんも参加されていましたが、どんな反響がありましたか?
記者会見で印象的だったのが、現地の取材陣の方からの「これはジャパニーズホラーなのか?」という質問で。ある意味、不気味な空気感は僕も根底に感じていたので、それはなんだろうと思ったら、同席していた濱口監督が「愛というのは一種の狂気で、その愛ゆえに人はそれぞれさまざまな選択をして物語が進むけど、その愛が見え方によっては狂気に映ったとしたら、それはその通りだと思う」と答えたんです。受け取り方は千差万別だと思うけれども、わかりやすく「愛って素晴らしいよね」ということとはまた違うと思うんです。でも、そこに愛は映っていたと僕も思うから、それを狂気として捉えられたのは非常に面白く、嬉しかったです。
Q:千差万別の見方をされているというのは、多面的な魅力を持った深みのある映画の証だとも言えるため、手応えを感じていらっしゃるのでは?
ひと筋縄ではいかない相当な問題作になっているとは思っています。それは、美しくて清く正しい恋愛映画を観に来たお客さんを裏切るかもしれないので怖くもあるけれど、非常にリアリティーが強い作品になっているんじゃないかなと思います。
30歳を迎えて
Q:今年公開の映画にナレーションも含めてすでに6本も関わっているなどお忙しそうですね。プライベートの時間を確保するのも難しいのでは?
確かに忙しい時は、プライベートの時間は少ないです。でも、俳優を6年やってきて自分のペース配分もわかるようになってきました。
Q:今年30歳を迎えましたが、一つの区切りと考えていたり、心境の変化などはありますか。
そういう答えやヒントみたいなものがあるのかなと思って、20代前半の頃から先輩方に「30代っていかがですか?」と伺っていたら、「10代の頃よりは楽になった」とおっしゃる方がたくさんいました。そういう先輩方に「30歳になってみてどう?」と聞かれた際、「そんなに楽にならないですね」と答えたら、「まあそういうもんだよ」と言われて(笑)。とにかく1作、1作、与えられた中で目の前のことを責任もって120%でやるっていうことが、次にもつながるのかなと思って頑張っています。
好青年の亮平より、自由すぎる麦の方が似ているという話を聞いて、あるテレビ番組で語っていた10代の頃に上野にスケートボードを買いに行った際、買いたいものがなくて舌ピアスをあけたというエピソードを思い出した。そんな直感的で予測のつかない行動は確かに麦だが、真摯(しんし)に語る目の前の姿は好青年そのもの。思い入れの深さもヒシヒシと感じた本作は今後、東出の代表作の一つとして語られていくであろう。
映画『寝ても覚めても』は9月1日より全国公開