『コーヒーが冷めないうちに』有村架純 単独インタビュー
未来は変えられる
取材・文:前田かおり 写真:尾藤能暢
とある喫茶店のある席に座ると、カップに注がれたコーヒーが冷めてしまうまでの間、望んだ時間に戻ることができる。「もしも、あのときに戻れたら」と思う人々の願いをかなえる喫茶店を舞台に描き、本屋大賞にもノミネートされたベストセラー小説を映画化。喫茶店でさまざまな客と出会い、大切なそのときへといざなう店を切り盛りするヒロインを演じた有村架純。「重版出来!」や「アンナチュラル」など高く評価されたドラマを放ち、本作で映画監督デビューした塚原あゆ子のもとで、ファンタジックで心揺さぶられる物語を作り上げた。
すごく楽しみな作品だった
Q:「とにかく泣ける」と口コミで広まった原作をもとにした作品ですが、脚本を読んでどう思いましたか?
4つのエピソードがあって、それぞれが断片で終わるのではなくて、ちゃんと4つのエピソードを含めた1本の作品になっていたんです。だから、脚本を読んでいても話にすーっと入りやすかったです。ただ、ファンタジー要素もあるので、それを画にしたときにどうなるんだろうと読んでいても想像できなかったのですごく楽しみでしたね。
Q:脚本を読む前に原作を読んでいたんですか?
はい。なので、松重(豊)さんと薬師丸(ひろ子)さんが演じる夫婦の話は男女の設定が逆になっていましたし、(伊藤)健太郎さん演じる新谷は映画だけのキャラクター。それにわたしが演じる時田数は、原作の時田計と時田数が合わさって描かれているんです。だから、原作を読みながら、計さんの明るく社交的なところと、数のミステリアスで、ちょっと淡々としているようなところをうまく取り入れられるようにと役作りをしました。
監督は思ったことを素直に伝えるタイプ
Q:現実とタイムスリップするというファンタジーが地続きで描かれていて、その演技のさじ加減が難しいと思うのですが、撮影現場ではどのように演じられていたのですか?
現場に入ったときには、塚原監督のアイデアで過去へタイムスリップする描写はきちんと作られていたので、わたしたちはそこに飛び込んで、やらせてもらっていました。あの描写の発想は監督が生みだしたものだと思うんですよね。
Q:具体的にはどんな説明を受けたのですか?
たとえば、コーヒーを淹れるところのシーンも監督の中で、どういう風にカットを割って、画を作るかというのも出来上がっていました。だから、現場では、「コーヒーの蒸気が上がると天井に水滴がついて、それが落ちたことで過去に戻れる。その落ちた水滴が時のトンネルとなって(過去に戻る人が)、水にジャボンと入る」みたいなことをおっしゃっていたので、「あ、なるほどな」って思いました。
Q:塚原監督とは、この映画が初めてで、秋からのドラマ「中学聖日記」でまた仕事をされていますね。
塚原監督については、以前から、誰もが「素晴らしい監督だ」とおっしゃってるのを聞いていたんです。今回、ご一緒してみて、その意味が本当にわかりました。ほかにも役者を愛して、役を愛してくれている監督っていらっしゃるとは思うんですけど、塚原監督の場合はその思いが真っ直ぐ伝わってくるので、わたしたちとしても、とても嬉しいです。それに、監督は感じたこと、思ったことを素直にその場で言いたいタイプみたいなんです。「数ちゃん、かわいい」とか「すごいすてきです!」とカットごとにわざわざ現場まで走って言いに来てくれるんですよ。そう言っていただくと「あ、これで本当によかったんだ」とか「こういう風に見えていたならよかった」と安心できて、励ましにもなります。とても優しい方ですし、現場では「それは要る」「それは要らない」と瞬時にいろんなことを判断する力がある。とても男前なんです。だから、わたしたちもそれに助けていただいたというか。カッコイイなと思いながら、現場にいましたね。
Q:演出でとくに印象的だったシーンは?
健太郎さんとのシーンで、胸がキュンとするポイントがあって。そういうところを細かく指導されたのが印象的でした。男前なところもある監督ですが、当然、乙女な気持ちもあって、すごく繊細な感情を持っていらっしゃる方なんだなと思いました。
Q:確かに、数と新谷の距離が縮まっていく過程の描き方が丁寧ですね。
何か仕掛けるからドキッとするというのではなくて、日常の積み重ねの中でキュンとさせるのがホントにうまい監督だと思います。
役と通じるものがあった
Q:数は人の幸せを気にしながらも、自分のことは二の次。自分自身のことをあまり人に明かそうとしない。そんな数の気持ちに共感するところや、自分自身と重なるところはありますか?
数は客観的に物事を見て、周りを見て、立ち入っていいかダメかというのを見ていて、自分があまり前に出ない。わたしもあまり自分のことを話すタイプではないし、人との距離も詰めるタイプではないんです。だから、なんとなく彼女とは通じるものがありました。
Q:すごくすてきに演じられていました。
本当ですか? でも、今回はすごく難しかったんです。数は基本、受け身なので、感情を激しく出すわけじゃない。だから、見ている人が平板な演技だと思うんじゃないかなと。演じながらどの程度までやればいいのかわからなくて。もうちょっと感情を出していいのかどうか。難しかったですね。
Q:出来上がったものをご覧になったときは、その不安は消えましたか?
やっぱり、気にはなりましたね。もうちょっとやっておけばよかったんじゃないかと思います。これで合ってたのかどうか。監督がOKしてくれればいいんでしょうけど。自分にはいつもわからないし、不安は消えないですね。
Q:若年性のアルツハイマー病に侵された妻を見守る松重さんの熱演シーンが見どころの1つでもあると思うんですが。
とくに、薬師丸さんと対峙するシーンはモニター越しに見ていたんですが、現場でもすすり泣きする人たちがいました。松重さんの熱演で周りの方の心かすごく動いたのを感じました。
過去に戻れるとしたら
Q:この映画の魅力はどこにありますか?
4つのエピソードがあって、それぞれの話と近い立場や世代の方は共感できると思うし、ぐっと来る部分もたくさんあります。その半面、年齢に関係なく、心に響くものがあるんじゃないかな。それから、過去に戻っても起きてしまったことは変えられないけれど、未来は変えられる。これからの明るいお話でもあるので、ちょっとした希望とか期待とかそういうものを感じてもらいたいです。
Q:もしも、この映画のように過去に戻ることができるとしたら、どの時間に戻りたいですか?
そうですね。軽い感じのものだと、高校時代ですね。わたしは芸能界に入ってしまって、地元の高校を友だちと一緒に卒業ができなかったので、最後までみんなと思い出をたくさん作ってから、バイバイしたかったなーという悔いがあるんです。それともう1つ、踏み込んだところでいくと、デビュー当時に戻りたいですね。ガムシャラに頑張って、仕事に取り組んで、何が起きても別に怖くないというような心構えだったときに戻りたいですね。もちろん今も頑張ってるんですけど、経験を積み重ねていくとだんだん臆病になるというか。まあそういうことを払拭するべく、もう1回、戻ってみたいですね(笑)。
コーヒーを静かに注いでは、過去へ戻りたいという人々の願いをかなえていく数。そんなキャラクターを凛として演じた有村は「過去に戻れるなら、無我夢中で頑張っていたデビュー当時に戻りたい」という。デビューから8年、時を重ね経験も重ねながら新たなキャラクターを次々と演じる姿はチャレンジャーに見えるが、「臆病になっている」と自分に厳しい。過去は変えられないけれど、未来は変えられる。この映画が伝えるメッセージを体現するかのごとく、真摯にそして繊細に彼女は演技に向かっている。
映画『コーヒーが冷めないうちに』は9月21日より全国公開