デジタルシネマ先駆者の進化 SKIPシティ国際Dシネマ映画祭
ぐるっと!世界の映画祭
【第74回】(日本)
埼玉県川口市に映像施設SKIPシティが誕生したことをきっかけに、2004年に始まったSKIPシティ国際Dシネマ映画祭(以下、SKIP)が、今年で15回という節目を迎えました。Dシネマ(デジタルシネマ)にいち早くフォーカスしたことで注目されましたが、デジタルが当たり前となった昨今、先駆者たるSKIPはどのように進化したのでしょうか。7月13日~22日に開催された第15回を映画ジャーナリストの中山治美がリポートします。(取材・文:中山治美、写真:SKIPシティ国際Dシネマ映画祭)
新人発掘強化でコンペをリニューアル
SKIPは、会場であるソフト映像制作支援施設・彩の国ビジュアルプラザなどを要するSKIPシティの特徴を象徴すべく、エンターテインメント性とデジタルの新たな表現の可能性を感じる作品を募集し、次代を担う新鋭を発掘することを目的として2004年にスタートした。
第2回の長編部門で、ミランダ・ジュライ監督『君とボクの虹色の世界』(2005)とスザンネ・ビア監督『ある愛の風景』(2004)が最優秀作品賞を、第4回ではヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督『Climates/うつろいの季節(とき)』(2005)が同じく最優秀作品賞を受賞し、今や世界で活躍する彼らを日本でいち早く紹介した。
さらに、第6回で白石和彌監督が長編デビュー映画『ロストパラダイス・イン・トーキョー』(2009)でSKIPシティアワードを獲得してメジャーへの道を駆け上がっていったことや、第9回で監督賞とSKIPシティアワードをダブル受賞した中野量太監督『チチを撮りに』(2012)がベルリン国際映画祭をはじめ世界へと羽ばたいていったことで、日本の新人監督の登竜門としての評価が定着しつつある。
そこで、より新鋭にフォーカスすべく第15回から応募条件や部門を刷新。国際コンペティションは長編映画制作4本から3本までの監督による公募と変更。国内コンペティションは新たに長編部門を設けた。国際コンペティションにおいては、過去最高の98か国から656本の応募があったという。
一方で国内コンペティションの長編部門に67本の応募があったそうだが、選ばれたのがわずか4本で、そこから最優秀作品賞を選ぶのは審査員の苦労がしのばれる。同短編部門も176本の応募のうち9作品がノミネートされたが、うち8本がゆうばり国際ファンタスティック映画祭など国内の他の映画祭で上映され、すでに評価を受けた作品だった。デジタル機器の発達と共に自主映画の制作本数も増え、それに伴い同様に新人発掘を目的に掲げたカナザワ映画祭や田辺・弁慶映画祭など国内映画祭が活況を極めている。
実はSKIPの場合、他の映画祭にない特色として、国内作品を対象にしたSKIPシティアワードに選ばれると次回作で彩の国ビジュアルプラザ内の施設や設備が使用できる副賞が授与される。さらに映画祭運営会社でもある株式会社デジタルSKIPステーションが『チチを撮りに』や第10回で長編部門審査員特別賞を受賞した坂下雄一郎監督『神奈川芸術大学映像学科研究室』(2013)などの受賞作の配給も行っている。これらの特性を打ち出しつつ、いかに良質な作品を集めるかが、今後の課題だろう。
国内コンペ最高賞『岬の兄妹』に注目!
今年の受賞結果は以下の通り。
<国際コンペティション>
●最優秀作品賞
クリスティーナ・チョウ監督『ナンシー』(アメリカ)
●監督賞
ハーフシュテイン・グンナル・シーグルズソン監督『あの木が邪魔で』(アイスランド、デンマーク、ポーランド、ドイツ)
●審査員特別賞
シン・ドンソク監督『最後の息子』(韓国)
●スペシャル・メンション(審査員により今回特別に追加された賞)
アウサ・ベルガ・ヒョールレーフズドッテル監督『ザ・スワン』(アイスランド、ドイツ、エストニア)
●SKIPシティアワード
中川奈月監督『彼女はひとり』(日本)
●観客賞
パブロ・ソラルス監督『家(うち)へ帰ろう』(映画祭タイトルは『ザ・ラスト・スーツ(仮題)』スペイン、アルゼンチン)
<国内コンペティション>
長編部門
●最優秀作品賞&観客賞
片山慎三監督『岬の兄妹』(日本)
短編部門
●優秀作品賞
磯部鉄平監督『予定は未定』(日本)
●審査員特別賞
溝口道勇監督『口と拳』(日本)
●観客賞
板垣雄亮監督『はりこみ』(日本)
国際コンペティションの審査について、審査委員長の女優・渡辺真起子によると選考はスムーズに行われたそうで「どれも見応えがあり、丁寧に制作されたことを作品そのものから感じることができた」と総評を語った。その言葉通り、小粒ながら見応えのある作品が揃った。
最優秀作品賞の『ナンシー』は、嘘をつくことで周囲の関心を得ようとする愛に飢えた女性の物語。ある日テレビで、30年前に行方不明になった少女と自分が瓜二つであることを知って、自ら名乗り出て少女を捜す両親と暮らし始める。これも嘘か? はたまた真実か? 観客の心をも惑わせながら、それぞれの葛藤を描いていく。本年度のサンダンス映画祭USドラマ部門でも脚本賞(Waldo Salt Screenwriting Award)を受賞している。
おすすめの作品としては、庭にある巨木をめぐってのご近所バトルがどんどんエスカレートしていくブラックコメディー『あの木が邪魔で』。身近にありがちなネタを映画にする力量もさることながら、上映後に監督たちによって明かされた、陰の主役たる巨木がCGなどで巧みに作られたものだったことに驚かされた。本作も昨年のベネチア国際映画祭オリゾンティ部門でワールドプレミア上映され、米国のアカデミー賞外国語映画賞のアイスランド代表にも選ばれた話題作だ。
さらに審査員特別賞の『最後の息子』も去年の釜山国際映画祭ニュー・カレンツ部門で上映されて国際映画批評家連盟賞を受賞している。これらは、日本の他の映画祭で上映されたり、配給が決まってもおかしくない力作たちだ。まだまだ世界には、われわれの知らない良作が存在しているのだ。
今年一番の問題作といえば、プログラムに「人によって一部不快に感じられる内容を含んでいます」の注釈が付けられた、片山慎三監督『岬の兄妹』だろう。足に障害を持つ兄と知的障害の妹が、必死に生きる姿を描いた人間ドラマだ。是枝裕和監督『万引き家族』と同じく“インビジブルな(見えざる)人たち”に光を当て日本社会の理不尽さを描くテーマは同じながら、描き方がいささか過激で、かつ『万引き家族』以上に倫理観を問う内容となっている。しかし兄妹を演じる松浦祐也と和田光沙の体当たりの芝居も相まって、作品の熱量は圧倒的。SKIPがワールドプレミア上映だったので、これから作品がどのような評価を得るのか注目したい。
一方でSKIPは早くからDシネマにフォーカスしているはずなのだが、映像表現で新味を感じる作品はなかった。関連企画でVR(バーチャル・リアリティー)上映はあったが、映画制作においてデジタルが当たり前になったいま、先駆者たるSKIPがそれをどのように捉え、未来の映画を見据えているのか。メインのコンペティション作品のセレクションから観客に問いかけるような試みがほしいところだ。
映画祭の未来はここに!映像学習傑作選「カメラクレヨン」
SKIPの主催は埼玉県、川口市、大林宣彦監督が名誉会員であるNPO団体「さいたま映像ボランティアの会」など。さらに地元企業が名を連ねる「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭を応援する市民の会」が、名実ともにサポートしている。
会場のSKIPシティそのものが埼玉県の事業とあって、県をあげて映像制作に力を入れており、オープニング作品は製作川口市、埼玉県とSKIPシティが特別協力している『君がまた走り出すとき』(中泉裕矢監督)。
さらに関連企画で、埼玉県トラック協会が製作した短編『星に願いを~じいじの夢はトラックドライバー~』(福山功起監督)も上映され、映像制作が地域交流や振興、PRなどに活用されていることが見て取れた。
また県内の小学校では総合教育の授業の中で映像学習プログラムを実施しており、その傑作選が「カメラクレヨン~子どもたちが作った映画がいま、面白い!~」の中で上映された。
いま、全国で子どもを対象とした映画教室が盛んに行われ、すでに「映像のまち・かわさき」を推進している神奈川県川崎市の小学校では映像制作を行っていることが知られているが、県をあげての取り組みは珍しい。
ほか、川口子ども映画クラブ制作の作品も上映されたが、凝り固まった大人の作品とは一味違う、自由な発想とストレートなメッセージが心に響く作品ばかり。まさにこれは埼玉県の財産。
その感性を育むためにも、学校の授業の一環としてSKIPの上映作品を鑑賞する機会や、映画祭ゲストと触れ合う時間を設けてはいかがだろう? 生きた国際交流の時間にもなるはずだ。そしていずれはここから、SKIPのコンペティションに挑むクリエーターたちが生まれるのではないだろうか?
ここまで地域と連携している映画祭は国内では稀。ぜひ長期的な視野で取り組んでいただきたい。
駅から無料バスを運行
都心から通うにはSKIPはどうしても、会場まで遠い……というイメージがある。しかし運営側も努力を重ねていて、期間中はJR川口駅から無料バスを1時間に3本運行。さらに今年は、埼玉高速鉄道鳩ヶ谷駅からも土日祝のみ無料バスを走らせた。
映画祭に合わせてSKIPシティでは毎年、野外ステージのライブや盆踊り、映像制作ワークショップなどの夏祭りイベントが多数行われるのだが、無料バスを活用する家族連れも多かった。
さらに今年は、JR川口駅前のMOVIX川口を新たな上映会場とし、夜20時以降の上映回も設けた。23時前には上映終了するので、十分帰京できる時間だ。
参加者からの要望としては、映画祭で最も重要な交流の場の設置。もともと周辺に飲食店が少なく、それを補うかのように地元のイタリア料理店が出張し、ベジタ×バル0363(オサムサン)が期間限定オープンするが、それも夕方16時で閉店。
鑑賞後に参加者が感想を言い合ったり、ここに行けば誰かに会えるという場所から、思わぬ出会いや発展があるはず。欲をいえば、そこに無料WiFiを飛ばしてくれたらプレスルーム代わりにして記者も仕事ができるのだが。
今年の入場者数は1万人を目標としていたが、猛暑も手伝って10日間で9,740人とわずかながら及ばす。しかし、以前はまばらな感じだった平日の昼間の上映でも一定の客がおり、確実に固定客がついているようだ。何よりボランティアスタッフのもてなしと手慣れた誘導は素晴らしく、15年の積み重ねを最も実感した部分である。
映画祭にとって人は財産。今後も地域密着型の映画祭として、さらなる発展を遂げてくれることを期待したい。