追悼特集:樹木希林さんベストムービー
9月15日に75歳で亡くなった樹木希林さん。2008年に紫綬褒章、2014年に旭日小綬章を受章。カンヌ国際映画祭パルムドール受賞作『万引き家族』も記憶に新しい樹木さんは、主役から脇役まで、幅広い役柄で存在感を発揮していた。「美しい方はより美しく、そうでない方はそれなりに」のフレーズでおなじみ、富士フイルム・フジカラープリントのCMなど、多くの人を笑顔にする唯一無二の魅力を持つ樹木さんのベストムービーを、4人の選者が紹介します!
金澤誠
1位:『歩いても 歩いても』(2008)
この映画の撮影を東宝撮影所に見学しに行ったことがある。昼の休憩中、樹木希林さんとYOU、夏川結衣の女優陣は食堂のテラス席で世間話をしてくつろいでいたが、故・原田芳雄さんと阿部寛の男優陣は、演技に集中して静かだったことを思い出す。15年前に亡くなった長男の命日に集まった家族の1日を描いているが、皆で食事をする和やかな日中が表面とすれば、樹木さんが昔々の夫の浮気を実は知っていたことや、結果的に長男を死なせる原因になった男性への恨み言を言う夜のシーンは家族の裏面を露わにして印象的。特に舞い込んできた蝶々を見て、長男が蝶になって帰って来たと言い出す、老いによるボケとも本心ともとれる樹木さんの演技が鮮烈だった。
「歩いても 歩いても」Blu-ray・DVD(ともに価格:3,800円+税)はバンダイナムコアーツより発売中
2位:『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』(2007)
大ベストセラーの原作よりも抑制の利いた母子の距離感に、松岡錠司監督の色合いを強く感じる作品。特に松岡映画のオダギリジョーは、いつも素晴らしい。ガンで亡くなるオカン役の樹木さんに、本人の影がダブる感動作。
「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」DVD(価格:4,800円+税)はバップより発売中
3位:『はなれ瞽女おりん』(1977)
映画女優、樹木さんを初めて意識した作品。岩下志麻演じるヒロインと道連れになる、はなれ瞽女のたまにふんして、哀しい性を背負った女性を自然体で演じている。後の『夢千代日記』の芸者・菊奴役に繋がる個性を感じる。
「はなれ瞽女おりん【東宝DVD名作セレクション】」(価格:2,500円+税)は東宝より発売中
金澤誠(かなざわ・まこと)プロフィール: 映画ライター。現在「キネマ旬報」誌で連載されている「新・映画道楽」と「神の耳を持つ男」の取材・構成を担当。劇場パンフレットも多く手掛け、最近は『検察側の罪人』『散り椿』などに執筆している。
中山治美
1位:『歩いても 歩いても』(2008)
本作ほど樹木希林、いや内田啓子(※注:本名)さんの生き方そのものが表れている作品はないだろう。希林さん演じる横山家の母・とし子は、長男の命日で集まる家族のために、旬の食材を使って料理を振る舞い、隙あらばちゃっちゃと食器を片付け、夜は一人で家を飾るレースを編む。会話しながら休まることのない手。その一切無駄のない鮮やかな動きは、日々の暮らしで自然と身に付いたものだ。役者にとって日常を大切に生きることがいかに重要か。それを身を持って呈しており、今後もうこの領域に到達出来る女優は現れないのではないだろうという、絶望的な気持ちにもさせられる。これから夏はとうもろこしを見ると一層、本作のとうもろこしの天ぷらと希林さんを思い出すだろう。
2位:『男はつらいよ フーテンの寅』(1970)
悠木千帆時代の出演作。当時20代半ば。寅さんが旅先で出会う、旅館の女中役で冒頭に登場。おさげ頭で信州弁を話す姿は現地の女性そのものだが、故・渥美清さんを相手に堂々と、セリフの応酬を重ねているあたりに大物感あり。
「男はつらいよ フーテンの寅 HDリマスター」DVD(1,800円+税)は松竹より発売中
3位:『下妻物語』(2004)
深キョン演じる桃子の祖母役。第一声「200円くれっけ?」の“け”にイントネーションが来る茨城弁にシビれた。絶妙。多くを語らないが要所で桃子の心に刺さる言葉を言う、希林さんだから成立するピンポイント起用。
「下妻物語 スタンダード★エディション」DVD(価格:3,800円+税)は発売中 発売元:小学館 販売元:東宝
中山治美(なかやま・はるみ)プロフィール: 映画ジャーナリスト。「GISELe(ジゼル)」、「週刊女性」、「おしごとはくぶつかん」内でおしごとシアターなどを執筆中。今年は『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』や『僕はイエス様が嫌い』など新たな才能の登場が嬉しい。
那須千里
1位:『モリのいる場所』(2018)
人生経験に基づいた演技力と滲み出る人間力で怪優の名を欲しいままにしていた樹木さんですが、本作で山崎努さんの妻を演じている樹木さんは、まるで少女のように可愛らしいのです。長年連れ添った変わり者の夫を見守る眼差しがとても優しい。沖田修一監督は「そう見えたのだとしたら、樹木さんが山崎さんのことを、好きだからじゃないかなぁ」というふうに言っていました。かと思えば、飄々としているようで、年齢を重ねる上で味わってきた辛苦の凄みを、ふとした瞬間にのぞかせる。キュートで温かい樹木さんの魅力を堪能できると同時に、それがデフォルトとして表に出ている本作だからこそ、裏の真骨頂を味わえると思います。
『モリのいる場所』は上映中
2位:『あん』(2015)
非情な運命に翻弄された女性の一代記なのに、文字通り「呼吸をするように」演じているように見えるところがすごい。公開前のインタビューでは、体調が優れないことを悟られないように、最後までユーモアを交えながら答えてくださった姿が忘れられません。
「あん」DVDスタンダードエディション(価格:3,200円+税)はポニーキャニオンより発売中
3位:『日日是好日(にちにちこれこうじつ)』(2018)
樹木さんの演じる姿には生きている実感や命の重みのようなものが感じられます。本当はそんなものないかもしれないからこそ、わたしたちはそれを求めるのかもしれません。中でもこの映画の樹木さんは、歳を重ねることの美しさ、豊かさを、教えてくれた気がします。
『日日是好日』は10月13日より公開
那須千里(なす・ちさと)プロフィール: 文筆業。「キネマ旬報」「クイック・ジャパン」などで執筆中。好きな映画のジャンルは主にSFとホラー。スピルバーグ、クローネンバーグ、ポランスキー、フィンチャーなどに影響を受けました。
森直人
1位:『トラック野郎 突撃一番星』(1978)
TBSドラマ「寺内貫太郎一家」シリーズ(1974・1975)に親しみそこなった筆者にとって、“樹木希林ファーストインパクト”は郷ひろみとデュエットした1978年の大ヒットチューン「林檎殺人事件」(作詞:阿久悠、作曲:穂口雄右)で歌い踊るファンキーな姿。「ムー一族」(1978~1979)の中の場面よりも「ザ・ベストテン」で連続第一位に輝いていたのをよく覚えています。この頃の記憶と重なるのが、同年に公開された本作。怪作だらけの東映人気シリーズ『トラック野郎』の中でも随一のド怪作。SFブーム(加えてニューエイジ・ブーム)の影響をモロに受けた破天荒な内容で、樹木さんはイルカ調教師の美女・原田美枝子の上司である研究者役。「美女、じゃない方」という役回りのラブコメ演技が炸裂し、故・菅原文太さんとの絡みが爆笑かつめっちゃチャーミング。後年の樹木さんは立派なA級の役が多くなるけど、このB級全開の一本で“ロックンロール”な樹木希林を味わって欲しい!
「トラック野郎・突撃一番星」Blu-ray(価格:4,800円+税)は発売中 販売:東映 発売:東映ビデオ
2位:『コント55号と水前寺清子の神様の恋人』(1968)
旧芸名の「悠木千帆」名義時代のコメディーから一本選出。坂上二郎演じる次郎太の愛妻役で、屋台のラーメン屋を切り盛りする肝っ玉母さん。なんと当時25歳。すでに現在につながる樹木希林の典型イメージが完成されていることに驚きます。監督はミステリー作品に定評のある名匠・野村芳太郎。
「<あの頃映画 松竹DVDコレクショ>コント55号と水前寺清子の神様の恋人」DVD(価格:2,800円+税)は松竹より発売中
3位:『転校生』(1982)
おそらく筆者が映画で初めて樹木さんに触れたのはこの作品だったと思います。主人公の男子中学生・一夫(尾美としのり)のお母さん役。『君の名は。』の最大の元ネタでもあり、若い世代に再発見していただきたい名作。
「大林宣彦DVDコレクション 転校生 ~DVD SPECIAL EDITION~」(価格:4,800円+税)はバップより発売中
森直人(もり・なおと)プロフィール: 映画評論家、ライター。著書に「シネマ・ガレージ 廃墟のなかの子供たち」(フィルムアート社)など。「週刊文春」「朝日新聞」「TV Bros.」「メンズノンノ」などで定期的に執筆中。今年は『きみの鳥はうたえる』『レディ・バード』といった青春映画がお気に入り。