『日日是好日』黒木華 単独インタビュー
何気ないセリフも心に響く樹木希林さんの凄さ
取材・文:前田かおり 写真:中村嘉昭
20歳の時に母親の勧めで始めたお茶を習うこと24年間。就職の挫折や失恋、大切な人との別れなどさまざまな経験を重ねる中で、お茶を通して人生における大切な気づきを得ていく女性の成長を描いた『日日是好日(にちにちこれこうじつ)』。森下典子の人気エッセイを、映画『まほろ駅前』シリーズや『光』などの大森立嗣監督が映画化した本作で主人公・典子を演じた黒木華が、20代から40代までを演じた難しさや特訓したお茶のこと、そしてお茶の先生を演じた故・樹木希林さんとの忘れ難い思い出を語った。
大森立嗣監督の『ぼっちゃん』に魅せられて
Q:作品に取り組む時、どんな思いで臨まれましたか?
もともと大森監督とお仕事をしたいと思っていたんです。脚本を読んだら、お茶は大変そうだと最初は思ったんですけど、典子という人物がお茶を通して成長していく姿に共感できたんです。特に、20代の頃、周りと自分を比べてしまって、どうやって生きていけばいいのか葛藤するところには共感できたので、そこがうまく演じられたらいいなと思いました。それと、樹木さんとご一緒できたことはとても大きかったですね。
Q:『さよなら渓谷』や『まほろ駅前』シリーズなどを撮られてきた大森監督が、茶道教室を舞台にした映画を撮るというのは驚きですよね。
ふふふ(笑)。確かに、そうですね。わたし、中でも監督の『ぼっちゃん』(2012)が好きなんです。ある時、監督にお会いする機会があったのですが、すごくチャーミングな方で。『ぼっちゃん』は暴力的な描写も多い作品ですが、ただ暴力的なのではなくて、そこからくみ取れるものを映す監督なんだなと圧倒されて。それで、いつかご一緒したいと思っていたんです。
Q:大森監督からはこの映画についてはどのような説明を受けたのですか?
お茶の映画なのですが、それだけではなくて、お茶を通して精神の冒険や女性の成長を描きたいと。そして、「世の中にはすぐわかるものとわからないものがある」ことに主人公が気づいていくところに面白みを感じたとおっしゃっていて、なるほど、と。
年を重ねた女性を演じる難しさ
Q:原作を読まれて、典子の役づくりに参考になりましたか?
そうですね。森下さんの文章って、読んでいて自然と風景が浮かび上がってくるんです。原作を読んで、典子の感情はこういうことなのかとより理解することができました。
Q:20代から40代までの女性の成長を演じていくうえで、意識したことは?
わたしとしては40代を演じるのが一番難しかったです。それは今、自分がまだ28歳だからというのもあります。ただ年を重ねただけではなくて、お茶をずっと経験してきて、若い時にはわからなかったものの断片を、年齢というのをどのように表せばいいのか、それがすごく難しくて。でも、基本的にはシーンの順番通りに撮影されたので、典子が経験していったものを佇まいに出せればいいのかなと思っていました。
Q:典子は真面目で理屈っぽくっておっちょこちょい、という性格ですが、ご自身と重なる部分はありますか。
典子は誰もが感情移入できる女性ではないかと思うんです。わたしと似ているところですか? ちょっと頑固なところは似ているかもしれませんね(笑)。
Q:感情移入しやすい、というのは例えば多部未華子さん演じる同い年のいとこの美智子が要領がよくて、典子が自分と比べて卑下してしまうところなどでしょうか?
20代のあの頃って、誰しも周りと比べて、自分だけが置いていかれる感じがあるのではないでしょうか。特に、就職活動のあたりはリアルですよね。この作品は1993年から始まっていますけど、世代は関係なく、いつの時代でも変わらないことなんだなと思いました。
お茶には自分が整理されていく感覚がある
Q:典子はお茶を通していろんなことに気づいていきますが、黒木さんご自身も演じながら追体験するようなところはありましたか?
ほんの少しだけお茶の世界を覗けた気がします。わたし自身、お茶は未経験だったので、経験する前と後ではお茶に対する意識が変わりましたね。最初は典子と同じで、「お茶って大変そう」と思っていました。でも、実際にやってみると、格式高いものではあるんですけど、そんなに敷居は高くなく、遠いものでもなくて。
Q:特に印象に残っていることは?
お茶って、同じ動作を繰り返すことで自分自身が整理されていく感じがするんです。自分の気持ちが整理されていくと、聞こえてくる音も違ってくる。劇中に出てくるんですけど、お茶を点てる時のお水とお湯の音が違うことがわかってくることには、すごく感動しました。
Q:お茶の作法や所作はどのぐらい練習したのですか?
1か月ぐらいでしょうか。劇中、まず「先に形を作っておいて、後から心が入るものなの」というセリフがありますが、それが難しいんです。頭で考えなくてもできるようになる、というのが。しかも季節によって内容ががらりと変わったり。お茶って、鍛錬というのでしょうか。続けていくことで発見できることが沢山あるんだと思いました。
胸に沁みる樹木希林さんの言葉
Q:楽しみにされていた樹木さんとの共演はいかがでしたか?
どんな方なんだろうって、撮影中、樹木さんをずっと見ていたのですが、重みがあるのに温かみがあって、それでいて軽やか。そしてそこにいらっしゃるだけで雰囲気が作られるんです。一番すごいと思ったのは、年を取るごとに先生の体が本当に縮んでいくように見える。さすがです! と思いました。
Q:武田先生の言葉は心に沁みてきますよね。
本当にそうですね。特に「こうして毎年、同じことができることが幸せなんだって」という最後のセリフが心に沁みました。日々の中では忘れがちなことですよね。だけど、それを感じられるというのは、すごく贅沢なことなのかもしれない。何気ないセリフが心に響くのは、樹木さんならではだと思います。
Q:茶道教室での24年間を通して、一度として同じことはないという一期一会の大切さも描いている作品だと思いますが、女優にも同じことが言えるのではないでしょうか。
まさに、このお仕事は一期一会だと思います。監督やご一緒する方たちとの出会いはその時だけのもの。たとえ、同じ監督や俳優さんたちと別の作品をご一緒することがあったとしても、同じことにはなりませんし。それこそ、作品との出会いもそうですし、一期一会という言葉は、今の自分にとって一番身近な言葉かもしれません。
かつて葛藤した自分を思い返すなど、黒木にとって共感することが多かったという本作。そして、主人公にとってお茶だけではなく、人生の師となった武田先生役の樹木希林さんとの共演も、念願だっただけに忘れ難い経験になっただろう。本インタビューは8月前半に行われたが、9月15日に樹木希林さんが逝去され、今回の共演がまさに一期一会になった。樹木さんとの共演を楽しそうに振り返っていたが、これからの黒木の女優人生の大切な糧になっていくに違いない。
(C) 2018「日日是好日」製作委員会
映画『日日是好日』は10月13日より全国公開