「ジョーズ」のレガシーに傷が付き「1941」は酷評…低迷したスピルバーグ
幻に終わった傑作映画たち
幻に終わった傑作映画たち 連載第5回
スティーヴン・スピルバーグの「ナイト・スカイズ」前編
多くの巨匠や名匠たちが映画化を試みながら、何らかの理由で実現しなかった幻の名画たち。その舞台裏を明かす連載「幻に終わった傑作映画たち」の第5回は、スティーヴン・スピルバーグの『ナイト・スカイズ』。監督業と私生活、双方において心にすきま風が吹いたスピルバーグは、ダークな内容の敵対的なエイリアンの物語に挑もうとした。この作品がいかにしてハートフルな感動作『E.T.』へと変貌を遂げたのか? 前後編でお送りする。
NIGHT SKIES
監督:スティーヴン・スピルバーグ
想定公開年:1980年
製作費:1,000万ドル
製作国:アメリカ
ジャンル:SF
スタジオ:コロムビア映画
『1941』の不発、私生活では婚約破棄…低迷するスピルーバーグ
1980年、スティーヴン・スピルバーグは、途方に暮れていた。時代ものの前作『1941(いちきゅうよんいち)』(1979)——真珠湾攻撃後のアメリカの被害妄想を描いた残念な第2次世界大戦コメディ——は、スケジュールと予算を大幅にオーバーしていた。これは何も、いまにはじまったことではない。『JAWS/ジョーズ』(1975)も『未知との遭遇』(1977)も、スケジュールと製作費の両方で収拾がつかなくなった。スピルバーグがこれまでの作品で直面してこなかった一つ目の現実は、評論家からの酷評だ。
ワシントン・ポスト紙は『1941(いちきゅうよんいち)』を「せわしない、ひとりよがりの自己破滅的な茶番劇」と評した。それ以上にショックだったのは、大切な観客の心をつかみ損ねた事態だった。『1941(いちきゅうよんいち)』の不発で、ハリウッドのゴールデンボーイは“ミダス王の手”(伝説では触れるものを黄金に変えるという)を失ってしまったのだろうか?
30代で遅れてきた青春を体験してるよ、16歳みたいに悩んでいる
私生活においても、すべてがバラ色とはいかなかった。1979年12月、3か月の婚約期間の末、女優エイミー・アーヴィングとの4年間にわたる関係に終止符が打たれる。「人生が、僕に追いついた」——当時、スピルバーグはそう語った。「何年も苦痛と恐怖から逃げて、カメラの後ろに隠れてきた。映画作りに打ちこみ、成長にともなう痛みを避けてきた。だから30代はじめの今になって、遅れてきた青春を体験してる。16歳みたいに悩んでいるよ。ニキビがまた吹き出さないのが奇跡だね。結局、苦しみを回避したんじゃなく遅らせただけだった」普段は陽気なスピルバーグが次回作に『ナイト・スカイズ』を選んだのは、心にすきま風が吹いたためだった。
この作品を思いついたのは、『未知との遭遇』でUFO研究のリサーチをしたときに目にしたある事件がきっかけだった。1955年の秋、ケンタッキー州クリスチャン郡に住むサットン一家が、人里離れた自宅農場上空で正体不明の生物と光を目撃したと訴える。地元警察と州警察が彼らの証言を裏付けており、信憑性は高いとしてアメリカ空軍が調査に乗り出した。
この事件は、ホプキンスビルの小さな町近くで起きた事件のため、ホプキンスビルのゴブリンと呼ばれた。目撃証言の調書には、詳細が記されている。全身銀灰色で、身長約1メートル、とがった耳、貧弱な脚、金属質のかぎ爪がついた細長い腕をした”生物”が、12~15体ほどもいた。中には地面から浮かんで見え、突然高所に姿を現す個体もいたという。“生物”たちに敵意はみられなかった。にもかかわらず、エルマー“ラッキー”サットンとビリー・レイ・テイラーの農夫ふたりはショットガンを撃ちはじめる。撃たれた”生物”の1体は、金属のバケツに弾丸が当たったような音をたてたという。やけに細かく描写されているのが、この証言の不気味なところだ。
コロムビア映画が『未知との遭遇』の続編を持ちかけてきたとき、スピルバーグはこの話を思い出した。“続編”では苦い思いをしている。ユニバーサルが1978年に製作した『JAWS/ジョーズ2』(ヤノット・シュワルツ監督)は、前作のレガシーを傷つけたと感じていたのだ。ホラー要素があるにせよ、エイリアンもののSF作品ならば、スタジオの重役たちを満足させると同時に、『未知との遭遇』をおとしめずにすむとスピルバーグは踏んだ。
エイリアンをすてきなクリーチャーにする必然性などどこにもない
スピルバーグは、次回作『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』(1981)の脚本を終えたばかりのローレンス・カスダンに執筆を依頼する。だが、カスダンは共通の友人であるジョージ・ルーカスの『スター・ウォーズ/帝国の逆襲』(1980)の脚本改稿に駆り出されていた。カスダンに断られたスピルバーグは、ジョン・セイルズに声をかける。これは皮肉なめぐりあわせだ。セイルズは、スマートだが露骨に『JAWS ジョーズ』人気にあやかった『ピラニア』(1978)の脚本で名を売っていたからだ(製作したのはエクスプロイテーション映画の帝王ロジャー・コーマン)。
出だしから、セイルズはスピルバーグのなまぬるい世界観とは相容れなかった。「エイリアンをすてきなクリーチャーにする必然性などどこにもない」と、セイルズは言う。〈ホプキンスビルのゴブリン〉事件をたたき台に、セイルズはストーリーを膨らませた。エイリアンの一団——リーダーのスカー、手下のフードゥーとクラッド、三枚目のスクワート、一匹狼のバデーが、地球の人里離れた牧場に着陸する。ニワトリと牛と人間のうち、どれが支配的な生命体なのか決めかねたエイリアンは、動くものを手当たり次第実験台にかけはじめ、巻きこまれたヒックス一家を恐怖のどん底におとしいれる。「エイリアンの意図は、決してわからない。混乱しているのか、それともまったくの悪意からなのか」『ナイト・スカイズ』プリプロダクションの段階でエフェクト・コーディネイターとして参加したミッチ・サスキンは、そう説明する。
コロムビア映画が1,000万ドルもの予算を組むも監督は不在
しかし、セイルズの脚本ではエイリアンのスカーは明白な悪意を持つ。スカーはくちばし状の口とイナゴのような目を持ち、名前はジョン・フォード監督作『捜索者』(1956)に登場するコマンチ族の悪玉からとられた。フォードの西部劇が『ナイト・スカイズ』に与えた影響は、それだけではない。1939年のクローデット・コルベールとヘンリー・フォンダが共演した『モホークの太鼓』からもヒントを得ている。ニューヨーク北部の農民一家がインディアンと闘うというストーリーだ。また、フィリップ・カウフマン監督の『The White Dawn』(1974)——、クジラ採りがエスキモーの集落に迷いこんだために起きる文化の衝突ドラマ——も下敷きにした。
当初、スピルバーグもセイルズも監督するつもりはなかった。ロン・コッブ——ジョン・カーペンターの予算ゼロ映画『ダーク・スター』(1974)や、『スター・ウォーズ』(1977)、『エイリアン』(1979)でコンセプトアートをデザインして映画界に参入した漫画家——に、その役を振る。コッブは『未知との遭遇 特別編』(1980)でマザーシップの内装をデザインしてスピルバーグと仕事をした経験があったが、ジョン・ミリアス監督作『コナン・ザ・グレート』(1982)のプロダクションデザイナーとして雇われたため、誘いを断る。コロムビア映画が1,000万ドルもの予算を組んだにもかかわらず、『ナイト・スカイズ』は監督自体が不在だった。
友人ジョン・ランディスのアドバイスで、特殊メイクの大家リック・ベイカーに依頼する
かじ取り役には欠いたかもしれないが、少なくともSFX工房に関しては、活きのいい人材を確保できた。セイルズの脚本では5体のエイリアンが暴れ回るが、彼の想像の産物を具現化するには、CGI到来前の当時の技術では難しかった。あるシーンでは、エイリアンはテーブルに飛び乗る。他のシーンでは、野生馬よろしく牛に乗り、トラクターを運転する。さらにおぞましいことには牛を解剖し、果ては人間をも解剖しようとする——。
スピルバーグは、友人であるジョン・ランディス監督からのアドバイスで、特殊メイクアップ・アーティストのリック・ベイカーに依頼することにした。当時、ベイカーはランディスのために『狼男アメリカン』(1981)の驚異的な変身シーンを開発中だった。ベイカーは300万ドルの予算を請求。スピルバーグはこれを了承し、『インディ・ジョーンズ/レイダース 失われたアーク《聖櫃》』(1981)の撮影準備のためにロンドンへ飛んだ。1980年4月、『ナイト・スカイズ』はプリプロダクションに入る。ベイカーと総勢7名のスタッフは、5か月と7万ドルをかけ、“アナトメーション”と名付けられた技法を使い、スカーのプロトタイプを作りあげた。これは、オペレーターの動作をなぞってスカーのパペットが動くという仕組みだった。しかしここから先、雲行きが怪しくなる。
Original Text by ロビン・アスキュー/翻訳協力:有澤真庭 構成:今祥枝
「The Greatest Movies You'll Never See: Unseen Masterpieces by the World's Greatest Directors」より
次回は11月22日更新:スティーブン・スピルバーグ『ナイト・スカイズ』後編です。