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E.T.は人類を襲う凶悪宇宙人だった!?

幻に終わった傑作映画たち

幻に終わった傑作映画たち 連載第6回

スティーヴン・スピルバーグの「ナイト・スカイズ」後編

前編「ジョーズ」のレガシーに傷が付き「1941」は酷評…低迷したスピルバーグ

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スピルバーグと『E.T.』Sunset Boulevard / Corbis via Getty Image

 多くの巨匠や名匠たちが映画化を試みながら、何らかの理由で実現しなかった幻の名画たち。その舞台裏を明かす連載幻に終わった傑作映画たちの第6回は、スティーヴン・スピルバーグの『ナイト・スカイズ』の後編をお送りする。悪意のあるエイリアンの物語が、心温まる『E.T.』へと変貌を遂げた理由。それは『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』の撮影中に訪れた、スピルバーグの心の変化にあった。

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E.T.は、人類を襲う凶悪宇宙人だった!?

 ロンドン滞在中のスティーヴン・スピルバーグとプロデューサーのキャスリーン・ケネディが、リック・ベイカーの作った『ナイト・スカイズ』のエイリアン、スカーのプロトタイプ(試作品)に感心する一方、コロムビア映画のエグゼクティブが映画の製作費に難色を示しはじめる。スピルバーグのこれまでの実績からすれば、スタジオが二の足を踏むのは理解できる。当時、スピルバーグは監督としてはともかく、プロデューサーとしては信頼性が低かった。『抱きしめたい』(1978)は撃沈し、『ユーズド・カー』(1980)と『Oh!ベルーシ絶体絶命』(1981)もまたしかり。ブロックバスターとなる『ポルターガイスト』(1982)『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(1985)『グーニーズ』(1985)が世に放たれるのは、この後だ。

 監督探しは続いており、『悪魔のいけにえ』(1974)のトビー・フーパーに声をかける。だが、「スピルバーグと会って、子どもたちが地球外生命体と出会うというアイデアを聞かされたよ。でも、興味ないと答えたね」とけんもほろろだった。スピルバーグは自分で監督する意向を固め始めるが、そこが作品の運命のわかれ目だった

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撃沈した『抱きしめたい』の監督はロバート・ゼメキス Universal Pictures / Photofest / Getty Images

 「スティーヴンは『ナイト・スカイズ』のエイリアンを作ることが、どんなに無謀か気がついたんだ。関節が自在に動くエイリアンを作り、それをコントロールする仕組みをゼロから組むだけでも大変なのに、それが5体。しかもそれぞれ姿形が違う。そのためスティーヴンはエイリアンを1体に減らし、脚本を変えた」エフェクト・コーディネイターのミッチ・サスキンが説明する。

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「ナチを殺して飛行機を吹き飛ばしてる間に…」気が変わったスピルバーグ

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『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』 Paramount Pictures / Photofest / Getty Images

 とはいえ方向転換したのは予算と技術上の制約のせいだけではない——本来の自身の持ち味に戻りたいというスピルバーグの願望があった。『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』撮影中のチュニジアの砂漠で、孤独とホームシックを感じていたスピルバーグは、『ナイト・スカイズ』のダークな内容とトーンに違和感を覚えはじめる。

「気が変になってたのかもね——。ナチを殺して飛行機を吹き飛ばしてる間に……チュニジアの砂漠に座って、頭をかいた。『未知との遭遇』の穏やかな気持ち、そうでなくともせめて精神性といったものを取りもどさらなくちゃいけないと考えていたんだ。そうしたら、地球外生命体と彼をかくまう11歳の少年との、とても心にしみる優しい物語をふと思いついたんだ」。のちに、スピルバーグはFilm Comment誌に、かつての胸の内を明かしている。

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『E.T.』の脚本家で後にハリソン・フォードの妻となるメリッサ・マシスン:中央(2015年没)とスピルバーグ(左)とハリソン・フォード(右)Bruce McBroom / Sygma via Getty Image

 幸い、スピルバーグの夢想を共有する人物がいた。脚本家のメリッサ・マシスンだ。子ども向けの寓話『ワイルド・ブラック/少年の黒い馬』(1979)で注目されはじめていた。当時、ハリソン・フォードの恋人だった彼女は、『レイダース』のセットに出入りしており、スピルバーグとは顔なじみだった。砂嵐とわずらわしい観光客越しに、マシスンとスピルバーグはアイデアを応酬しあう。そのような経緯で生まれたストーリーは、はじめ『A Boy’s Life』と題され、次に『E.T. and Me』、最後に『E.T. THE EXTRA-TERRESTRIAL 』で落ち着く。ここから先は、映画史に刻まれているとおりだ。

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心を取り戻して成功したスピルバーグ、心変わりして失敗した映画会社

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アカデミー賞4部門を受賞し、史上最高の興行成績をあげた『E.T.』Universal Pictures / Photofest / Getty Images

 ホラーから心温まる物語へと趣はガラリと変わるが、『ナイト・スカイズ』の要素は『E.T.』(1982)に残されている。セイルズが書いた脚本の冒頭、スカーが骨張った指を伸ばして農場の動物に触れると、指先から不気味な光が放たれて相手を殺す——『E.T.』の癒やしの指とは正反対だ。グループの中で最も人好きのするバデーは、自閉症の少年ジェイバードとの間に、フィンガーペインティングとチェッカーゲームを使って友情をはぐくみ、洗濯かごに隠れるなどの愛嬌あふれる振る舞いをする。大いにE.T.をほうふつさせるものだ。また、道化っぽいスクワートがおばあさんにキッチンじゅうを追い回されながらパイをほおばるといったドタバタ要素もあり、これは『E.T.』の中盤を思い起こさせる。最後は、スカーとの対決で負傷したバデーが鷹と遭遇して物陰に隠れていると、宇宙船は飛び立ち、彼はひとり地球にとり残される……。

 マシスンを雇う前、スピルバーグは『E.T.』脚本執筆の優先権を礼儀上ジョン・セイルズに与えたが、彼はすでに他の企画で手一杯だった。「僕の脚本は、素材に寄りそうというより、それを起点に飛び出す感じだった。マシスンはいい仕事をしたし、何の不満もないよ」マシスンの脚本を読んだ後、セイルズはそう語っている。

 皮肉なことに、『ナイト・スカイズ』が温かい心を手に入れ『E.T.』に変貌した途端、コロムビア映画が心変わりをする。1981年2月、スタジオは「“ディズニータイプの映画”を作るつもりはない」と明言して、この作品の権利をMCA(当時のユニバーサル映画の親会社)に売り渡す。MCAは100万ドルの開発費と、『E.T.』の純利益5%をコロムビア映画に与える契約を結んだ。『E.T.』が史上最高のヒットを記録後、当時コロムビア映画の海外製作代表だったジョン・ヴェイチが、こう発言している。「我々がその年(1982年)に製作したどんな映画よりも、『E.T.』がもたらす5%の分け前の方が上だった」

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『ナイト・スカイズ』の要素は『ポルターガイスト』『グレムリン』などに

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怪物グレムリンは悪いヤツ?『グレムリン』Warner Bros. Pictures / Photofest / Getty Images

 『E.T.』(1982)はアカデミー賞4部門を受賞し、史上最高の興行成績をあげた映画として11年間トップを守った、スピルバーグをスーパースターの地位に押し上げ、クリエイティブ面の無制限な自由を与えた。彼とエイミー・アーヴィングはよりを戻し、1985年に結婚——3年続いた。

 『ナイト・スカイズ』の要素は、スピルバーグの作品に様々な形をとって顔を出している。スピルバーグは『E.T.』からはぎとったホラー要素を製作・脚本を手がけた『ポルターガイスト』(1982)にまとわせた。彼の製作総指揮作品『グレムリン』(1984)は、バデーとスカーの関係をギズモとストライプに移し替え、劇中の映画館では、『ナイト・スカイズ』が『A Boy’s Life』と同時上映されている。

スピルバーグが監督する悪意を持つ敵対的なエイリアンの登場は、9・11が影を落とす2005年の『宇宙戦争』(H・G・ウェルズ原作、トム・クルーズ主演)まで待たねばならなかった。

Original Text by ロビン・アスキュー/翻訳協力:有澤真庭 構成:今祥枝

「The Greatest Movies You'll Never See: Unseen Masterpieces by the World's Greatest Directors」より

次回は12月1日更新:オードリー・ヘップバーン×アルフレッド・ヒッチコック 「ヘプバーンの降板理由はレイプシーンか?未完のヒッチコック映画」

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