深キョン、中谷美紀、松たか子…中島哲也ワールドで急成長した女優たち
今週のクローズアップ
山崎努・豊川悦司共演の「サッポロ黒ラベル」のCM温泉卓球編などCM界で活躍しながら、2010年に38億円超えの大ヒットを記録したミステリー『告白』をはじめ、数々の衝撃的な映画を連発してきた中島哲也監督。新作ホラー『来る』の公開を前に、中島監督のスパルタ演出をサバイブし、壮絶な変貌を見せてきた女優たちを振り返ります!(編集部・石井百合子)(興行収入は日本映画製作者連盟調べ)
ブチ切れる瞬間が爽快!『バカヤロー! 私、怒ってます』(1988)安田成美
中島監督の商業映画デビュー作。ストレスをためた主人公が、何らかの形で「バカヤロー!」とキレるまでを描くオムニバスコメディーで、脚本、製作総指揮は故・森田芳光監督。第4作まで製作された(1994年にオリジナルビデオも2作品制作された)。本作は記念すべき第1作で、中島監督がメガホンをとったのは第2話の「遠くてフラれるなんて」。本作が7作目の映画出演となる安田成美が、勤務先が遠く、共に暮らす父親も厳しく、プライベートを満喫できないOL・軽間佐恵を演じた。
常に終電で帰宅せねばならない不自由さにイライラを募らせる恋人のため、ある行動に出た佐恵が、恋人の裏切りを知りショックのあまり泥酔するシーンは痛快。ホテルの廊下でくだをまきながら悲鳴にも似た「バカヤロー!」を吐き出した。本作及び、同年公開された『マリリンに逢いたい』の演技で、日本アカデミー賞優秀主演女優賞などの映画賞を受賞した。この後、安田は「同・級・生」(1989)、「キモチいい恋したい!」(1990)、「素顔のままで」(1992)など、トレンディドラマでの快進撃が続いた。
ロリータファッションで田園を爆走『下妻物語』(2004)深田恭子
嶽本野ばらの小説「下妻物語 ヤンキーちゃんとロリータちゃん」を原作にした青春映画で、中島監督の映画での出世作。友達のいないロリータ少女と、下妻最強レディース「舗爾威帝劉(ポニーテール)」所属のヤンキー、のどかな茨木県下妻市に暮らす同い年の女子高生の友情を描く。当初、40館規模での公開予定だったが、評判を呼び156館で拡大公開されるヒットとなった。
深田恭子は、ロリータファッションにすべてをささげる孤高の女子高生・竜ヶ崎桃子に。複雑な生い立ちも影響してか世の中を斜めから見ている感があり、「友達はいらない」と宣言していた桃子が、自分と全く違う世界で生きるヤンキーのイチゴと出会い、友情の尊さに気付いていく。その変化を演じ切って見せた深キョンの演技が痛快&キュート。何といっても、「BABY, THE STARS SHINE BRIGHT」のロリータファッションの似合うこと! キャベツと共に宙を舞ったかと思えば、返り血を浴びたり、原付をぶっ飛ばす場面もあり、「ロリータ×田舎」の画が強烈。ちなみに、深田は本作のために原付免許を取得したという。
深田は、映画のPRイベントで「中島監督は現場ではとても怖い監督でしたから……現場では監督も、(土屋)アンナもずっと怒っているし。本当に大変でした(笑)。思い出深い大切な作品となりました」と撮影を振り返っていた。なお、深田はヨコハマ映画祭、毎日映画コンクール、東京スポーツ映画大賞などで主演女優賞を受賞。イチゴ役の土屋アンナもキネマ旬報ベスト・テンほかで新人賞を総なめにした。
監督との壮絶バトルをつづったエッセイも話題に『嫌われ松子の一生』(2006)中谷美紀
『嫌われ松子の一生』での中島監督との壮絶なバトルをつづった書下ろしエッセイ「嫌われ松子の一年」(2006年刊行、ぴあ)の序文で、「もう二度とあのような日々を過ごしたくはないと思うのと同時に、もう二度と戻らないあの日々をとても懐かしく思います」とつづった中谷美紀。ドラマ&映画『ケイゾク』シリーズや、中田秀夫監督のホラー映画『リング2』、韓国の名優ソル・ギョングと共演した『力道山』、空前のヒットを記録した『電車男』などで、すでに実力派女優の地位を確立していた中谷が苦戦することになったのが『嫌われ松子の一生』。山田宗樹の同名小説に基づく、ある一人の女性の生涯を、中島監督が400カットを超えるCGとアニメ、ミュージカルシーンなど極彩色の映像で実写化したドラマだ。
中谷が演じたヒロイン・川尻松子は、20代で教師をクビになり、家を飛び出しソープ嬢になり、ヒモを殺害して刑務所へ……とまさに壮絶。なかでもポイントとなったのが「変顔」。病弱な妹に気をもみ、いつもしかめっ面をしている父(柄本明)を和ませるために発案した、ひょっとこのような表情は、松子の屈折した内面を表すもの(これも監督から相当細かい指示が入っていた)。中谷はこの表情のほか、劇中で教師、ソープ嬢、美容師、引きこもりの中年期など、めまぐるしく変わっていく松子を体当たりで熱演した。
しかし、クオリティーを追求するあまり中島監督の中谷やスタッフへの要求は相当に厳しかったようで、「女優を辞めろ!」「殺してやる!」などと罵倒(ばとう)され続けた中谷が精神的に追い詰められ、短期間ではあるが職場放棄するまでの事態に。しかし、本作での中谷は高い評価を受け、日本アカデミー賞主演女優賞、報知映画賞、キネマ旬報ベスト・テン、毎日映画コンクールなど、2006年の主演女優賞を総なめにした。
そんな因縁のある中島監督と8年ぶりに組んだ『渇き。』のPRイベントでは、中谷は「監督の口癖は『クソ』『ぶっ殺す』でしたよね」とぶっちゃけ。「でもこう見えてシャイで弱いところがあって、実は良い方。当時、わたしは未熟にもかかわらず演出に歯向かったりしていましたが、小松(菜奈)さんは力が抜けていて、監督が望んでいるのはこういう感じだったのかなって思いました。でも今はとても感謝しているんですよ」と監督への感謝の気持ちを述べていた。
恐ろしくも悲しいラストシーンの表情が圧巻!『告白』(2010)松たか子
『嫌われ松子の一生』が13.1億円、『パコと魔法の絵本』が23.6億円、そして中島監督作品史上、最大の興行収入となったのが、湊かなえのベストセラー小説に基づくサスペンス『告白』。38.5億円を記録した。物語は「このクラスの生徒に娘を殺された」という女教師の衝撃的な告白から始まり、幼女殺人事件に関わった登場人物たちの独白形式で展開する。『嫌われ松子の一生』と同様、作品のシリアスな内容と裏腹にハイテンションなミュージカルシーン、レディオヘッドの楽曲使用も話題に。4週連続首位を記録し、10代から20代にかけての若い観客層による口コミでヒットを記録した。
とりわけ目を引くのは、愛娘を殺した犯人への復讐を誓う女教師・森口を演じた松たか子の演技。木村拓哉と共演した「ロングバケーション」(1996)、「ラブ ジェネレーション」(1997)、「HERO」(2006)などのヒットドラマのほか、岩井俊二監督の映画『四月物語』(1998)、山田洋次監督の『隠し剣 鬼の爪』(2004)など順風満帆なキャリア。『ヴィヨンの妻 ~桜桃とタンポポ~』(2009)で日本アカデミー賞、キネマ旬報ベスト・テンなど映画賞の主演女優賞を独占したばかりの松が、可憐な笑顔を封印し、何かが抜け落ちてしまったかのような女教師をクールに演じた。前半はほぼポーカーフェイスを貫き、それゆえ後半に胸の内を爆発させるシーンでは哀愁が際立つものに。ラストシーンではゾッとするほど恐ろしく、哀しい表情を見せる。
『告白』のPRイベントで、中島監督は以下のように松の演技に触れていた。「松さんのお芝居が好きで、作品によっても底が見えない人。舞台などで見せる表情から春のパンまつり(山崎製パンのCM)と違って(笑)、いろんな顔を見せられる人なんだと思いました。芝居が変わるのが面白くて、オッケーなのに何回もやってもらったこともありました」
名優・役所広司に首を絞められるハードなシーンも『渇き。』(2014)小松菜奈
第3回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞した深町秋生のベストセラー小説に基づくミステリーで、長編映画デビュー作にしてオーディションを経てヒロインに抜擢された小松菜奈。ほぼ即決だったという。学園一の人気者の優等生にして裏の顔を持つ17歳の女子高生という難役に挑んだ。演じる加奈子は、一言で表すなら「人たらし」。いじめられっ子にも優しく、誰にも分け隔てなく接する加奈子だが、相手を自分の意のままに動かし破滅を招く、恐ろしい側面を持つキャラクターだ。
劇中、元刑事で父親の藤島(役所広司)に首を絞められるシーンもあった。役所との共演シーンは相当ハードだったようで、シーンの撮影を終えると監督のそばに座って泣くこともあったとか。「普段は優しいけど、狂気を演じると本当に怖い」と監督も圧倒される、名優・役所との共演を乗り切り、中島監督も「のびのびと笑顔を忘れずにいてくれたのは助かりました。彼女は半分くらいの出演者とキスシーンがある。國村隼さんとまであるんですから、新人としてはハードだったと思います」と同作のPRイベントで評価していた。
小松もまた、日本アカデミー賞、報知映画賞、毎日映画コンクールなどの新人賞を受賞。以降、『近キョリ恋愛』『バクマン。』『溺れるナイフ』『恋は雨上がりのように』など映画公開が相次ぎ、マーティン・スコセッシ監督の『沈黙 -サイレンス-』でハリウッドに進出。目覚ましい成長を遂げた小松が、新作『来る』で約5年ぶり、2度目のタッグを果たすことになる。
絶叫ホラーで驚くべき化けっぷり『来る』(2018)松たか子&小松菜奈&黒木華
中島作品は2度目となる松&小松、そして初挑戦となる黒木。しかもホラー作品とあって、いずれも期待を裏切らぬ化けっぷりを見せている。
『散り椿』『日日是好日』『億男』『ビブリア古書堂の事件手帖』『来る』など今年立て続けに映画が公開され、連続ドラマ「獣になれない私たち」(日本テレビ系)のこじらせ女子役も話題の黒木華。演じるのは、育児ノイローゼ気味の主婦・香奈。イクメンパパをハイテンションに演じた妻夫木聡との相性もバッチリで、その体当たりの演技に圧倒されること必至だ。
小松が演じるのはキャバ嬢の霊媒師・真琴。ピンクのショートボブに、全身、傷&タトゥーのある強烈なビジュアルに変貌し、血まみれのシーンも。長い黒髪が印象的だった小松だが、本作のために人生初のショートに。傷&タトゥーのメイクを施すため、上半身だけでも2時間以上、全身の時には4時間以上時間を費やしていたという。不愛想で近づきがたい雰囲気だが、子供には優しく、見た目とは裏腹な繊細でピュアな内面を持つ役どころとなっている。
そして、真琴の姉で「日本最強の霊媒師」という人間離れした難役に挑んだ松。日本人形のようなストレートの黒髪に黒ベースのパンツスタイル。左目に大きな傷があり、真琴に輪をかけて強烈な風貌を持つ謎めいた女性だ。いかなる時も表情を崩さない強靭な精神の持ち主で、これまでどのような人生を送ってきたのかと好奇心を掻き立てる。キャストたちが絶叫演技を繰り広げるなか、凄みあふれる静の演技を披露。ちなみに、山下敦弘監督の新作『ハード・コア』(上映中)での山田孝之との共演シーンも強烈!
映画『来る』は12月7日より全国公開