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ぐるっと!世界の映画祭

世界初の空港内だけで開催する新千歳空港国際アニメーション映画祭

ぐるっと!世界の映画祭

【第77回】(日本)

 飲食店はもちろん、映画館にホテルに温泉施設まである北の玄関口・新千歳空港。その機能をフル活用して開催される新千歳空港国際アニメーション映画祭。9月に北海道胆振東部地震が起こり開催が危ぶまれたが、関係者の尽力と熱意により第5回が11月2日~5日に開催された。映画『ターミナル』(2004)のトム・ハンクスよろしく、4日間の空港内缶詰を実践しながら参加した第5回を、映画ジャーナリストの中山治美がリポートします。(取材・文・写真:中山治美、写真:新千歳空港国際アニメーション映画祭)

ミートザフィルムメーカーズ
映画館ソラシネマちとせのロビーでは、「ミートザフィルムメーカーズ」と題したトークも行われた。

新千歳空港国際アニメーション映画祭公式サイトはこちら>>

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上映前のアナウンスに注目!

会場の入り口に発着掲示板
メイン会場のソラシネマちとせの入り口には飛行機の発着掲示板がある。

 映画祭は2014年にスタート。新千歳空港は2011年にリニューアルされた際に“エンターテインメント空港”をキーワードにテーマパークや3スクリーンの映画館、温泉施設がオープン。その方向性をさらに打ち出すべく、映画館をはじめ空港内の施設をフル活用した「空港だからできる映画祭」が誕生した。アニメーションに特化したのは、今や世界の共通言語であることから着目したという。第1回にアドバイザーを務めたアニメーション研究や評論で知られる土居伸彰が、第2回からフェスティバルディレクターを務めている。

 会場は「ソラシネマちとせ」を中心に、360度のパノラマスクリーンを持つ「北海道ぐるっとシアター」、さらに旅行客でにぎわう国内線2階のセンタープラザも活用され、人気アニメ「ポプテピピック」のアフレコ体験や、空中浮遊のGIFアニメーションを作成できるワークショップなどのイベントも行われた。

参加ゲストのサイン
ソラシネマちとせの入り口に飾られた参加ゲストのサイン。当たり前だが、皆さん絵が上手い。さすがプロ!

 だがなんといってもここが空港であることを実感できるのが上映前のアナウンスだ。「航空機のご利用を予定されているお客様は、あらかじめフライト時間をご確認の上ご鑑賞くださいませ」。映画館の入り口に、飛行機の発着掲示板が設置されているのもここぐらいだろう。

 メインプログラムは短編コンペティションで、今年はさらに長編コンペティションと学生コンペティションも加わった。応募総数も年々増加しており、今年は短編コンペティションに過去最高の86の国と地域から2,043作品。長編コンペティションには25の国と地域から49作品が寄せられたという。その中から選ばれた短編76作品+長編5作品の計81作品が上映された。

 それに加えて『犬ヶ島』の爆音上映や、今年の映画祭のメインビジュアルを手がけたアニメーション作家・久野遥子らのマスタークラス、日本アニメーション学会の秋の研究集会まであり盛りだくさん。

長蛇の列
土日は長蛇の列が! 上映が終わったら、すぐに次の上映のために並ばないと入場できない状態で、筆者も満席で入れず、取材できないプログラムが多数あった。

 来場者は昨年より約5,000人増の延べ約3万8,000人。急激な増加は当然映画祭に混乱を招き、土・日は開場時間より相当早く並ばないと入場できないプログラムが続出。映画祭側は、確実に鑑賞したい人にはパスポート+前売指定券の購入を勧めているが、観られない作品が増えてくると映画祭に参加しようという気持ちはなえるもの。映画祭がにぎわうのは喜ばしい限りだが、この辺りのさじ加減が今後の課題かもしれない。

 またアヌシー国際アニメーション映画祭同様に、総合デジタルスタジオ「グラフィニカ」(本社・東京)のスタジオ・プレゼンテーションが行われ、アニメーション制作を志す若手には重要なリクルート情報も語られたようだが、こうした意欲的な試みが多数のプログラムの中で埋もれてしまったのが惜しまれる。

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力作がそろうコンペティション

秋 アントニオ・ヴィヴァルディ「四季」より
和田淳監督のほっこりアニメとヴィヴァルディが融合! 日本グランプリを受賞した『秋 アントニオ・ヴィヴァルディ「四季」より』。

 コンペティション部門の作品は、アヌシーやオタワといった世界の4大アニメーション映画祭でも評価された注目の作品が多数あり、それらを一気に鑑賞できるだけでもこの映画祭に参加する意義はある。

 中でも長編コンペティションの初代グランプリに選ばれた『ディス・マグニフィセント・ケーキ!(英題) / This Magnificent Cake!』(ベルギー、フランス)のエマ・ドゥ・スワーフ監督(共同監督はマーク・ジェイムス・ロエルズ)は、文化庁主催の海外メディア芸術クリエイター招へい事業「アニメーション・アーティスト・イン・レジデンス東京2012-2013」に選出され、70日間日本に滞在して日本でさまざまなインスピレーションを受けながら制作活動を行った経験を持つ。

 2人は第1回にも短編『ファイト!』(2013)で参加し、サッポロビール賞(特別賞)を受賞している。日本にゆかりのある監督の成長を追い続けることも映画祭の楽しみの一つだろう。

ANIME-ASEAN 3年目の総括プログラム
日本とASEAN諸国のアニメーション作家たちの交流プロジェクト「ANIME-ASEAN 3年目の総括プログラム」と題した発表会も行われた。写真中央がフェスティバル・ディレクターの土居伸彰。MCも務め、会期中はフル回転。

 個人的には短編のインターナショナルコンペティションで上映された、木版画で描かれた歴史、現在、未来の世界が3Dでダイナミックに動き出す中国のスン・シュン監督『タイム・スパイ(英題) / Time Spy』、和田淳監督ならではのとぼけた味わいとまさかのヴィヴァルディが融合する『秋 アントニオ・ヴィヴァルディ「四季」より』、思春期の女の子の繊細な心を、アクリル板で作成した人形で表現したニンケ・ドゥーツ監督『ブルーイストラート11(原題) / Bloeistraat 11』が印象に残った。

雪ミク スカイタウン
ソラシネマちとせと同じ4階にはショップ&ミュージアム「雪ミク スカイタウン」も。休憩スペースでは北海道弁も学べます。

 スン・シュン監督は横浜や愛知のトリエンナーレなどにも参加しており現代美術家としても有名。和田淳監督は『グレートラビット』(2012)がベルリン国際映画祭短編部門銀熊賞を受賞。『ブルーイストラート11(原題)』は2018年のアヌシー国際映画祭短編コンペティション部門で最高賞のクリスタル賞を受賞している。作品の多少の解説はあっても、こうしたアーティストや作品のインフォメーションという基本的な情報が公式サイトにもカタログにも記載されていなかった。そこから興味を抱く人もいるのでは?

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未来を拓くキッズ賞

こども審査員とファルホンデフ・トラビ監督
キッズ賞を受賞した『おうち』(イラン・アメリカ)のファルホンデフ・トラビ監督(右から3番目)を囲んで記念撮影に応じる「こども審査員」たち。お疲れ様でした。

 地方映画祭の一つの使命として、地元の映像作家の発掘や紹介、さらに経済面での還元もある。同時に大切なのが映画祭の今後を見据えた、観客の育成だ。本映画祭では第1回から実践しており、ファミリープログラムの中からキッズ賞を決める「こども審査員」(北海道在住の小学4~6年生が対象)を公募している。今回は5人。審議のほか、各作品の上映後には、自分たちで考えてきた質問を監督たちにする“任務”もある。

おうち
キッズ賞を受賞した「おうち」。

 人間がゴキブリ気分になって踊る姿をアニメーションにした冠木佐和子監督『ゴキブリ体操』には、「北海道に住んでいるのでゴキブリを見たことがありませんが、どうしてゴキブリにしたのですか?」という素朴な質問が投げかけられた。それに対して冠木監督は「だったら私の気持ちは分からないと思います」と子供相手に容赦ない返答をしたので場内大爆笑。続けて冠木監督は「東京にはたくさんゴキブリがいて、私は小さい頃からいっぱい見てきました。みんなはゴキブリを見るとおびえたり。怖がったりするんですけど、そのインパクトの強さに私は憧れていて、それを作品に落とし込んでみました」と説明した。審査員たちが納得できたかどうかは分からないが、一味も二味も違うアーティストの発想力と、冠木監督のようなユニークな存在が活躍している大人の世界もそう悪くはないかも? と希望すら抱いたのではないだろうか。

オフィシャルグッズ
懐に優しい映画祭オフィシャルグッズ。

 ただし「こども審査員」もなかなかシビア。『ゴキブリ体操』に大ウケしていたはずなのに、キッズ賞はファルホンデフ・トラビ監督『おうち』(イラン・アメリカ)へ。テレビで見た新しい家を購入するために、ペットまでもが協力して古い家を修繕し、売ろうと奮闘するシュールな笑いもちりばめられた物語だ。

 審査員の講評は「布や紙が動いているように見える技術が良く、人間が異常に大きくなったり動物が独特の可愛さを持っていたりする表現力もあり、未来までみせるストーリーも驚きました。これらの意外性が見事だったと思いました。もっと、他の作品も観たいと思わせるオリジナリティーでした」。

 未来の映画祭ファンどころか巨匠がここから誕生するかも!? 映画祭では今後もさらに地元との連携を強めていきたいという。

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空港映画祭のメリットは?

センタープラ
国内線2階のセンタープラザも映画祭の会場になった。

 本映画祭の強みは新千歳空港ターミナルビルディングが全面バックアップし、外務大臣賞・観光庁長官賞が用意されているように各省庁が後援、JALをはじめ、その他6社も航空会社が特別協力している強力なサポート体制にある。出品作の監督たちには国内外問わず渡航費を主催者が負担してくれることから、ほぼ全員が映画祭に参加する。当然そこから交流も生まれる。

アネット・シンドラー
インターナショナルコンペティションと日本コンペティションの審査員を務めたアネット・シンドラー。

 フェスティバルディレクターの土居は「(アニメーションやアート、メディアアートと幅広い分野を取り入れた)上映プログラムはファントーシュ国際アニメーション映画祭(スイス)を、会場が限られた空間で行うというところは、船上で開催されるクロック国際アニメーション映画祭(ウクライナ・ロシア)を参考にした」という。

地震の爪痕
映画祭開催期間中のターミナルビル内には地震の爪痕がまだ残っていた。

 参加ゲストは全員、エアターミナルホテルに宿泊。夜はホテル内のバーが「ニュー・千歳・フォー・クリエイターズ・ラウンジ」の名称で特別営業となり、おつまみ付きでドリンク3杯OKという1,000円のお得なチケットが販売される。海外からのゲストへの対応用に、期間中、バーと新千歳空港温泉の飲食店には外国人スタッフを置くという細かい配慮が心地よい空間を生み出している。実際、アニメーション作家の水江未来監督は、本映画祭で出会った電子バロックユニットのスカルラッティ・ゴーズ・エレクトロと『DREAMLAND』(2017)を制作。同作は2018年に行われた第42回アヌシー国際アニメーション映画祭のクロージングを飾った。

 インターナショナルコンペティションと日本コンペティションの審査員を務めた、ファントーシュ国際アニメーション映画祭ディレクターのアネット・シンドラーは「ゲスト同士や観客と交流を育むことができるサイズ感がちょうどいい」と高評価していた。  

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新鮮な空気ください

食堂街
新千歳空港ターミナルビル3階の市電通り食堂街。映画祭の合間に散策。

 筆者は期間中、空港に直結しているエアターミナルホテル新千歳空港に滞在した。つまり4日間、一歩も外に出ることなく過ごせるわけだが、人間の体というのは実に正直なようで、圧迫感を感じ滞在2日目ぐらいから外の新鮮な空気を欲するように……。

 そこで利用したのが国内線ターミナルビル4階の展望デッキ。4月1日~11月30日の期間限定開放なので、映画祭期間中はギリギリOKだ。息抜きに最適。乗り入れている航空会社は、ロシアのオーロラ航空、韓国のジンエアーやティーウェイ航空、マレーシアのエアアジアXなど。ぼーっとしながらひっきりなしに離着陸するそれらの飛行機を眺めていると、おのずと海外から北海道への旅行客が増加している状況を実感できる場所でもある。

ドラえもん わくわくスカイパーク
「ドラえもん わくわくスカイパーク カフェ」には、可愛らしいお座敷スペースがある。

 食事も、空港には北海道グルメが集結しているので選択肢が豊富。ただ、上映の合間の短時間が勝負となると、長蛇の列を作っている人気店は無理。意外にも穴場は、フードコートから離れた場所にあるテーマパーク「ドラえもん わくわくスカイパーク」や「ハローキティ ハッピーフライト」に併設されたカフェ。特に「ドラえもん」の方はのび太家の茶の間を彷彿させる座敷席があり、足を伸ばしてくつろぐことができる。

 種類豊富な空弁や、北海道の人気チョコレート店ロイズのベーカリーショップで焼きたてパンを味わうのもオススメ。生チョコレートがたっぷり入った人気の生チョコクロワッサンは、鑑賞で疲れた脳をも癒やしてくれる。ちなみに映画祭関係者に人気なのは、立ち食い寿司店「五十七番寿し」だ。

ドラえもん わくわくスカイパーク カフェ
「ドラえもん わくわくスカイパーク カフェ」のピザ。ビールもあって、大人だって楽しめちゃう!

 もっとも飲食店は22時には全て閉店してしまうため、上映後の飲食を心配する人も多い。でも大丈夫! 映画館の前の新千歳空港温泉に併設された食事処なら夜中の3時まで営業。期間中はひとっ風呂浴びに来た映画祭関係者の社交場にもなっている。

 なお開催時期は毎年、文化の日の時期と旅行シーズンと重なるが、映画祭参加者用に、羽田~新千歳の往復航空券+宿泊のツアープランやホテルのみのプランも用意されている。

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異例の5周年討論会

フェスティバル・ディレクター土居が考える展望
5周年記念トークイベントで発表されたフェスティバル・ディレクター土居が考える展望。

 閉幕後の12月7日、東京・渋谷のディジティ・ミニミで、短編アニメーションの専門サイトtampen.jpの主催で新千歳空港国際アニメーション映画祭5周年記念トークイベントが開催された。これはフェスティバルディレクターの土居の要望で実現したもので、第1部は土居から映画祭の歴史やどのようなポリシーで作品選定をし、プログラムを組んでいるのかの説明があった。第2部は観客を交えてのディスカッションで、今年は混雑したことから「以前のように整理券制に戻してほしい」という声や、前売り2,500円の全期間パスポートは「安すぎないか?」といった意見。さらには映画祭開幕前の告知記事は掲載されるが、開幕後の批評記事は圧倒的に少ないことからメディアの在り方についても議論が及んだ。このようなイベントは、小規模の映画祭だからできることかもしれないが、それでも一般参加者を交えての意見交換の場を設けたのは異例だ。

 実は映画祭開幕中、映画祭の実行委員の方々が、Q&Aなどでの同時通訳をヘッドフォンではなく、スクリーン上に表示できないか? 上映前のアナウンスが長すぎないか? など改善点をチェックしている様子がたびたびうかがえた。また、実行委員の方たちと話しているとき、筆者がふと漏らした意見をすかさずメモしていた。現状に満足することなく、常に伸びしろを考えているこの姿勢。いずれ日本を代表する映画祭へと成長する日も近そうだ。

 なお、新千歳空港国際アニメーション映画祭5周年記念トークイベントの様子は、tampen.jpで配信される。

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