木村拓哉、映らない部分へのこだわり
一流ホテル「ホテル・コルテシア東京」を舞台にした東野圭吾のミステリー「マスカレード」シリーズの1作目を実写映画化した『マスカレード・ホテル』。本作で、難事件に挑む捜査一課の敏腕刑事・新田浩介を演じたのが俳優・木村拓哉だ。東野が「よほどのことがない限り映像化にゴーサインを出さないつもりだった」と語っていた傑作に新たな命を吹き込んだ木村。撮影を振り返り、作品への思いを語った。
■監督、美術スタッフほか製作陣の覚悟が伝わる豪華セット
Q:木村さんが演じた新田は、刑事でありながらホテルスタッフとして立ち振る舞うという役でした。どのように役にアプローチしていったのでしょうか?
刑事として犯人を検挙するというモチベーションを持ちつつも、自分自身を包むものは8~9割がホテルスタッフというバランス。表向きはホテルスタッフとして接していながら、気の張り方は刑事というところをしっかり見せられたらと思っていました。
Q:鈴木雅之監督とは過去に何度もタッグを組んでいますが、クランクイン前に役についての話などはしたのですか?
「いまから一本の映画を撮るぞ」という意味では監督と出演者のあいだでメンタル面でもフィジカル面でも引き締まるべきところなのですが、割と長年一緒にいろいろなことを経験してきたせいか、そういったものは一切なかったです(笑)。
Q:鈴木監督とは、いつもそういう入り方なのでしょうか?
今回の作品については「この役はこうだから、もっとこうしてみないか」みたいなものがあるのかなと思っていたのですが、またしてもなかったです(笑)。“任せた感”が伝わってきました。でもそれより、東宝スタジオに用意された、信じられないようなセットを見て、監督や美術さんたちをはじめスタッフならびに関係者の覚悟みたいなものは感じました。
Q:覚悟というのは?
東野圭吾さんの原作を映画化するんだということですね。その覚悟はヒシヒシと感じるセットでしたし、いい形でその緊張感が「伝染」してきました。
■東野圭吾の作品には読み手を正しい方向に導く力がある!
Q:東野圭吾さんの原作を映画化する覚悟ということでしたが、東野さんが本作を執筆時から、新田というキャラクターは漠然と木村さんをイメージしていたとお聞きしました。
その話、撮影も終盤に差し掛かったときに聞いたんですよね。もっと早く言ってほしかった(笑)。
Q:撮影中に東野さんとお会いする機会はあったのですか?
撮影現場にいらしたことがあったんです。スタッフの方に「今日東野圭吾さんがいらっしゃいます」と言われた日があって……。お会いしたことはなかったし、調べたこともなかったので、勝手に物静かで人とあまりコミュニケーションをとらないような方なのかなというイメージを持っていたんです。そうしたら、まったく逆で、すごく饒舌な方でした。
Q:お話ししてどんな印象でしたか?
放りっぱなしじゃない感じです。生みの親として現場に足を運んでくださるのもそうですが、脚本に関しても、プロデューサーや監督と密なやり取りをしてくださったみたいですし「映画を撮るらしいけれど、頑張ってくださいね」みたいな感じじゃないというか。それだけに、東野さんが役柄に対してどう思っているのかということも考えるじゃないですか。自分をイメージしていたということなら、もっと早く教えてくれていれば……(笑)。でも「そういった情報は、自分の作業には必要がなかったんだ」と考えるようにしました。
Q:実際、東野さんの作品の登場人物を演じてみて感じたことはありましたか?
東野さんの作品は、読み手を正しい方向に導いてくれるライフラインみたいなものがしっかりあるなと感じました。監督を含め共演者同士でも、作品によってはまったく違う読み方をすることがあるのですが、東野さんの作品にはそれがないんです。本に力があるからだと思います。
■長澤まさみは安心できる相手
Q:長澤まさみさんとは初共演になるのですね?
彼女の作品はこれまでも拝見していましたので、長澤まさみという一表現者としてどういう方なのかは認知していました。わからない部分としては、一緒に共同作業をする人として、どんなスタンスで現場に臨まれる方なのかなという疑問点はありましたが、とにかく安心できる方だなという印象でした。一切、手を抜かない方でした。
Q:安心できるというのは?
演技をするうえで、台本の読み方が一緒なんです。僕が言うのもおこがましいですが、芝居をしていてすごく心地よいんです。
Q:芝居の話は結構、綿密にされたのですか?
演技の話とかは、ほぼしていないですね。長澤さんのお父さんやお母さんの話とかをしていました。あとは「木村さんは、朝ドラのお父さん役とかをやるべきです」みたいな、プロデューサー目線でいろいろ言ってくださいました(笑)。
Q:長澤さんのほかにも、目移りするぐらい豪華キャストが出演されていますね。
本当に豪華すぎですよね(笑)。ホテルスタッフとしてフロントに立ってからは、菜々緒さんが来たり、高嶋(政宏)さんが現れたり、着物姿の人が歩いてきたと思ったら「橋本マナミじゃん」とか……。さらに小日向(文世)さんや松(たか子)さん、生瀬(勝久)さんなども、ほかの作品でガッツリやらせていただいた方が、役柄も人格もまったく違う形でセッションできるのが、すごく豊かだなと感じたし、面白いことをさせてもらっているなと改めて思いました。
Q:エンドロールをみたら、明石家さんまさんも出演されているんですね。カメオ出演ですか?
気づく方は気づくと思いますが、出演していますよ。ピントは合っていませんが(笑)。
Q:どんな出演経緯だったのですか?
ふたりでやらせていただいているバラエティー番組で、さんまさんが「いま映画撮ってるんやろ? 監督誰や? 共演者は?」って聞かれたので「鈴木さんで、長澤まさみさんと一緒です」と言ったら「それだったら俺やろ?」って(笑)。自分の知らないところで番組のスタッフを引き連れて、東宝スタジオに行ったらしいんです。それで出演することになったみたいです(笑)。
■木村拓哉のこだわった部分
Q:セットに掃除機を差し入れしたとお聞きしました。
一流ホテルということで、高級じゅうたんを敷き詰めての撮影なんですよね。そこにカメラのレールを敷いたり、クレーンを入れたり……さらにエキストラの方々もたくさんいるわけです。そうなると、良いじゅうたんだからこそ、至るところに毛玉ができるんです。でも一流ホテルなわけで、画面に映るかわからないのですが、そういうのはない方がいいのかなと思ったんです。
Q:フロントに入っているときは完全にホテルスタッフの目線なんですね。
周囲に目を配するという意味では、刑事の視点なのですが、制服に袖を通してフロントに立つと、ホテルスタッフになっていましたね。
Q:劇中、ホテルスタッフの制服を返すシーンがありますが、あれは木村さんからの提案だったそうですね。
刑事がホテルスタッフになるとき、かなり肩肘張って臨んでいったので、任務が終了して出ていくとき、なにもなく刑事に戻ることにちょっとした違和感があったんです。新田も(長澤演じる)山岸さんに対して、思うところがあったと思うんです。かなり突っ張った感じでホテルに入っていったので、終わりはしっかり礼を尽くしたいという思いがあって、鈴木監督に提案しました。
■取材後記
芸能生活30年以上のキャリアを誇り、日本のエンターテインメントの世界を牽引してきたと言っても過言ではない木村拓哉。そんな彼が「人気作家・東野圭吾」と「長澤まさみ」という二つの「初」に挑み、新しい化学反応を起こす一方で、『HERO』シリーズでタッグを組んだ鈴木雅之監督、小日向文世、松たか子らとの気心の知れた関係による安心感も作品には内在している。どんな関係性でも、作品に対する広い視野があるからこそ、出来上がったものには「深み」が感じられるのだろう。今回のインタビューにも、そんな木村の「視線」が存分に感じられるエピソードが満載だった。(取材・文:磯部正和)
映画『マスカレード・ホテル』は全国公開中 (C) 2019 映画「マスカレード・ホテル」製作委員会 (C) 東野圭吾/集英社