間違いなしの神配信映画『マイヤーウィッツ家の人々(改訂版)』Netflix
神配信映画
賞をにぎわせた王道編 連載第7回(全8回)
ここ最近ネット配信映画に名作が増えてきた。NetflixやAmazonなどのオリジナルを含め、劇場未公開映画でネット視聴できるハズレなしの鉄板映画を紹介する。今回はアワードシーンをにぎわせた王道編。全8作品、毎日1作品のレビューをお送りする。
トラウマを抱えた中年を描いた “大人になり切れない大人”の ヒューマンコメディー
『マイヤーウィッツ家の人々(改訂版)』Netflix
上映時間:112分
監督:ノア・バームバック
キャスト:アダム・サンドラー、ベン・スティラー、ダスティン・ホフマン
アダム・サンドラーとベン・スティラー、アメリカのコメディー界の二大スターが兄弟役で本格共演を果たしたコメディーであり、切々とした哀感に満ちたヒューマンドラマでもある。描かれるのは親子孫の三代にわたる家族の肖像で、物語の中心になっているのは中年に差しかかった3人の姉兄弟だ。
彼らの父ハロルド・マイヤーウィッツ(ダスティン・ホフマン)はそれなりに有名な彫刻家。芸術家だからか生来の性格なのか、自己中心的で、子供たちよりも常に自分の人生を優先して生きてきた。決して仲たがいをしているわけでも険悪なわけでもないが、3人の子供ジーン(エリザベス・マーヴェル)、ダニー(アダム・サンドラー)、マシュー(ベン・スティラー)は大人になってもなお父親からの愛情を求め、父のわがままに振り回されている。
極端に言えば、本作はモンスターペアレントのもとで育ち、トラウマを抱えた子供たちの物語だ。普通の家族ドラマなら、親とぶつかり合い、植え付けられたトラウマを乗り越えることが主題となる。ところがこの主人公たちはもう中年の大人であり、父ハロルドは気持ちこそ衰えていないがもはや老境にいるため、お互いに熱くぶつかっていくエネルギーはもはやない。
現実の世界でも、そうそうドラマティックな局面は起きないし、心のモヤモヤをごまかしながらどうにかこうにか生きていくしかない。つまりこの映画は、人生とはこんなものだという諦念の先を描いているのだ。例えば長男のダニーは妻が稼ぎ頭で、自分は専業主夫として娘を愛情深く育て上げてきた。ところが突然離婚することになり、ハロルドの家に転がり込むハメになる。18年間主夫だったから仕事のスキルも将来の展望もない。しかし誰かのせいにしたりはしない。不安と戸惑いだらけだが、それでも自分が選んだ人生だとわかっているからだ。
監督のノア・バームバックは“大人になり切れない大人”を描かせれば当代一の名匠で、彼らの心の機微を等身大の“家族あるある”ネタに絶妙に落とし込んでいく。面白いのは、誰かが激高して怒鳴りだしたり、感情と感情がぶつかり合うような劇的なテンションが盛り上がると、そのシーンをプツンと終わらせてしまうこと。
バームバックはおそらく「感情の爆発」よりも、“事前”や“事後”にこそ人生の真実が宿ると考えている。そしてイライラを抑え込んだり、見栄を張って本音と逆のことを言ったり、居心地の悪い空気を耐え忍んだり、誰しもに覚えがあるささいな瞬間に滑稽味を見出すバームバックの視点が、われわれの平凡な毎日をも豊かにしてくれる。これぞわれわれ“煮え切らない大人たち”のための、珠玉のヒューマンコメディーではないだろうか。(文・村山章)