スター・ウォーズを断ってもデヴィッド・リンチが作りたかった映画
幻に終わった傑作映画たち
幻に終わった傑作映画たち 連載第11回
デヴィッド・リンチの『ロニー・ロケット』
多くの巨匠や名匠たちが映画化を試みながら、何らかの理由で実現しなかった幻の名画たち。その舞台裏を明かす連載「幻に終わった傑作映画たち」の第11回は、デヴィッド・リンチの『ロニー・ロケット』。イザベラ・ロッセリーニらリンチ組の俳優陣に、リンチらしい常人離れした“電気”へのこだわり。ファンにとっては考えるだけでも垂涎ものの企画であり、リンチにとっても身近で大切な題材だった。
RONNIE ROCKET
監督:デヴィッド・リンチ
出演:マイケル・J・アンダーソン、イザベラ・ロッセリーニ、デニス・ホッパー、ディーン・ストックウェル
想定公開年:1990年頃
製作国:アメリカ
ジャンル:ミステリー
ファンにはリンチワールド全開の天国だが、それ以外の者には訳がわからない
「最も奇妙なデヴィッド・リンチ監督作品」の候補リストを作ろうと思うと、実は相当長くなる。なにせデビュー作の『イレイザーヘッド』(1976)から『インランド・エンパイア』(2006)まで、事実上全作品を含まなくてはならないからだ。アメリカ人監督のリンチは、シュールで夢のような想像力を持つ現代の巨匠と目され、ファンと批評家双方から愛され続けている。だが、なかでもきわめつきの奇妙な作品になったかもしれないのが『ロニー・ロケット』だ。脚本の出だしはこうだ——。
「暗闇……巨大なステージがフェイドインし……とてつもなく大きな黒い幕が引かれている。と、やおら幕が開く。ステージ全体に60メートルの火柱が立ちのぼっている。炎の中で、何千もの魂が音もなく叫び……聞こえるのは炎の咆哮(ほうこう)のみ」
『スター・ウォーズ/ジェダイの帰還』と『砂の惑星』、2本のSF映画が割って入る
1977年、ロサンゼルスのアメリカン・フィルム・インスティチュート(AFI)の教育機関で、リンチはデビュー作となるセンセーショナルなアングラ映画『イレイザーヘッド』を撮り上げた。同時に、抽象的なミステリー+SFの奇抜な作品『ロニー・ロケット』のアイデアを思いつく。
『イレイザーヘッド』に衝撃を受けたプロデューサーのスチュアート・コーンフェルドが、リンチに声をかけ、次回作の検討に入った。『ロニー・ロケット』が候補に上ったが、資金繰りが難しいとの理由で却下。コーンフェルドとリンチは代わりに『エレファント・マン』(1980)を撮る。映画は最優秀作品賞、主演男優賞などアカデミー賞8部門にノミネートされるなど、評価・興行成績ともに成功を収めた。
リンチは上機嫌となり、再び『ロニー・ロケット』のアイデアに戻るが、2本のSF映画が割って入る。「君の映画だ!」とジョージ・ルーカスからご指名を受けた『スター・ウォーズ/ジェダイの帰還』(1983)は、「僕がやるような映画じゃない」と言って遠ざけた。だが、フランク・ハーバートのSF大河小説の映像化である『砂の惑星』(1984)は、いささか不運なことに引き受けてしまう。こうして不幸なパターンが出来上がる。新たに作品を撮った後、毎回『ロニー・ロケット』に立ち戻るが、撮影にこぎ着けるところまでは行かない。
一本足で立つ能力を持つ探偵は悪い電気に殺されないために苦痛を感じ続ける
リンチは、映画を「身の丈1メートル足らずの赤毛で体に故障のある男と、60ヘルツの交流電流」の話だと説明した。資金繰りに失敗したのも無理はない。抽象的なアイデアから、タイトルロールのロニー・ロケットの配役まで、野心的だが実現の難しいプロジェクトだ。
映画の舞台は、暗く抑圧的な工業都市で、工場から煙がモクモクあがり、電気に満ちた空気に低音のハム音がブーンと鳴る。探偵が路線の終点であるこの町にやってくる。立ち入り禁止になっている町の中心部に関わるあいまいな事件に巻き込まれる探偵。彼は一本足で立つ能力を持ち、出会う人々から一種の天才扱いされる。町の深部へ旅するうち、探偵は美しく純粋なダイアナと恋に落ち、不吉な“ドーナッツ男”と悪い電気に殺されないためには苦痛を感じ続けなければいけないと学ぶ。
一方、妄想に取りつかれた二人の科学者ダンとボブは、妻であり母でもある存在のデボラの後押しで、異形のロナルド・デ・アルテを実験にかけ、「標準的なハンサム」に作り替えようとする。だが、ハンサムにする代わり、彼らはロナルドに電流変換器を取りつけ、その結果、15分ごとにコンセントにプラグを差し込まなければ電力を失うようになる。『イレイザーヘッド』(1976)や『ブルーベルベット』(1986)同様、デボラとロナルドはアメリカの核家族をねじくれた形で象徴している。
ストーリーは奇妙な出来事とリンチ的なモチーフの詰め合わせ
売れないロックバンドの練習現場に出くわしたロナルドは、悪質なマネージャーによってメンバーに引き入れられる。高電圧によって生み出される彼の奇妙なさえずりと叫び声は、バンドを一夜で有名にする。この発声法はロナルドを消耗させるが、バンドは無理やり、極限まで絞り出させる。ロナルドの家族による延命もむなしく、彼は死んでしまう。そして、生き返る。探偵と、新たな相棒テリーとライリー(ミニマリスト作曲家テリー・ライリーにちなむ)と一緒に、ロナルドたちは悪の帝王ハンク・バーテルズを倒して街に明かりと善の電気を取り戻すために立ちあがる——。
ストーリーは『フランケンシュタイン』(1931)、ロックンロールの寓話(ぐうわ)、昔ながらの善対悪の物語が少しずつ混ざる。奇妙な出来事(靴ひもが悪人の破滅を証明する。女性たちが探偵に裸身をさらす。円に関する意味不明な仮説、閉回路、宇宙)と、リンチ的なモチーフ(ミステリー、官能、愛、暴力、抑圧的な産業、ポンパドゥール、シュールなミュージカル・パフォーマンス)の詰め合わせだ。探偵とテリーが交わす哲学的な掛け合いのような軽妙な瞬間と、発作で倒れたり、生き続けるために自分を刺して流血する人々といった、極端な暗さの間で、大きな振り幅を見せる。大衆受けするにはあまりに変わっていて、ファンにはリンチワールド全開の天国だが、それ以外の者には訳がわからない。
セットを建ててしばらくそこに住みたいが、それには金がかかる
アン・クロウバー(リンチのサウンドデザイナーで、時にはアシスタントも務めた故アラン・スプレットの妻)がこう語る。
「リンチはよく、亡くなった夫と私に、『エレファント・マン』の撮影の合間をみては『ロニー・ロケット』の話をしていたわ。それほど彼にとって、身近で大切な題材だったの」
『ロニー・ロケット』は『砂の惑星』以来、最大規模のリンチ作品になったはずだ。脚本には、巨大な建築物と、クローンたちの音楽堂や、地獄に落ちた燃える魂のステージが織りなすサイケデリックなクライマックスが登場する。「あの世界に行って、しばらくの間暮らす時間が欲しいが、それには金がかかる。『ロニー・ロケット』では、通常のような11週間のスケジュールでの撮影はしたくない。少人数のクルーと一緒に、セットを建ててしばらくそこに住みたいんだ」とリンチは語っている。
実現の可能性が一番近づいたのは、1990年代初めのキャリアの絶頂期。テレビシリーズ「ツイン・ピークス」が大ヒットし、『ワイルド・アット・ハート』(1990)がカンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞した頃だ。マイケル・J・アンダーソン、それに『ブルーベルベット』のイザベラ・ロッセリーニ、デニス・ホッパー、ディーン・ストックウェルが出演者リストに挙げられた。『砂の惑星』『ブルーベルベット』でリンチと組んだディノ・デ・ラウレンティスがプロデュースを検討し、フランシス・フォード・コッポラのアメリカン・ゾエトロープ(スタジオ)も関心を示した。しかし、どちらも悲しいことに破産した。
いまもって製作されていない『ロニー・ロケット』は、『イレイザーヘッド』の悪夢めいたSFと、リンチ後期作品にみられる幻想的なミステリーとロマンスのすきまを埋めるミッシング・リンクであり続けている。
Original Text by ロビン・アスキュー/翻訳協力:有澤真庭 構成:今祥枝
「The Greatest Movies You'll Never See: Unseen Masterpieces by the World's Greatest Directors」より
次回更新は2月21日:「戦車2000台欲しい!国家予算ほどの製作費を必要とした戦争映画」セルジオ・レオーネの『レニングラード』
連載第13回 フランシス・フォード・コッポラの『メガロポリス』
連載第14回 デヴィッド・フィンチャーの『ブラック・ホール』
連載第15回 ティム・バートンの『スーパーマン・リヴス』
また、本連載は2018年12月1日に書籍にて発売となった“誰も観ることが出来ない幻映画50本を収めた”「幻に終わった傑作映画たち」(竹書房)の一部を再構成したものです。(B5変形判・並製・264頁・オールカラー 定価:本体3,000円+税)
書籍「幻に終わった傑作映画たち 映画史を変えたかもしれない作品は、何故完成しなかったのか?」の概要は以下の通りです。
偉大なる監督たちの“作られなかった傑作映画”たち……なぜそれらはスクリーンに辿り着くことができかなかったのか——巨匠たちの胸に迫る逸話の数々を、脚本の抜粋、ストーリーボード、セットでのスチルや残されたフッテージたちを添えて描き出す。さらに各作品には、定評あるデザイナーたちによって本書のために作られたオリジナル・ポスターも掲載。収録図版数400点以上。
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【本書に掲載されている幻映画の一覧】
チャールズ・チャップリン監督『セントヘレナからの帰還』
サルヴァドール・ダリ&マルクス兄弟『馬の背中に乗るキリンサラダ』
セルゲイ・M・エイゼンシュテイン監督『メキシコ万歳』
エドガー・ライス・バローズ原作『火星のプリンセス THE ANIMATION』
名作『カサブランカ』続編『ブラザヴィル』
カール・テオドア・ドライヤー監督『イエス』
H・Gウェルズ×レイ・ハリーハウゼン『宇宙戦争』
アルフレッド・ヒッチコック監督×オードリー・ヘプバーン『判事に保釈なし』
ジョージ・キューカー監督×マリリン・モンロー『女房は生きていた』
ロベール・ブレッソン監督『創世記』
アンリ=ジョルジュ・クルーゾー監督『地獄』
フェデリコ・フェリーニ監督『G・マストルナの旅』
アルフレッド・ヒッチコック監督『カレイドスコープ』
スタンリー・キューブリック監督『ナポレオン』
オーソン・ウェルズ監督『ドン・キホーテ』
宮崎駿監督『長くつ下のピッピ』
ジェリー・ルイス監督・主演『道化師が泣いた日』
オーソン・ウェルズ監督×ジョン・ヒューストン主演『風の向こうへ』
マイケル・パウエル監督×シェークスピア原作『テンペスト』
アレクサンドル・ホドロフスキー監督×フランク・ハーバート原作『デューン/砂の惑星』
ショーン・コネリー主演、もうひとつの007『ウォーヘッド』
フィリップ・カウフマン監督、幻の映画版第1作『スタートレック プラネット・オブ・タイタンズ
セックス・ピストルズ主演×ラス・メイヤー監督『誰がバンビを殺したか?』
スティーヴン・スピルバーグ監督『ナイト・スカイズ』
ピーター・セラーズ主演『ピンク・パンサーの恋』
サム・ペキンパー監督『テキサス男』
ルイ・マル監督×ジョン・ベルーシ主演『マイアミの月』
リンゼイ・ナダーソン監督×チェーホフ原作『桜の園』
オーソン・ウェルズ監督『ゆりかごは揺れる』
フランシス・フォード・コッポラ監督『メガロポリス』
D・M・トマス原作『ホワイト・ホテル』
セルジオ・レオーネ監督『レニングラードの900日』
デヴィッド・リンチ監督『ロニー・ロケット』
デヴィッド・リーン監督『ノストローモ』
テリー・ギリアム監督『不完全な探偵』
スタンリー・キューブリック『アーリアン・ペーパー』
アーノルド・シュワルツェネッガー主演×ポール・ヴァーホーヴェン監督『十字軍』
リドリー・スコット監督『ホット・ゾーン』
ケヴィン・スミス脚本『スーパーマン・リヴス』
ダーレン・アロノフスキー監督『バットマン:イヤー・ワン』
第二次世界大戦の悲劇『キャプテン・アンド・ザ・シャーク』
コーエン兄弟『白の海へ』
ニール・ブロムカンプ監督『HALO』
ウォン・カーウァイ監督×ニコール・キッドマン主演『上海から来た女』
マイケル・マン監督『炎の門』
リドリー・スコット×ラッセル・クロウ主演『グラディエーター2』
ジェームズ・エルロイ原作×ジョー・カーナハン監督×ジョージ・クルーニー主演『ホワイト・ジャズ』
デヴィッド・フィンチャー監督『ブラックホール』
スティーヴン・スピルバーグ監督×アーロン・ソーキン脚本『シカゴ・セブン裁判』
ジョニー・デップ主演・製作総指揮『シャンタラム』
デヴィッド・O・ラッセル監督『ネイルド』
ジェリー・ブラッカイマー製作『ジェミニマン』
チャーリー・カウフマン監督・脚本『フランク・オア・フランシス』
トニー・スコット監督『ポツダム広場』