さよなら午前十時の映画祭
提供:午前十時の映画祭
時代を超えて語り継がれてきた傑作娯楽映画を選んで、全国の映画館で1年間かけて連続上映する「午前十時の映画祭」。多くの映画ファンに愛されてきましたが、記念すべき10回目をもって終了することになりました。なぜ終わってしまうのでしょうか? 映画祭の舞台裏とともに関係者3名が秘話を明かしました。
街から消えていく名画座をシネコンを使って再現
午前十時の映画祭が始まったのは2010年。きっかけは「今、東京楽天地の社長を務める中川敬さんが『映画館に行こう!』実行委員会をやっている頃に発案したんです」と映画祭の企画立ち上げから携わり、作品選定の最終責任者で主催者の武田和さんは振り返ります。名画座が街から消えていく中、「昔の名画座のような機能を、シネコンを使ってやったらどうだ」という話があったそうです。
とはいえ、成立させるのは並大抵のことではありませんでした。当時は全作品がフィルムだったために、スケジュール的にも厳しく、その中でアクシデントも発生しました。それでも思い切ってやってみたところ、「ビックリするぐらいお客さんが来たんです」と当時を振り返る主催者の武田さんは、反響を知るために、ネット検索で一般の方のブログを見て、リアルな声にも触れ、予想を上回る喜びの声や熱い思いに感激したそうです。
中には、作品を追いかけて他県にわざわざ行く人や、曜日を決めて毎週劇場に足を運ぶシニアの方もおり、宣伝担当の畠山アンナさんは「午前十時の映画祭が生活に入り込んでいるのがすごい。また、『久しぶりに映画館に行って楽しかった』という声を聞くことができて、とても励みになりました」と当時を振り返りました。
『タイタニック』に現代の若者たちも熱狂!
さまざまな名作が上映されてきた午前十時の映画祭には、圧倒的な人気を集める“キラーコンテンツ”が存在します。名前が挙がったのは『七人の侍』『ショーシャンクの空に』『ローマの休日』『砂の器』など。「午前十時の映画祭9」で『七人の侍』4Kデジタルリマスター版を観た畠山さんは「作品の本当の素晴らしさ、面白さが初めてわかりました」と、この映画祭ならではの良さを自ら体験したことを明かしました。
また1997年に公開され社会現象ともいえる空前のヒットを記録した『タイタニック』は現代の若者にも大人気でした。映画祭の観客は95%がシニア層ですが、『タイタニック』は20%が若者だったそうです。「『両親が面白い』というので来ましたという学生が多くて、映画が世代をつなげていると実感しました」と同じく主催者の貝谷真二さんは話します。また、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』の4時間11分バージョンがスクリーンで観られるのも午前十時の映画祭ならでは。「このディレクターズ・カット版は、なかなか観ることができない。特に全国58スクリーンで一斉公開なんてほかにはない。感慨深いものがありました」(貝谷さん)。
「午前十時の映画祭7」での『バック・トゥ・ザ・フューチャー』3部作の上映も思い出深いラインナップです。「3週連続で全国一斉に上映をしたときに、SNS効果を肌で感じました。北海道から沖縄までツイートが広がり、ものすごく盛り上がりました」(武田さん)。
『JAWS/ジョーズ』の上映は難航! スピルバーグから限定許可で実現
1年目は誰も文句が言えないであろう名作を集めて、最初の3年で鉄板の名作を上映しました。そのため、後が大変だったと言います。日本映画や単館系を加えつつ、あまり趣味的になるとお客さんが来ないという難しさも抱えながら作品を選定。紆余曲折を経て、出揃った作品をA・Bクループに分け、全国でほぼ同じようなスケジュールで回していくというスタイルになりました。そうすることで、場所を問わず、映画を観た観客が一緒にツイートなどで盛り上がることができます。そのほか、劇場の繁忙期には上映時間の長い作品を避けるなどの配慮も忘れずに年間のラインナップを組みました。
4月5日から始まる「午前十時の映画祭10-FINAL」で上映されるのは、全27本。オープニングスペシャルは、スティーヴン・スピルバーグ監督の三大傑作『未知との遭遇』(ファイナル・カット版)、『JAWS/ジョーズ』『E.T.』という初期のスピルバーグらしさが楽しめる作品です。
特に『JAWS/ジョーズ』はスピルバーグ監督の許可がなかなか下りず、今回やっと初めて上映が実現しました。「午前十時の映画祭限定の許可です。ほかで観ることは今後も難しいでしょう」と武田さんは明かします。
また、最終回にして初めて公式サイト上でリクエストを募りました。その結果、上位だった『バック・トゥ・ザ・フューチャー』『アラビアのロレンス』もファイナルのラインナップに組み込まれています。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』は『バック・トゥ・ザ・フューチャーPART2』『バック・トゥ・ザ・フューチャーPART3』と共にクロージングスペシャルを飾ります。『アラビアのロレンス』は「砂漠の中で、オマー ・シャリフ演じるアリ酋長が、最初は砂粒みたいに小さく見えるロング・ショットから次第にフォロー・ショットしていくシーンには、大きなスクリーンでないと伝わらない魅力があります。今回、8Kリマスター4K上映という、ものすごく状態のいい形で観ることができますよ」と武田さんのお墨付きです。
ファイナルの理由~終わっちゃう…午前十時の映画祭~
「やめないで!」と惜しむ声が公式サイトやSNSにたくさん寄せられる中、終了することになる午前十時の映画祭。名画座が親しまれていた時代には日本語字幕付きの旧作プリントを配給会社が貸し出していましたが、今は海賊版や著作権の問題などから、基本的にはプリントをとっておかない風潮になりました。そんな中、午前十時の映画祭を開催するためには、あらためてプリントを焼いて、字幕も付ける必要があります。配給会社には、新作映画に割く予算はあっても、旧作映画には宣伝費も含めて予算というものが存在しません。となると、費用を出すのは主催者。「膨大な経費がかかってしまっており、大赤字なのが実情で、致し方ないんです」と武田さんは旧作映画を映画館で上映し続ける難しさを赤裸々に明かします。
デジタル上映など、映画界を取り巻く状況も大きく変わりました。「みなさん本当にこの映画祭を愛してくださって、ありがたいです。最後、お見逃しのないよう楽しんでください!」(畠山さん)
シネコンが次々とできて、スクリーン数が増えても、映画館で観られる映画は減ってきています。ヒット作に割くスクリーン数は多くても、小規模な作品は上映の機会が限られつつあるのです。「そんな中で、1日1作品でも映画館で名作が観られるという取り組みは、価値あるものだったのではないかと思います」と貝谷さんは午前十時の映画祭が果たした役割を分析します。
午前十時の映画祭は、第1回から年間を通して、10年間もずっと続いている映画のイベントなのです。わざわざ午前十時に旧作映画を観に劇場へ行くわけですから、鑑賞者同士の仲間意識が強くなるもの当然です。「席が隣合わせになった人と帰りのエレベーターでずっと作品について話したり(笑)」(武田さん)。こんな経験ができるイベント、ほかにあるでしょうか? スマホやネットで観ていては、絶対にできない体験です。
何度観ても感動できる名作の数々を、映画館の大スクリーンで観るという機会を全国に届けた午前十時の映画祭。その貢献度は計り知れません。(取材・前田かおり)
「午前十時の映画祭10-FINAL」は4月5日(金)~2020年3月26日(木)まで全国58劇場で開催
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