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製作費100億円以上、コッポラの理想の未来都市映画は9.11でついえた

幻に終わった傑作映画たち

幻に終わった傑作映画たち 連載第13回

フランシス・フォード・コッポラの『メガロポリス』

メガロポリス
Poster Designed by Jay Shaw『メガロポリス』のフェイクポスター

 多くの巨匠や名匠たちが映画化を試みながら、何らかの理由で実現しなかった幻の名画たち。その舞台裏を明かす連載「幻に終わった傑作映画たち」の第13回は、フランシス・フォード・コッポラの『メガロポリス』。もし、コッポラが書き上げた212ページに及ぶ迷宮のような脚本の映画化が実現していたら、『ゴッドファーザー』(1972)や『地獄の黙示録』(1979)と肩を並べる映画になっただろうか?

MEGALOPOLIS

監督:フランシス・フォード・コッポラ

想定公開年:1984-2005年

製作国:アメリカ

ジャンル:ドラマ 

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ハリウッドは、実験的な意欲作は排除するような産業だよ!

ゴッドファーザー
フランシス・フォード・コッポラ監督『ゴッドファーザー』 - Silver Screen Collection / Hulton Archive / Getty Images

 フランシス・フォード・コッポラが、アメリカ映画史において突出した人物なのは疑いの余地がない。『ゴッドファーザー』3部作、なかでもアカデミー賞を受賞した最初の2作(1972・1974)は、ギャング映画をオペラ級に華麗な不朽の領域まで押しあげ、『ゴッドファーザーPART III』(1990)では4度目の監督賞ノミネートを受けた。『地獄の黙示録』が見せたサイケデリックな恐怖は、1967年にザ・ビートルズが発表したアルバム「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」がポップミュージックでやったのと同じ効果を戦争映画で果たしている。また、コッポラは脚本家・プロデューサーとしても高く評価されており、地球上のあらゆる名だたる映画団体の賞を滝のように浴びている。しかし、コッポラはハリウッドからもっとも敬遠さている監督の一人だった。

 映画ファンにとって、コッポラは商業主義に対する芸術の勝利を象徴する。だが映画会社の重役たちからは、興行成績をゴールではなく、障害としかみなさない“たちの悪い天才”という色眼鏡で見られ続けた。コッポラは雇われ監督として手堅い実績をいくつもあげてきたというのに。『ドラキュラ』(1992)、『ジャック』(1996)、『レインメーカー』(1997)——いずれの作品も評価は高く、芸術性もあり、興行的にも成功を収めているにもかかわらずだ。

コッポラの胡蝶の夢
財を投じた『コッポラの胡蝶の夢』(2007)- Sony Pictures Classics / Photofest / ゲッティ イメージズ

 一方でコッポラの作品歴には、大ヒットした『ゴッドファーザー』3部作、『地獄の黙示録』がある反面、興行的に失敗した作品も目に付くのは確かだ。惨敗した『ワン・フロム・ザ・ハート』(1982)。評価は高かったものの製作費を回収できなかった『コットンクラブ』(1984)。『コッポラの胡蝶の夢』(2007)に至っては、私財を投じたにもかかわらず、あまりにも時流に合わないとされ、わずか6館のみの上映となり、結果、興行成績は25万ドルそこそこに終わっている。『メガロポリス』がいまだ日の目を見ることがないのは、こうした負の遺産が妨げているせいかもしれない。

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ニューヨークを現代のユートピアに変えようとする一人の男の聖戦を描く

コッポラの胡蝶の夢
『レインメーカー』撮影中のコッポラ監督(右)とマット・デイモン - Paramount Pictures / Photofest / ゲッティ イメージズ

 コッポラが『メガロポリス』に手を付けたのは、1984年ごろだった。212ページに及ぶ迷宮のような脚本を書き上げ、以来20年近く企画を温め続けてきた。ニューヨークを現代のユートピアに変えようとする一人の男の聖戦を描いた、じれったいような叙事詩。映画化実現のため、コッポラはメジャー作品の監督仕事を引き受けもした。『メガロポリス』は作家のアイン・ランドを思わせる作品だと、コッポラはいう。ランドは自身が提唱した哲学“オブジェクティビズム(客観主義)”を、次のように要約している。

 「人間を英雄的存在とみなす概念。自身の幸せを人生の道義的な目的とし、成果をあげることを最も気高い活動と定め、理性のみを絶対的な基準とする」

 コッポラの脚本は、人間の意志の力と個人崇拝について雄弁に語り、物語の複雑さではランドをしのぐ。彼女と同様、建築を本質的には高慢な野心の表れである男根の象徴として扱っている。

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ニューヨークを歩いて周りを見渡せば、そこにはローマが見えるはず

 『メガロポリス』は、悩める天才建築家セルジュ・カティリナと、ニューヨーク市長フランク・キケロとの間に勃発する権力闘争を描く。どちらも、都市の再建というより、自分の記念碑としての、理想の都市内都市作りをもくろんだ。

 コッポラは、シナリオ誌でこう説明している。「現代のニューヨーク——いわば現代のアメリカは、驚くほど共和政ローマに似ている。ローマの歴史上、非常に有名で、そのくせひどく謎めいた共和政ローマ時代の出来事をヒントにした。ローマ帝国じゃなくて、共和政の時代の史実だ。“カティリナの陰謀”と呼ばれ……だがルキウス・セルギウス・カティリナの人となりはよく知られていない。彼について書かれた文献は結局、すべて敵側の視点で書かれているからだ。“カティリナの陰謀”の人物を、現代のニューヨークに配置した……つまり、いろんな意味で、これは実のところメタフォーについての話だ。ニューヨークを歩いて周りを見渡せば、そこにはローマが見えるはずだから」

カティリナの陰謀
古代ローマの歴史より:カティリナの陰謀(ルキウス・セルギウス・カティリナと元老院議員) -ullstein bild / ullstein bild via Getty Images

 『メガロポリス』のニューヨークは未来の設定だが、崩壊し、経済的に疲弊した1970年代当時の都市を思わせる。

 「『メガロポリス』の脚本を読んで覚えているのは、ニューヨークの市政、建築、人種、過去と未来のせめぎ合いといった大きな問題、そして、形而上学がどうやってそれらすべてを結び付けるかだわね」と、コッポラと仕事をしたプロデューサーのリンダ・ライスマンは、バラエティ誌に語った。

 「私たちが迎える未来の世界は、現在にかかっている……。これは一種の“来たるべき世界”のもので、アーティスト、ビジネスマン、プロレタリアートのキャラクターが全員、未来で関わり合うんだ」

 2000年代半ば、コッポラ監督はこう説明した。短的にいって、そういうことだ。

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金銭的な価値とか観客受けとか、そんな視野の狭い意見に用はない

コッポラ監督
野心的な脚本を書こうとしていたというコッポラ監督 - Laurent MAOUS / Gamma-Rapho via Getty Images

 おびただしい登場人物が住む『メガロポリス』には、無数のサブプロットがあり、大半はカティリナの自堕落なライフスタイル(初期の草稿には、ブリトニー・スピアーズっぽいポップスターとのセックステープが出てくる)が引き金になる。脚本を読むうちクラクラしてきて、映画化されたとして、それが天才的な作品になるのか、スタジオにダメージを与えるようなまがいものになるのか、判断つかなくなる。もちろん、『地獄の黙示録』の脚本にも同じことが言えるだろう。だが、結果はご存じのとおりだ。

 「フィードバックをもらうことさえ難しかった。返事が来ても、プロジェクトの金銭的な価値とか、観客受けとかばかりだ。そんな狭い視野のフィードバックなんて用はない。私は“もっと”野心的な脚本を書こうとしていたんだから」と、コッポラは Ain't It Cool News(aintitcool.com)に語っている。

9.11の悲劇はプロジェクトの状況をも一変させた

9.11
9.11によって、ニューヨークを理想の形に作り変えるという映画はより一層作りにくくなったという - Universal History Archive / UIG via Getty Images

 ラッセル・クロウニコラス・ケイジロバート・デ・ニーロポール・ニューマンケヴィン・スペイシーイーディ・ファルコユマ・サーマンらの出演が噂されたが、契約を結んだ俳優はいない。だが、コッポラがニューヨークで30時間のテスト映像を撮影したと伝えられ、2001年にはプロジェクトに進展が見られた。ユナイテッド・アーティスツが配給を引き受けるだろうと推測された。そして、悲劇が襲う。9月11日の世界貿易センタービルへのテロ攻撃は、ニューヨークを理想の形に作り変えるという映画を、突如受け入れがたくした。当時の状況をコッポラが振り返る。

 「本当に難しくなった……。ニューヨークについて描きたければ、あの事件とその影響を避けては通れなくなった。世界は攻撃を受け、それについてどう対処したらいいのかわからなかった。やってはみたがね」

コッポラ
『メガロポリス』がもし実現していたら…… - Mike Albans / NY Daily News Archive via Getty Images

 いつの日か青信号が出る望みをコッポラは持ち続けた。確信が揺らぐことはなかった。フェデリコ・フェリーニはいつも高価なアート作品を撮っていたが、誰も反対しなかったではないか。だが、財政面も製作方針も保守的な現在のハリウッドにおいて、コッポラに1億ドルを提供し、建築家にまつわるとてつもなく野心的な映画を作らせるだけ懐の深いスタジオは、見つかりそうになかった。唯一の望みだったユナイテッド・アーティスツは、2005年にソニー・ピクチャーズに買収される。

 もし、コッポラが夢を実現する機会を与えられていたら……? 『メガロポリス』は、今もなお、“もし実現していたら”と想像を掻き立ててやまない1本だ。

Original Text by ロビン・アスキュー/翻訳協力:有澤真庭 構成:今祥枝

「The Greatest Movies You'll Never See: Unseen Masterpieces by the World's Greatest Directors」より

次回更新は3月20日:「性感染でしっぽがはえる?R指定の壁と奇妙すぎるエフェクトが二の足」デヴィッド・フィンチャーの『ブラック・ホール』

連載第15回(最終回)ティム・バートンの『スーパーマン・リヴス』

 また、本連載は2018年12月1日に書籍にて発売となった“誰も観ることが出来ない幻映画50本を収めた”「幻に終わった傑作映画たち」(竹書房)の一部を再構成したものです。(B5変形判・並製・264頁・オールカラー 定価:本体3,000円+税)

書籍「幻に終わった傑作映画たち 映画史を変えたかもしれない作品は、何故完成しなかったのか?」の概要は以下の通りです。

幻に終わった傑作映画たち
「幻に終わった傑作映画たち 映画史を変えたかもしれない作品は、何故完成しなかったのか?」竹書房刊

偉大なる監督たちの“作られなかった傑作映画”たち……なぜそれらはスクリーンに辿り着くことができかなかったのか——巨匠たちの胸に迫る逸話の数々を、脚本の抜粋、ストーリーボード、セットでのスチルや残されたフッテージたちを添えて描き出す。さらに各作品には、定評あるデザイナーたちによって本書のために作られたオリジナル・ポスターも掲載。収録図版数400点以上。

お買い求めの際には、お近くの書店またはAmazonなどネット通販などをご利用ください。

竹書房公式サイト

【本書に掲載されている幻映画の一覧】

チャールズ・チャップリン監督『セントヘレナからの帰還』

サルヴァドール・ダリ&マルクス兄弟『馬の背中に乗るキリンサラダ』

セルゲイ・M・エイゼンシュテイン監督『メキシコ万歳』

エドガー・ライス・バローズ原作『火星のプリンセス THE ANIMATION』

名作『カサブランカ』続編『ブラザヴィル』

カール・テオドア・ドライヤー監督『イエス』

H・Gウェルズ×レイ・ハリーハウゼン『宇宙戦争

アルフレッド・ヒッチコック監督×オードリー・ヘプバーン『判事に保釈なし』

ジョージ・キューカー監督×マリリン・モンロー『女房は生きていた』

ロベール・ブレッソン監督『創世記』

アンリ=ジョルジュ・クルーゾー監督『地獄』

フェデリコ・フェリーニ監督『G・マストルナの旅』

アルフレッド・ヒッチコック監督『カレイドスコープ』

スタンリー・キューブリック監督『ナポレオン』

オーソン・ウェルズ監督『ドン・キホーテ』

宮崎駿監督『長くつ下のピッピ』

ジェリー・ルイス監督・主演『道化師が泣いた日』

オーソン・ウェルズ監督×ジョン・ヒューストン主演『風の向こうへ』

マイケル・パウエル監督×シェークスピア原作『テンペスト

アレクサンドル・ホドロフスキー監督×フランク・ハーバート原作『デューン/砂の惑星

ショーン・コネリー主演、もうひとつの007『ウォーヘッド』

フィリップ・カウフマン監督、幻の映画版第1作『スタートレック プラネット・オブ・タイタンズ

セックス・ピストルズ主演×ラス・メイヤー監督『誰がバンビを殺したか?』

スティーヴン・スピルバーグ監督『ナイト・スカイズ』

ピーター・セラーズ主演『ピンク・パンサーの恋』

サム・ペキンパー監督『テキサス男』

ルイ・マル監督×ジョン・ベルーシ主演『マイアミの月』

リンゼイ・ナダーソン監督×チェーホフ原作『桜の園

オーソン・ウェルズ監督『ゆりかごは揺れる』

フランシス・フォード・コッポラ監督『メガロポリス』

D・M・トマス原作『ホワイト・ホテル』

セルジオ・レオーネ監督『レニングラードの900日』

デヴィッド・リンチ監督『ロニー・ロケット』

デヴィッド・リーン監督『ノストローモ』

テリー・ギリアム監督『不完全な探偵』

スタンリー・キューブリック『アーリアン・ペーパー』

アーノルド・シュワルツェネッガー主演×ポール・ヴァーホーヴェン監督『十字軍』

リドリー・スコット監督『ホット・ゾーン』

ケヴィン・スミス脚本『スーパーマン・リヴス』

ダーレン・アロノフスキー監督『バットマン:イヤー・ワン』

第二次世界大戦の悲劇『キャプテン・アンド・ザ・シャーク』

コーエン兄弟『白の海へ』

ニール・ブロムカンプ監督『HALO』

ウォン・カーウァイ監督×ニコール・キッドマン主演『上海から来た女』

マイケル・マン監督『炎の門』

リドリー・スコット×ラッセル・クロウ主演『グラディエーター2』

ジェームズ・エルロイ原作×ジョー・カーナハン監督×ジョージ・クルーニー主演『ホワイト・ジャズ』

デヴィッド・フィンチャー監督『ブラックホール』

スティーヴン・スピルバーグ監督×アーロン・ソーキン脚本『シカゴ・セブン裁判』

ジョニー・デップ主演・製作総指揮『シャンタラム』

デヴィッド・O・ラッセル監督『ネイルド』

ジェリー・ブラッカイマー製作『ジェミニマン』

チャーリー・カウフマン監督・脚本『フランク・オア・フランシス

トニー・スコット監督『ポツダム広場』

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