ラミ・マレックのアタリ役!「MR.ROBOT」はなぜウケた?
厳選!ハマる海外ドラマ
現地時間2月24日に開催された第91回アカデミー賞の受賞結果は、改めて映画とテレビの境界線が消えたことを実感させられるものとなった。俳優部門の受賞者4人全員が、現在継続中&新作のテレビシリーズの主演格を務めているのだから。もちろんオスカー受賞者がテレビシリーズへ、あるいはテレビの常連がオスカー俳優にという流れは、もはや珍しいことではない。それでもラミ・マレック、オリヴィア・コールマン、マハーシャラ・アリ、レジーナ・キングの全員がテレビシリーズと並行してオスカーに輝くとなれば、やはり時代は変わったのだなあと思わずにはいられない。まずは、『ボヘミアン・ラプソディ』でアカデミー賞初ノミネート、初受賞を果たしたラミの代表作「MR.ROBOT/ミスター・ロボット」を改めて紹介したい。
演じるのは、孤独な天才ハッカー
『ボヘミアン・ラプソディ』で主演男優賞を受賞したラミ・マレックといえば、「MR.ROBOT/ミスター・ロボット」(2015~)である。社会不安障害を患うエキセントリックなエリオット役抜きには彼のキャリアは語れない。ニューヨークに住むエリオットは、サイバーセキュリティ会社「オールセイフ」でセキュリティ・エンジニアとして働いている。凄腕のハッカーで孤独なエリオットは、終始モノローグで頭の中で想像上の友達と対話している。その心の声は視聴者に直接語りかけているような錯覚とある種の親密さを生み、なんとも不思議な味わい。たとえばカウンセラーと話すエリオットが「世の中がどれほどクソか」をブチまけているのかと思いきや、空想の友人=視聴者に向けて言っていたのか! と気づくシークエンスの面白さ。ぞっとするけど愉快だ。個人的には割とエリオットみたいなことを社会に対して感じていたりもするので、すんなり共感してしまう。そういう人は現代において少なくないのでは。
不安を抑えるためにモルヒネを中毒にならない量で摂取し、禁断症状を抑えるための薬も用意。他人の情報をハッキングしながら頭の中で社会と他者をディスりながら、エリオットは時折法の目をかいくぐる犯罪者に制裁を加える。だからといって正義のヒーローというわけじゃない。エリオットが最も嫌悪しているのは、一握りの社会の頂点に立つ特権階級の象徴である巨大企業Eコープ(エリオットは悪魔コープと呼ぶ)だ。手出しのできない資本主義社会、格差社会における巨悪の根源にして象徴。そこへ同社が保有する金融データを破壊し富を再分配するという、ハッカー集団「f・ソサエティ」が接触してくる。大規模なサイバーテロ計画に誘われ、初めて希望らしきものを見出すエリオットの姿は、まさに現代社会の病巣をダイレクトに映し出す鏡のようだ。
「やあ、君」と語りかけるマレックの表情
大きな目を見開いてまばたきをせず、無表情でじっと画面の向こうからこちらを見るエリオットの表情に宿るのは、狂気か、それとも彼こそが狂った世界で正しいことをなそうとする改革者なのか? 「俺はやばいのか?」と自問自答し、「やあ、君」と画面越しに語りかけてくるエリオットの秀逸なキャラクターには、不気味だが引き込まれずにはいられない。マレックは本作でエミー賞ドラマシリーズ部門の主演男優賞を受賞している。偏執的で繊細かつ破滅的でありながら、圧倒的に共感度の高いエリオット像はマレックでなければ不可能だっただろう。
ベストエピソードとして名高いシーズン3の第5話
現在シーズン3まで放送済みで、今年米で放送が予定されているシーズン4が最終シーズンとなるのでキャッチアップする時間はまだある。文句無しに大傑作であるシーズン1に比べると、シーズン2の序盤で私は脱落しかけたのだが、シーズン3はまたも傑作なので脱落組はぜひトライしてほしい。特にベストエピソードと名高いコマーシャル抜きの1話=ワンカットで撮った第5話「ランタイムエラー」には、ただただ圧倒されてしまう。パラノイアと閉所恐怖症的な圧迫感のある45分。耐え難い息苦しさが終始伴い、視聴者の頭の中はかき乱され、物語に仕掛けられた“時限爆弾”は、意外な形で再び世界を変えてしまう。本作は未来を予見するものと言われるが、同時にアメリカを大きく変えることとなった9.11=過去と今一度向き合わざるを得ない物語でもあるのだ。
移民の子という出自がもたらした影響
エジプトからの移民の両親のもとアメリカで育ったマレックは、同じくエジプト系アメリカ人の本作のクリエイターであるサム・エスメイルとの出会いによって、多大な影響を受けたようだ。エスメイルの創造の源は“疎外感”であり、マレックは強く共鳴した。なぜならハリウッドには中東系の名前を持つ役者は少なく、個性的な外見であるマレックにくるのはテロリストなどのステレオタイプのアラブ人の役ばかり。GQ誌のインタビューによると「24-TWENTY FOUR-」のシーズン8で演じたテロリスト役がそれまでの最大の役だったにもかかわらず、マレックはこの後、「アラブ系や中東系を否定的に描いた役を受けない」ことをエージェントと取り決めたという。これは、「ナイト・オブ・キリング 失われた記憶」のリズ・アーメッドが、パキンスタン系イギリス人として初のエミー賞を受賞した際に訴えていた問題にも通じるだろう。
アメリカという社会において、またハリウッドでも疎外感を強くしていたエスメイルとマレック。この2人のコラボレーションが「MR.ROBOT/ミスター・ロボット」を生み、傑作たらしめたと言える。もちろんマレック以外にも魅力的なキャラクターは多数登場するし、謎めいてトリッキーな物語を完全に理解することは極めて困難といわざるを得ない。それでも、ドラマは破壊から再構築(それが可能なのか、また善悪は別として)へと向かい、エリックの他者との関わり方もまた変化する。「クソみたいな社会」でエリオットが見出すものとは何なのか? どんな終わりを迎えるにせよ、本作が今の時代に観るべき1作であることは間違いない。
ここで観られる!
「MR.ROBOT/ミスター・ロボット」
シーズン3まで Amazon Prime Video で配信中
シーズン2までDVDレンタル&発売中
シーズン1:AXNジャパンで放送中
今祥枝(いま・さちえ)ライター/編集者。「小説すばる」で「ピークTV最前線」、「yom yom」で「海外エンタメ考 意識高いとかじゃなくて」、「日経エンタテインメント!」で「海外ドラマはやめられない!」を連載中。本サイトでは間違いなしの神配信映画、幻に終わった傑作映画たちを担当。Twitter @SachieIma