飛ばないスーパーマンはニコラス・ケイジ!商品化の前提が多すぎて頓挫
幻に終わった傑作映画たち
幻に終わった傑作映画たち 連載第15回(最終回)
ティム・バートンの『スーパーマン・リヴス』
多くの巨匠や名匠たちが映画化を試みながら、何らかの理由で実現しなかった幻の名画たち。その舞台裏を明かす連載「幻に終わった傑作映画たち」の最終回は、ティム・バートンの『スーパーマン・リヴス』。ケヴィン・スミスはキャラクターに心血を注いで脚本を書き上げた。だが、後から抜擢されたバートンの作家性、スーパーマンのレガシー、そして“企業が作る映画”としての側面といった多くの要素が、プロジェクトをより一層困難なものにした——。
SUPERMAN LIVES
監督:ティム・バートン
出演:ニコラス・ケイジ
想定公開年:1998年
製作費:1億9,000万ドル
製作国:アメリカ
ジャンル:スーパーヒーロー・ファンタジー
スタジオ:ワーナー・ブラザース
ワーナーはコミックファンのケヴィン・スミスに新鮮な視点を求めた
スーパーマンは、ワーナー・ブラザースの秘蔵っ子だ。DCコミックスのアイコンであるスーパーマンが初めてスクリーンに登場したのは、コロンビア映画が製作、カーク・アリンが主演した『スーパーマン(原題) / Superman』(1948・日本未公開)だった。すぐに『アトムマン vs. スーパーマン(原題) / Atom Man vs. Superman』(1950・日本未公開)が同じ主演で撮られ、またテレビシリーズで人気を博したジョージ・リーヴスによる映画版『スーパーマンと地底人間』(1951・日本未公開)も、間を空けずに公開されている。それから約30年後の1978年、満を持して放たれた大作映画が、リチャード・ドナー監督、クリストファー・リーヴ主演の『スーパーマン』(1978)だ。映画はスマッシュヒットとなり、2本の楽しい続編を生んだが、『スーパーマン4/最強の敵』(1987)で失速する。
その後、ティム・バートンによるゴシック風味のヒット作2本と、ジョエル・シューマカーの家族向け作品のおかげで、『バットマン』(1989)が新たなワーナー・ブラザース自慢の息子になった。だが、1995年になると、ワーナーはカル=エル(クラーク・ケント)の復活を望み、『バットマン』のプロデューサー、ジョン・ピーターズの手に委ねる。計算高いピーターズは、マーチャンダイジング(キャラクター商品化)を念頭に置いたアプローチをねらう。
1992年のコミック「スーパーマンの最期」を基に、テレビドラマ「21ジャンプストリート」のジョナサン・レムキンが脚本を書き、グレゴリー・ポイリアーがリライトした。ポイリアーが脚本を書いた映画『ワイルド・マリブ・ウイークエンド!(原題) / Wild Malibu Weekend!』(1985・日本未公開)の出来に今ひとつ確証が持てなかったワーナーは、 新しいスーパーマン映画『スーパーマン・リボーン(原題) / Superman Reborn』には新鮮な視点が必要だと考えた。そこで、コミックファンであり『クラークス』(1994)がサンダンス映画祭で注目されたケヴィン・スミスが起用されることとなる。
新しい衣装、飛行禁止、ゲイのロボット、クライマックスは巨大なクモ!
当時、注目を集めていたスミスは、リライトのために渡されたポイリアーの脚本を捨てると、ジョン・ピーターズやスタジオの重役と打ち合わせ、「彼らの望むものをすべて盛り込んだ」草稿を書き上げる。スミスによれば、ピーターズによって取り入れられたストーリーの要素は、新しい衣装、飛行禁止、ゲイのロボット・アシスタント、そしてスーパーマンが巨大なクモと戦うクライマックス(このアイデアは、のちのピーターズがプロデュースした1999年のウィル・スミス主演作『ワイルド・ワイルド・ウエスト』でリサイクルされることになる)だった。1997年3月、スミスは脚本を提出、『スーパーマン・リヴス』と題した。
スミスは、後にワーナー・ブラザースでの顔合わせを振り返ってこう語っている。「やつらは俺に、『ケヴィン……これは企業が作る映画なんだぞ』って言うんだ。『セリフの善し悪しは関係ない、どれだけおもちゃが売れるかだ』ってね。マジで魂を抜きにかかってたな」
スミスの脚本では、宿敵レックス・ルーサーがブレイニアックと呼ばれるエイリアンと組んで太陽を遮り、太陽光をエネルギー源にしているスーパーマンを無力化する。すると、ヒーローの父が息子を案じて送りこんだエラディケーターというマシーンが起動する。ブレイニアックはエラディケーターの生命エネルギーを吸収し、全能になろうとする。
ブレイニアックはドゥームズディ(コミック「スーパーマンの最期」からのいいとこ取り)という怪物を送りこみ、衰弱したスーパーマンの抹殺を図る。われらがヒーローは怪物と差し違え、月が地球を照らし、レックスが勝利する。だがエラディケーターがカル=エルを復活させ、彼のパワーをシミュレートするスーツ(ピーターズの要求通り、おもちゃを売るのに好都合な改造コスチューム)を着た生身のスーパーマンを伴って、メトロポリスに舞い戻る。
ブレイニアックが街を襲うが、エラディケーターが太陽を遮る衛星を破壊して、スーパーマンのパワーが戻る。最後の賭けとばかりブレイニアックはロイス・レインを人質に取って、スーパーマンをバイオメカニックのクモ(サナガリアン・スネア・ビーストと命名)と戦わせる。戦いながら太陽光線を巧みに浴びてエネルギーを回復したスーパーマンは、バイオメカニックのクモとブレイニアックを倒し、ロイスを救い、レックスを監獄送りにする……。スミスの脚本には、続編への布石も抜かりなく敷かれていた。
ケヴィン・スミスがキャラクターに注いだ情熱はまぎれもない本物
スミスの脚本は、マンガっぽくてジョークも満載、映画よりもコミック向けのスタイルだ(実際に、後のスミスはコミック・メディアに参入している)。時代の空気に合い、1990年代の流行語を取り入れ、生まれて間もないインターネットにも言及し、ロイス・レインは辛らつだ。スミスは、自分自身とプロデューサーたちの要望とのバランスを取ろうと精一杯努力をし、スタジオがゴリ押しする要素を極力避けようとした。ブレイニアックが北極でホッキョクグマと戦う意味不明なシークエンスは可能な限り短くし、一方飛行禁止のルールは、スーパーマンがソニックブームで移動するように変えて対応する。コミックスから逸脱することに消極的だったスミスは、コスチュームのデザイン変更を、単に「スーパーマン……90年代スタイル」と表した。より創造的な悪役(ヴィラン)を登場させるべく、定番のレックス・ルーサー(彼も登場する)やゾッド将軍ではなく、ブレイニアックを採用した。また、スーパーマンの共同原作者であるジョー・シャスターにちなんだキャラクターや、バットマンのカメオ出演など、オタクな遊びも散りばめた。
スミスがキャラクターに注いだ情熱は紛れもないもので、シリーズで初めてロイスとクラークはスーパーマンと彼の生い立ちの秘密を共有している。スミスの持ち味である子どもっぽいユーモアに反し、重みのある瞬間もある。太陽光が遮断され、暗闇の降りた世界はパワフルで美しい。同じぐらい効果的なのが、スーパーマンが血を流し、ドゥームズディに倒される場面だ。脚本中最も印象的な、悲しみに満ちた部分で、これまでのどんなスーパーマン映画よりも胸に迫る。スミス自身、どの作品よりも思い入れを込めて“スーパーマンの死”を描いたであろうことは間違いない。
金、クセのある監督とプロデューサー、商品化の前提…要素が多すぎる!
脚本の出来に感心したスタジオは、ティム・バートン監督を呼び入れる。“スーパーマン”とバートンは、妙な取り合わせだった。だが何はともあれプロジェクトは進行し、1998年夏の公開が予定された。次は役者だ。ジョン・ピーターズはショーン・ペンを推したが見送りになり、ニコラス・ケイジがスーパーマン役に抜擢される。ケイジとバートンは“ペイ・オア・プレイ契約”を結ぶ。つまり、映画が完成してもしなくても、2人は数百万ドルの報酬を手に入れる。噂にのぼった共演者には、レックス・ルーサー役のケヴィン・スペイシー(その後、2006年の『スーパーマン リターンズ』で実現)がいた。
プロダクション・デザイナーが雇われ、衣裳合わせが行われ、ペンシルベニアでの撮影予定が組まれた。だが、ここにきてバートンは1994年の映画『ウルフ』の脚本家、ウェズリー・ストリックに新たな脚本執筆を依頼する。
「きっとバートンがこう言ったのさ、『自分の脚本でやりたい』ってね。たぶん、手がハサミのスーパーマンなんだろう」と、スミスは当てこする。だが、このストリックの脚本もまた、ダン・ギルロイによってリライトされた。だが、あまりに多すぎる要素が、プロジェクトを別々の方向へ引っ張り合う。金、クセのある監督とプロデューサー、キャラクター商品化の前提、スーパーマンのレガシー……。
バートンが作家のエドワード・グロスに当時を振り返る。
「ワーナー・ブラザースはおよび腰だった。『バットマン』シリーズをダメにしたってさんざん叩かれたからね。企業というのは、決定のすべてが基本的に“恐れ”をベースにしている。彼らは、僕が『スーパーマン』を壊すんじゃないかと恐れたんだろうね」
製作費は高騰し、公開日が迫り、バートンが幻滅すると、ワーナーは比重を『ワイルド・ワイルド・ウエスト』に移した。こうして、『スーパーマン・リヴス』は空中分解する。さらなる脚本化の試行錯誤は何も実らず、ブレット・ラトナーとオリヴァー・ストーンの監督案も露と消える。そしてケイジが2000年に降板した。2002年、脚本家兼監督のJ・J・エイブラムスによって、新たに『スーパーマン・フライバイ(原題) / Superman: Flyby』の構想が立てられる。伝えられるところでは、黒いスーツのヒーローが、『マトリックス』(1999)スタイルの格闘シーンを繰り広げるオリジナルストーリーだという。だがこの企画は、予算が2億ドルを越えると試算され、飛び立つことはできなかった。
Original Text by ロビン・アスキュー/翻訳協力:有澤真庭 構成:今祥枝
「The Greatest Movies You'll Never See: Unseen Masterpieces by the World's Greatest Directors」より
※連載「幻に終わった傑作映画たち」は今回で最終回になります。ご愛読いただきありがとうございました。
また、本連載は2018年12月1日に書籍にて発売となった“誰も観ることが出来ない幻映画50本を収めた”「幻に終わった傑作映画たち」(竹書房)の一部を再構成したものです。(B5変形判・並製・264頁・オールカラー 定価:本体3,000円+税)
書籍「幻に終わった傑作映画たち 映画史を変えたかもしれない作品は、何故完成しなかったのか?」の概要は以下の通りです。
偉大なる監督たちの“作られなかった傑作映画”たち……なぜそれらはスクリーンに辿り着くことができかなかったのか——巨匠たちの胸に迫る逸話の数々を、脚本の抜粋、ストーリーボード、セットでのスチルや残されたフッテージたちを添えて描き出す。さらに各作品には、定評あるデザイナーたちによって本書のために作られたオリジナル・ポスターも掲載。収録図版数400点以上。
お買い求めの際には、お近くの書店またはAmazonなどネット通販などをご利用ください。
【本書に掲載されている幻映画の一覧】
チャールズ・チャップリン監督『セントヘレナからの帰還』
サルヴァドール・ダリ&マルクス兄弟『馬の背中に乗るキリンサラダ』
セルゲイ・M・エイゼンシュテイン監督『メキシコ万歳』
エドガー・ライス・バローズ原作『火星のプリンセス THE ANIMATION』
名作『カサブランカ』続編『ブラザヴィル』
カール・テオドア・ドライヤー監督『イエス』
H・Gウェルズ×レイ・ハリーハウゼン『宇宙戦争』
アルフレッド・ヒッチコック監督×オードリー・ヘプバーン『判事に保釈なし』
ジョージ・キューカー監督×マリリン・モンロー『女房は生きていた』
ロベール・ブレッソン監督『創世記』
アンリ=ジョルジュ・クルーゾー監督『地獄』
フェデリコ・フェリーニ監督『G・マストルナの旅』
アルフレッド・ヒッチコック監督『カレイドスコープ』
スタンリー・キューブリック監督『ナポレオン』
オーソン・ウェルズ監督『ドン・キホーテ』
宮崎駿監督『長くつ下のピッピ』
ジェリー・ルイス監督・主演『道化師が泣いた日』
オーソン・ウェルズ監督×ジョン・ヒューストン主演『風の向こうへ』
マイケル・パウエル監督×シェークスピア原作『テンペスト』
アレクサンドル・ホドロフスキー監督×フランク・ハーバート原作『デューン/砂の惑星』
ショーン・コネリー主演、もうひとつの007『ウォーヘッド』
フィリップ・カウフマン監督、幻の映画版第1作『スタートレック プラネット・オブ・タイタンズ
セックス・ピストルズ主演×ラス・メイヤー監督『誰がバンビを殺したか?』
スティーヴン・スピルバーグ監督『ナイト・スカイズ』
ピーター・セラーズ主演『ピンク・パンサーの恋』
サム・ペキンパー監督『テキサス男』
ルイ・マル監督×ジョン・ベルーシ主演『マイアミの月』
リンゼイ・ナダーソン監督×チェーホフ原作『桜の園』
オーソン・ウェルズ監督『ゆりかごは揺れる』
フランシス・フォード・コッポラ監督『メガロポリス』
D・M・トマス原作『ホワイト・ホテル』
セルジオ・レオーネ監督『レニングラードの900日』
デヴィッド・リンチ監督『ロニー・ロケット』
デヴィッド・リーン監督『ノストローモ』
テリー・ギリアム監督『不完全な探偵』
スタンリー・キューブリック『アーリアン・ペーパー』
アーノルド・シュワルツェネッガー主演×ポール・ヴァーホーヴェン監督『十字軍』
リドリー・スコット監督『ホット・ゾーン』
ケヴィン・スミス脚本『スーパーマン・リヴス』
ダーレン・アロノフスキー監督『バットマン:イヤー・ワン』
第二次世界大戦の悲劇『キャプテン・アンド・ザ・シャーク』
コーエン兄弟『白の海へ』
ニール・ブロムカンプ監督『HALO』
ウォン・カーウァイ監督×ニコール・キッドマン主演『上海から来た女』
マイケル・マン監督『炎の門』
リドリー・スコット×ラッセル・クロウ主演『グラディエーター2』
ジェームズ・エルロイ原作×ジョー・カーナハン監督×ジョージ・クルーニー主演『ホワイト・ジャズ』
デヴィッド・フィンチャー監督『ブラックホール』
スティーヴン・スピルバーグ監督×アーロン・ソーキン脚本『シカゴ・セブン裁判』
ジョニー・デップ主演・製作総指揮『シャンタラム』
デヴィッド・O・ラッセル監督『ネイルド』
ジェリー・ブラッカイマー製作『ジェミニマン』
チャーリー・カウフマン監督・脚本『フランク・オア・フランシス』
トニー・スコット監督『ポツダム広場』