パリのシネマ事情 ~文化、芸術、産業としての映画~
コラム
1895年12月28日、パリのグラン・カフェの地下室で世界初の映画がリュミエール兄弟によって封切られました。以来フランス映画は、トリック撮影、アニメーション、喜劇、犯罪映画など様々なジャンルを開拓し、世界トップレベルの作品、監督や技術者を生み出し続けています。今回は、フランス政府と映画界の関係やパリのシネマ事情についてレポートしたいと思います。(取材・文:此花さくや)
■フランス政府が映画にかけるお金は日本の40倍!?
年間約270本もの映画が生産されるフランス。インド、アメリカ、中国、日本に続き世界で5番目に生産数が高く(※1)、映画行政を管轄する国立映画センター(CNC)が支出する資金は年間約800億円です。一方、映画監督の深田晃司氏によると、日本の文化庁が映画のために支出する金額は多く見積もっても、年間約20億円なのだとか。1年に約580本を生産する日本よりも、フランスは40倍の金額を映画にかけているのです。(※2)
ほかにも、映画の入場チケットに税金をかけて、その税収を制作部門へ配分する保護政策もあるフランス。この背景には「映画会社がリスクの大きさを理由になかなか認めない企画の制作を支援する」や「公金を大作映画から集め、作家主義の作品や多様性を持つ作品へ補填する」といった意図があります。(※3)
■世界初の女性監督を生んだフランス
実は世界初の女性映画監督、アリス・ギイを生み出したのもフランスでした。現代でもセクハラで揺れるハリウッドよりも、はるかに多くの女性監督が活躍するフランスは、映画製作の重要なポジションに4人から8人の女性を起用するプロジェクトに助成金を与える政策も施行しています。(※4)
映画を国家の重要な文化、芸術、産業とみなすフランスのシネマ事情は、日本とどう違うのでしょうか。
■日本とフランスにおけるシネコンの違い
1960年代以降、娯楽の多様化やビデオレンタルの登場の影響で、不振が続いた日本の映画界を救ったのが、1990年代に台頭したシネマ・コンプレックス(シネコン)。複数のシアター、飲食店や娯楽施設を併設したシネコンは、現在国内総スクリーンの8割以上を占めています。(※5)
シネコンや邦画シェアの拡大のせいか、日本の映画館に足を運ぶのは10代の若年層が多く、なかでも10代の女性の映画鑑賞率が一番高いのだそう。その反面、50代以上の男性や20代以上の女性の鑑賞率は低下の一途をたどっています。(※6)
興行収入においてフランス国内5番目のシェアを占める、インターナショナルセールス・エージェンシー Playtimeの共同創設者、ニコラ・ブリゴー=ロベール氏に取材したところ、フランスでもシネコンは拡大しており、映画鑑賞率が高いのは日本と同じく10代だそう。
ただし日本と異なる点は、フランスでは20代、そして60代以上も頻繁に映画館へ足を運ぶこと。「10代や20代の若者は社交や娯楽目的のために映画館へ通いますが、フランスでは60代以上の世代も鑑賞率が高く、知的好奇心を満たしたり、文化的視点を発見したりするために映画館へ行くのでしょう」とロベール氏。
「パリのシネコンは、世界のなかでも多様性に富んでいます。フランス人は映画を娯楽としてだけではなく、芸術としても観ているからこそ、ハリウッド大作からアート系やドキュメンタリー、コロンビア映画からチェコ映画まで、多種多様の作品が上映されているのです」実際にパリのシネコンを訪れてみると、上映されている映画の豊富なジャンルに驚かされました。
■ポップコーンのない映画館が大人気!?
さらにロベールによると、パリでは今、ポップコーンやドリンクを販売しない映画館も大人気なのだとか! 飲食品は利益率が高いのに、あえてそれらを売らない映画館が注目されているとは興味深いところ。そんなユニークな映画館をご紹介しましょう。
映画監督と業界人が運営する<Luminor - Hotel de ville>
マレ地区にあるこの映画館は1912年の創業。第二次世界大戦中は閉鎖されていましたが、1960年代に再開され、個性的な映画を上映するとともに、ボウリング場、ギャラリーやバーを併設していました。1984年に映画館名は<LE LATINA>と変わり、パリのラテン映画(ラテンアメリカ、イタリア、スペイン)のメッカに。タンゴ教室も開催されていたのだとか。
その後もリブランディングを経て、2014年には『サンローラン』(2014)の監督であるベルトラン・ボネロ、プロデューサーや業界人たちが経営に携わり、シネマシーンとマレ地区を活性化するために現<Luminor - Hotel de ville>としてリオープン。12のシアターのほかに、試写会、イベント、映画祭、子供たちへの映画教育プログラムも開催しています。
100席ある座り心地のよい赤い座席が印象的であることに加え、同じ通りにはスタイリッシュなレストラン、カフェ、ブティック、ギャラリーや雑貨屋などが並んでいるので、映画鑑賞前後の散策やショッピングも楽しめます。
イザベル・ユペールが閉館を救った<Le Champo>
「ここに来たことがなければシネフィル(映画ファン)とは呼べない」と言われるほどカルト的人気を誇る映画館<Le Champo>は、1938年に開館。フランスの名作を中心に、外国映画の名画も日替わりや週替わりで上映しています。
1999年にはビルの持ち主が建物を売却しようと閉館されそうになるものの、映画監督のセドリック・クラピッシュや大女優イザベル・ユペールら業界人たちが閉館反対運動を開始。2000年代前半にはパリ市がこの運動を支援し、<Le Champo>を歴史的モニュメントと認めてリノベーションが施されました。
ジャック・タチ、黒澤明、デヴィッド・リンチ、ルイ・マル、アキ・カウリスマキ、アトム・エゴヤンなど、新旧織り交ぜた監督作品が鑑賞できるのが特徴。筆者が訪れたときは、『羅生門』(1950)、『用心棒』(1961)や『生きものの記録』(1955)など11本の黒澤作品が上映中でした。
なんとここには、ルネ・クレール、ジャン=リュック・ゴダールやフランソワ・トリュフォーなどが通いつめていたのだとか! また、地域社会や文化センターと連携して、様々なイベントや映画教育も行っています。
上映15分前には長蛇の列が並び、シアターも満席のこれら独立系映画館。一見したところ、観客層は60代以上が多く、なかには成人した親子や祖父母と孫で来ている家族連れもいました。映画誕生の地パリでは、このような個性的な映画館をとおしてシネフィルの心が世代から世代へと受け継がれているのかもしれません。
【取材協力】
ニコラ・ブリゴー=ロベール
パリに本社を置くインターナショナルセールス・エージェンシー Playtimeの共同創設者。アート系作品に注力する同社が手がけた映画は、公開中の『サンセット』(2019)、『BPM ビート・パー・ミニット』(2017)、『婚約者の友人』(2016)、アカデミー賞外国語映画賞受賞作『サウルの息子』(2015)、『ココ・アヴァン・シャネル』(2009)など。ジュリエット・ビノシュ主演『ノン・フィクション』(2018)は今年日本公開予定。
> Playtime 公式サイト
> Facebook: Playtime International @GroupPlaytime
> Twitter: PlaytimeIntl @PlaytimeIntl
【参考】
※1…Record Number of Films Produced - The UNESCO Institute for Statistics (UIS)
※2…多様な映画のために。映画行政に関するいくつかの問い掛け - 独立映画鍋
※3…フランス映画の現実--意義の薄れる助成金制度 - ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2013年2月号
※4…France Offers Its Film Industry Incentives to Hire Women - The New York Times
※5…映画業界と映画館の最新動向を知る - nikkei4649.com
※6…第6回「映画館での映画鑑賞」に関する調査 - NTTコム リサーチ