女性監督や話題の新人にスポットを当てる!ストックホルム国際映画祭
ぐるっと!世界の映画祭
【第81回】(スウェーデン)
スウェーデンといえばイングマール・ベルイマンにはじまり、ラッセ・ハルストレム、ロイ・アンダーソン、リューベン・オストルンドなど独特の感性を持った監督を輩出しています。その首都で行われるスカンジナビア最大級のストックホルム国際映画祭は、新鋭監督の発見・育成に定評があります。現地時間の2018年11月7日~18日に行われた第29回に参加した映画『僕はイエス様が嫌い』の奥山大史監督がリポートします。(取材・文:中山治美、写真:奥山大史、ストックホルム国際映画祭)
新人監督の80%が女性監督!世界の流れを象徴
本映画祭は1990年にスタート。コンペティション部門の対象は長編監督作3本目まで。さらに自国の新人俳優をフィーチャーしたストックホルム・ライジングスター賞を設けるなど、新たな才能の発掘に力を入れている。受賞者に贈られるトロフィーがユニークで、形はダーラナ地方の木彫りの民芸品ダーラヘストをイメージした馬型で、重さが7.3kgもあり世界の映画祭の中で最重量をうたっている。その重み共々、映画祭の思い出を記憶にとどめてほしいという思いなのだろう。
今年は60の国と地域から集められた159本が上映され、映画祭の発表によると、3分の1が新人で、さらにそのうち80%が女性監督だったという。昨今、特に女性映画監督の比率の少なさが映画界全体で取りざたされているが、そこは早くから男女平等に取り組み、社会福祉に敏感なスウェーデンらしいところだ。
「映画祭ディレクターのジト・シェイニウスさんをはじめ、(主催団体の一つ)スウェーデン・フィルム・インスティチュートのCEOもストックホルム市長(カリン・ワンゴール)など映画祭のトップは全員女性でした。一方で、スウェーデンではセクハラの告発件数が非常に多いそうで、地元の男性いわく、発言に神経質になっているそうです。映画祭においてもそこを気にし過ぎるのもどうかな? と、少し考えてしまいました」(奥山監督)
ほか、本映画祭ではドキュメンタリー・コンペティション、前衛的な作品を集めたストックホルム・インパクト、短編コンペティション、自国の若手監督による短編コンペティションなどの部門を設けている。
「アジア圏から参加している監督は少なかったです」(奥山監督)
サンセバスチャン国際映画祭の反響大
奥山監督の長編デビュー作『僕はイエス様が嫌い』はコンペティション部門で上映された。同作は昨年9月に開催された第66回サンセバスチャン国際映画祭で世界初上映され、最優秀新人監督賞を受賞しているが、そのラインナップ発表があった時点で、本映画祭から奥山監督の元へ連絡があったという。
「発表と同時に世界中の映画会社から『海外セールス会社は決まっていますか?』とか、『作品を見せてほしい』という問い合わせが、メールがパンクするんじゃないかと思うくらい僕の元に届きました。当時は海外セールス担当が決まっておらず、作品の連絡先として僕のメールアドレスを申請書に記載していました。まさか映画祭の公式サイトでアドレスが公表されるとは思っていなかったので、それにまず驚いたのですが(苦笑)。ストックホルム国際映画祭も真っ先に連絡をくれたところの一つで、まずは『上映したい』という内容でした。それがサンセバスチャン国際映画祭で最優秀新人監督賞を受賞したことで、『コンペティション部門で』に変わりました」(奥山監督)
世界の映画関係者がいかにサンセバスチャン国際映画祭の選定に信頼を置いているかがよくわかるエピソードだ。
「そもそもサンセバスチャン国際映画祭のプログラマーに観ていただいた時は未完成のバージョンでした。でも出品が決まったことで、そこからポストプロダクション(仕上げ作業)を頑張ろうと思い、IMAGICAで行いました。結果的にそれがその後の、各国際映画祭への出品だったり、受賞につながっていることを実感します」(奥山監督)
そうして他の主要国際映画祭の動向をチェックし、情報を集めてセレクションをした本映画祭コンペティション部門の歴代受賞者がスゴい。ラース・フォン・トリアー監督は『ヨーロッパ』(1991)で、クエンティン・タランティーノ監督は『レザボア・ドッグス』(1991)と『パルプ・フィクション』(1994)で2度。さらにギャスパー・ノエ、ラリー・クラーク、クリスティアン・ムンジウ、ヨルゴス・ランティモスetc……。
第29回のコンペティション作品22本も、2018年の話題の新人を集めたようなラインナップだ。レバノンのナディーン・ラバキー監督『存在のない子供たち』(7月公開)、ベルギーのルーカス・ドン監督『Girl/ガール』(7月5日公開)、ハンガリーのネメシュ・ラースロー監督『サンセット』(公開中)、ファッションブランド「ミュウミュウ」の短編プロジェクトを長編にしたクリスタル・モーゼル監督『スケート・キッチン』(5月10日公開)など日本公開が決まっている作品もあり、質はもちろん、興行としても成立していけると、すでにプロのお墨付きを得た作品もある。
「これまでサンセバスチャン国際映画祭、マカオ国際映画祭と参加してきたわけですが、一番充実した映画祭でした。毎晩、映画祭主催のディナーが用意されていて、同じコンペティション部門の監督たちと交流の場が用意されていました。『どういうところからインスピレーションを得て映画を作っているの?』とか、『どうやって資金を得たの?』とか。映画祭は本来、異文化に触れる良い機会ですので、そういう体験をすべきなのだと再認識しました」(奥山監督)
ちなみに、『オール・グッド(英題) / All Good』のエヴァ・トロビッシュ監督とは、続いて参加したマカオ国際映画祭でも同じコンペティション部門に選ばれ、再会した。
「女性の権利問題を描いた作品で、世界的な流れをうまく捉えた作品が映画祭に選ばれているのだなと感じました」(奥山監督)
最優秀撮影賞受賞!
コンペティション部門の受賞結果は以下の通り。
●最優秀作品賞
ジャスミン・モザファリ監督『ファイアークラッカーズ(原題) / Firecrackers』(カナダ)
●最優秀監督賞
エヴァ・トロビッシュ監督『オール・グッド(英題) / All Good』(ドイツ)
●最優秀新人監督賞
クリスタル・モーゼル監督『スケート・キッチン』(アメリカ)
●最優秀脚本賞
ナディーン・ラバキーほか『存在のない子供たち』(レバノン・フランス)
●最優秀男優賞
ヴィクトール・ポルスター『Girl/ガール』(ベルギー)
●最優秀女優賞
ミカエラ・クリムスキー『ファイアークラッカーズ(原題) / Firecrackers』
●最優秀撮影賞
奥山大史『僕はイエス様が嫌い』
当初、11月10日の上映でQ&Aを行い、11月17日の第19回東京フィルメックス内で行われる『僕はイエス様が嫌い』のジャパンプレミアに間に合わせて帰国する予定だった。しかし映画祭側から「何か賞を獲る可能性が高い」との情報が入り、3日間滞在を延長して授賞式まで残った。東京フィルメックスは、サンセバスチャン国際映画祭参加が決まった際に、唯一、問い合わせをくれた日本の映画祭関係者であり、特別招待作品として晴れの場を用意してくれただけに迷ったという。しかしジャパンプレミアには出演者が登壇してくれることもあり、ストックホルムに残る決断をしたという。
「ただ映画祭の公式行事はないので、何もすることがなく、どう過ごそうかと(苦笑)」(奥山監督)
奥山監督を救ってくれたのが、映画祭スタッフの計らいでやってきたCMの撮影監督であり、日本語も堪能なテーターさん。奥山監督の通訳だけでなく、スウェーデン料理にも飽きただろうからと自宅に招き、キムチ鍋までも振る舞ってくれたという。
そのお礼に奥山監督は、テーターさんのお手伝いをし、思わぬ形でスウェーデンの撮影現場を体験することになったという。
「撮影機材を借りに行く時に同行し、機材庫も見学しました。日本の場合、申請書類を提出したら機材が受け渡されるという流れ。機材庫の中に入って実際に選べるというシステムはうらやましく思いました」(奥山監督)
ロイ・アンダーソン監督と面会
滞在中は、在スウェーデン日本国大使館の招待を受けたという。その際、滞在中に何か要望は? と尋ねられ、『さよなら、人類』(2014)が第71回ベネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞した同国を代表する監督、ロイ・アンダーソンに会いたい旨を伝えると、早速、連絡を取ってくれて、「スタジオ24」を訪問することになったという。
「僕自身、非常に影響を受けた監督でしたが、まさか本当にお会いできるとは思いませんでした」(奥山監督)
ストックホルム市内にあるアンダーソン監督のスタジオを訪れると、ちょうど新作映画の編集作業中。多忙な最中だったはずだが、アンダーソン監督は奥山監督を歓迎し、スタジオ内の案内から、どういうスタイルで映画を制作しているのかを、まるで映画学校の先生が生徒に指導するかのように説明してくれたという。
「偉大な監督は、若い人が来た時に、自分の知識を伝えることを惜しまないのだなと思いました」(奥山監督)
そして訪問した様子の動画は、アンダーソン監督のオフィシャルFacebookに掲載されている。奥山監督にとっては、最優秀撮影賞受賞の何よりのご褒美になったようだ。
映画祭の旅は続く……
本映画祭の後も『僕はイエス様が嫌い』は、マカオ国際映画祭(スペシャル・メンション)、アイルランドのダブリン国際映画祭(最優秀撮影賞)、香港国際映画祭、スペイン・グラナダで開催される国際ヤングフィルムメイカーズ映画祭、オーストラリア・シドニー映画祭(6月5日~16日)など、立派に一人歩きをしている。
すでに国際映画祭で高い評価を得ているという前評判の高さはもちろん、日本映画では非常に珍しい、世界最大の信者数を有するキリスト教をテーマにしていることもあり、関心が高いようだ。フランス・スペイン・香港・韓国での公開も決まっている。
「サンセバスチャン国際映画祭への参加が決まって、海外セールスを日活にお任せしているのでもう自分のところに海外から連絡が来ることはなくなりましたが(苦笑)、実際にやり取りした映画祭や配給会社の方々は、たとえ、今回は扱わないとなっても、必ず作品の感想を付け加えてくれた。純粋に商売としては厳しいけれど、僕のことや作品の可能性は信じてくれているのだなとうれしく思いました」(奥山監督)
奥山監督は、広告会社に勤務しながら可能な限り国際映画祭に参加しており、映画祭とはどういう場所で、どのような姿勢で映画祭に臨むべきなのかが見えてきたようだ。
「ただ楽しいだけで参加するのではなく、自分が主体となって行動を起こさないと次へつながらない。そのためには英語をもっと頑張らないとと痛感しています。ストックホルムもそうでしたが、いつも英語がわからず、アワアワしている(苦笑)。現地のスタッフはそんな僕を見て楽しんでくれているようですが」(奥山監督)
そんな奥山監督がどこでも実行しているのが、せめてあいさつだけは現地の言葉を使うことだという。
「ストックホルム国際映画祭の授賞式で、Tack sa mycket(タック・ソ・ミュッケッ。スウェーデン語でありがとう)と、感謝を伝えたら、めちゃくちゃ盛り上がってくれました」(奥山監督)
奥山監督は今年23歳になったばかり。映画監督としてだけではなく、人として、社会人としての得難い経験を今、体感しているようだ。