『居眠り磐音』松坂桃李 単独インタビュー
40代の仕事につながるように
取材・文:長野辰次 写真:上野裕二
俳優・松坂桃李の進化が止まらない。2018年公開の『娼年』で男娼、『孤狼の血』で新米刑事を熱演し、日本アカデミー賞最優秀助演男優賞ほか、多くの映画賞に輝いた。デビューから10年、30代を迎えて初めての公開作となる『居眠り磐音』は、これまで多彩な役に挑戦してきたことで培われた演技力を大いに発揮した集大成的作品となっている。初主演となる時代劇への思いから、ファンを驚かせる作品の選び方までを語った。
『侍戦隊シンケンジャー』から10年で侍役!
Q:大河ドラマ「軍師官兵衛」(2014)や映画『真田十勇士』(2016)などに出演してきましたが、本格的時代劇に主演するのは初。オファーされたときの気持ちは?
純粋にうれしかったですね。「軍師官兵衛」で黒田官兵衛を演じられた岡田准一さんのどっしりした背中を見て、いつか自分もしっかりと時代劇に取り組みたいと思っていましたから。しかも、「侍戦隊シンケンジャー」(2009・テレビ朝日系)で俳優デビューした僕にとって、『居眠り磐音』はちょうど10年、30歳という節目の年齢で公開される作品。10年かけてぐるっと大きく一周して、また“侍”役に戻ってきたなという縁みたいなものも感じています(笑)。
Q:松坂さん演じる坂崎磐音は直心影流(じきしんかげりゅう)の剣術を佐々木道場で学んだ剣客。迫力ある殺陣を披露していますが、かなり稽古を積んだようですね。
ありがとうございます。撮影は2018年の3月から4月だったんですが、撮影の1か月前から京都で集中して殺陣や時代劇の所作の稽古に取り組みました。楽しかったです。磐音は「まるで眠っているかのような構え」を見せるんですが、脚本を読みながら「どんな構えになるんだろう」と興味が湧きました。殺陣の指導は、「シンケンジャー」『真田十勇士』でもお世話になったアクションコーディネイターの諸鍛冶裕太さん。旧知の仲だったので、いろいろと話し合いながら磐音の殺陣を作っていくことができました。
Q:原作小説でも磐音の構えは「縁側で日向ぼっこをして居眠りをしている年寄りの猫のよう」と描写されていますが、どのようにアプローチを?
そうなんですよね(笑)。隙だらけのようだけど、でもどこが隙なのか分からないのが磐音の構えなんです。例えるなら、「一枚の葉にとらわれては木は見えん。一本の樹にとらわれては森は見えん。どこにも心を留めず、見るともなく全体を見る」。そんなこともイメージしてみました。これ、僕が大好きな井上雄彦先生の漫画「バガボンド」にあるセリフなんです(笑)。そんなふうに感じてもらえればいいなぁ、なんてことも考えましたね。
磐音に学んだ殺陣の別の役割
Q:序盤の大きな見せ場となるのは、親友・琴平(柄本佑)との対決シーン。物語を左右する重要なシーンですね。
本当にそうでした。磐音のその後を大きく左右する大切なシーンです。柄本佑さんは普段はひょうひょうとされていますが、一度スイッチが入るとガラッと変わる。僕が尊敬する俳優の一人です。そんな柄本さん演じる琴平と斬り合うことになる。そして、磐音はそのことをずっと背負い続けるわけです。あのシーンは3日間かけて、じっくりと撮りました。重要な殺陣シーンを、時間を使って丁寧に撮らせてもらえたのは、とてもありがたかったです。
Q:肉体だけでなく、心の痛みも伝わってくる殺陣でした。
そう言っていただけるとうれしいです。琴平との対決シーンもそうですが、どの立ち回りも一種の会話として剣を交えているということに、磐音を演じながら気づきました。対する相手によって、また向き合う場によって会話の種類も変わってくる。怒りだったり、憎しみだったり、または哀しみだったり……。そんな思いが剣のひと振りに込められている。そこが時代劇の面白さなんだと感じました。言葉は発しないものの、お互いが何を思っているのかがしっかりと伝わってくるんです。
Q:『娼年』では、体の触れ合いを心のコミュニケーションとして演じていましたよね。
はい。意思を伝える手段は、必ずしも言葉だけではないんですよね。いろんな表現の仕方があるんだなということを、今回改めて知ることができたと思います。
Q:フィクションの世界ですが、人を斬るという行為はどんな心境でしょう?
う~ん……あの時代には問題を解決する最後の手段として、斬るという選択肢があったわけですよね。そこは今の時代にはない感覚だと思います。でも、そのことによって磐音たちの言葉の一つ一つの重みも増したものになっていく。剣を手にしていることで、相手への思いがより強くなり、一生の別れになることを覚悟しながら人と向き合っていたんじゃないでしょうか。以前、『劇場版 MOZU』(2015)で殺し屋を演じたことがありますが、心の中から湧き上がってくるものが、そのときと今回とではまったく違いました。
1つの仕事で3つ新しい仕事を取る!
Q:磐音はエリート藩士から浪人となり、人生が一変します。松坂さんもデビュー当初はさわやかなイケメン俳優でしたが、ここ数年で演技派へとシフトチェンジしました。何かきっかけがあったんでしょうか?
30代を迎える前に、いろんな役をやっておきたいと考えたんです。20代後半から、徐々にこれまでとは違ったものに挑戦しようと意識してはいたんですが、いちばん分かりやすい転機になったのは、2016年の舞台「娼年」だと思います。あの舞台に挑戦したことで、三浦大輔さんが舞台に続いてメガホンを取った映画版にも主演することができましたし、その後、白石和彌監督の『彼女がその名を知らない鳥たち』(2017)から『孤狼の血』(2018)へと続けて出ることもできました。いろんな仕事につながっていったことが大きかったです。
Q:『孤狼の血』で広島弁をマスターし、その直後には広島を舞台にしたTBSドラマ「この世界の片隅に」にも出演されました。
広島弁を覚えたばかりだったのでラッキーでした(笑)。次の仕事にもつながるといいなという気持ちで、いつも仕事に向き合うよう努めています。事務所の方針として「1つの仕事で、3つ取ってこい」というのがあるんです。きちんと結果を出して、次のチャンスをつかむくらいの意気込みでやりなさいということだと思っています。
今後のビジョン
Q:マネージャーさんや事務所とは今後のビジョンについて、きちんと話し合っているんですね。
定期的に話し合っています。これから40代になってからの仕事につながるように取り組んでいこうと。そのためにはバランスよく、いろんな作品に挑戦できればと思っています。
Q:4月クールの主演ドラマ「パーフェクトワールド」(カンテレ・フジテレビ系)では、車椅子での演技に挑んでいます。
僕が演じている鮎川樹は車椅子バスケットボールに生き甲斐を見いだすようになるんですが、僕自身も学生時代はバスケットをやっていましたし、井上雄彦さんの漫画「リアル」も愛読していたので、すっかり車椅子バスケにハマりました。プロの方々には、車椅子でよくあれだけ速く動けるなぁ、しなやかなアーチを描くゴールを決められるなぁと圧倒されます。
Q:根っから、挑戦することが好きなんですね。
いえ、普段はだらだらしています(笑)。でも、仕事となると「やらなくちゃ」という気になるんです。いい形で40代を迎えるためにも、生半可な気持ちで仕事に取り組んでいてはダメだなと、自分自身に言い聞かせています。
体当たりの演技で話題を呼んだ舞台・映画『娼年』など、臆さぬ作品選びも血肉となり、『孤狼の血』ではキネマ旬報ベスト・テン、日本アカデミー賞など映画賞の助演男優賞を総なめに。近年、松坂桃李のたゆまぬ努力が着実に実を結びつつある。満を持しての時代劇初主演となった『居眠り磐音』は、緊迫感に満ちた殺陣シーン、哀愁漂う美しいたたずまい、静と動の魅力を存分に堪能できる一作となっている。
(C) 2019映画「居眠り磐音」製作委員会
映画『居眠り磐音』は5月17日より全国公開