間違いなしの神配信映画『イカロス』Netflix
神配信映画
ドキュメンタリー編 連載第1回(全7回)
ここ最近ネット配信映画に名作が増えてきた。NetflixやAmazonなどのオリジナルを含め、劇場未公開映画でネット視聴できるハズレなしの鉄板映画を紹介する。今回はドキュメンタリー編として、全7作品、毎日1作品のレビューをお送りする。
スポーツ競技におけるドーピングを監督自ら探る
『イカロス』Netflix
上映時間:121分
監督:ブライアン・フォーゲル
キャスト:ブライアン・フォーゲル、グリゴリー・ロドチェンコフ
第91回アカデミー賞で『ROMA/ローマ』が監督賞など3部門を受賞し、ついに劇映画の部門にも進出したNetflix。彼らがオスカーで最初に切り開いたのがドキュメンタリー部門だ。『イカロス』は第90回アカデミー賞で配信先行の作品として初めて長編ドキュメンタリー賞を受賞している。
スポーツ競技におけるドーピングについて、アマチュア自転車レーサーでもあるブライアン・フォーゲル監督が自身を実験台にカメラを回し始めた本作のタイトルは、自転車競技の元スター選手、ランス・アームストロングのドーピング発覚による失墜を念頭につけたという。以前からドーピング検査体制が機能していないと感じていたフォーゲルは、自ら薬物を摂取しながら検査をパスしてレースに出場できるかを記録しようと考えた。そして協力者として、ロシアの反ドーピング機関(RUSADA)のグリゴリー・ロドチェンコフ所長を紹介される。2014年のことだ。
アメリカ在住経験のあるロドチェンコフは英語も堪能で、冗談好きの陽気な中年男。フォーゲルとすぐに意気投合し、ビデオ通話でのやりとりも緊張感はまるでない。ペットの去勢の話をしながら、「ところでテストステロンは……」と本題に入るさりげなさに、頭の切れの良さが表れる。だが、いたずらを仕掛けている少年同士のような関係は出会って数か月後、ドイツ公共放送のドキュメンタリー番組「ドーピング~ロシア陸上チーム・暴かれた実態~」が放送されたことで思わぬ方向へと転がり始める。番組でロドチェンコフはロシアのドーピング問題の中心人物だと告発され、世界ドーピング防止機構(WADA)の調査でもそれは裏付けられた。辞任に追い込まれ、ロシア政府の監視対象となったロドチェンコフ妻子を残して渡米し、フォーゲルにかくまわれる。ここからの展開は並みの劇映画よりもサスペンスフルだ。
ロドチェンコフの座右の書はジョージ・オーウェルの「1984年」だ。1989年、30歳の時に初めて読んだ同書を「人生の地図」だという彼が口にする言葉の多くに「1984年」の影響がある。『イカロス』の後半は、「1984年」の主人公が受けた復帰過程の3段階「学習、理解、受容」を掲げて進む。アスリートから科学者になり、ドーピングに取り組んだ男が陽気さの裏に隠した壮絶な半生が見えてくる。
スポーツ発展のための国家ぐるみの計画に翻弄され続けた彼は、ロシアが国をあげてドーピングを行っていたこと、その手口の詳細をカメラの前で語る。自らの行動を「二重思考」にあてはめて解説し、「自由は屈従である」にかけて「屈従がわたしの自由だった(Slavery was my freedom)」と振り返るロドチェンコフは「1984年」の主人公に自身を重ねている。彼はその後、アメリカ政府によって証人保護プログラム下に置かれ、現在も保護拘置状態。どこでどうしているのかは、フォーゲルもロドチェンコフの家族にも知らされていない。(文・冨永由紀)