『リング』全シリーズと貞子の呪いを総ざらい
1991年、1冊のホラー小説が発行されました。それが鈴木光司の「リング」です。現在では6冊に及ぶ大河シリーズとなっています。その中心にいるのが、全ての呪いの元凶となる女性・山村貞子。ハリウッドリメイクなどもされ国際的な存在となった貞子は、ニューズウィークが選ぶ「世界が尊敬する日本人100人」 にイチロー、大坂なおみ、羽生結弦、YOSHIKIなどともに選ばれました。そんな彼女の名前をタイトルにした映画シリーズ最新作が『貞子』です。(村松健太郎)
最新作にして原点回帰の映画『貞子』
シリーズ最新作『貞子』の最大のトピックは、1998年に『リング』のメガホンを取った中田秀夫監督がシリーズに還ってきたことでしょう。中田監督にとってはハリウッドリメイクの第2弾『ザ・リング2』以来14年ぶりの復帰となりました。本作では動画投稿サイトという新しいメディアを絡めさせながら、その一方で久しぶり貞子の出生と呪いの力の根源に迫る物語になっています。また『リング』『リング2』に出演した佐藤仁美が同じ倉橋雅美役として出演していて、呪いを口伝えする役を担っています。
豪華な名前が連なるヒロイン、最新作は池田エライザ!
そんな最新作『貞子』のヒロインに抜てきされたのは、話題作への出演が続く池田エライザです。シリーズのヒロインは常に重要なポジションとなり豪華な名前がシリーズを彩りました。『リング』のヒロインは本作が映画初主演だった松嶋菜々子でした。また冒頭で呪いによって死ぬ女子高生に竹内結子がふんしていたのは、有名なトリビアになっています。
『らせん』には中谷美紀、『リング2』には深田恭子が出演。以降、『リング0 バースデイ』の仲間由紀恵、『貞子3D』『貞子3D2』では石原さとみと瀧本美織、『貞子VS伽椰子』では山本美月と玉城ティナがヒロインを務め、貞子の呪いの恐怖に悲鳴を上げ続けてきました。ハリウッドリメイク版『ザ・リング』『ザ・リング2』ではナオミ・ワッツがヒロインを務めたほか、韓国リメイク版『リング・ウィルス』では今や国際的に活躍するペ・ドゥナが、貞子に当たるパク・ウンソを演じてスクリーンデビューを飾っています。
全ての始まりは映画『リング』
1998年に公開された『リング』は原作ベースの続編『らせん』と2本立てで公開されました。中短編を合わせての2本立ての公開はありますが、長編作品の2本立て公開はちょっと珍しいですね。この形態がウケたこともあって、この後しばらくホラー映画の2本立てが続くことになります。
映画化において最大の変更点は、主人公が男性から女性に変わったところでしょう。原作では浅川和行という記者でしたが、映画では浅川玲子という名前のテレビディレクターになっています。また浅川と謎を追う大学講師の高山との関係も浅川の元同級生から、元夫という立場に変わっています。そして、クライマックスシーンの(今では多種多様なパロディーネタにすらなっている)“テレビから這い出てくる貞子”。この容赦のない恐怖描写を創り上げたことで、このシリーズの成功が約束された瞬間といっていいでしょう。
実はモデルになった事柄があった!?
貞子にはモデルはいませんが、その母親の山村志津子と父親の伊熊平八郎にはモデルがいます。山村志津子のモデルは、明治の終わりに“千里眼”の持ち主としメディアに取り上げられた御船千鶴子と長尾郁子。そして伊熊平八郎のモデルは、彼女たちを研究対象とした福来友吉博士と今村新吉博士です。『リング』では戦後すぐの事件として、時代設定などが違っていますが、記録として残る千鶴子・郁子の公開実験の様子などはそのまま志津子の能力実験の描写に転用されています。
2つの続編『らせん』と『リング2』『リング0 バースデイ』
この『リング』と同時公開という形になった続編『らせん』は飯田譲治監督によって映画化されたもので、原作通り、高山の友人の外科医の安藤が主人公で、佐藤浩市が演じました。また『リング』にも登場した高山の恋人・高野舞を中谷美紀が引き続き演じています。
1999年の『リング2』は『らせん』とパラレルワールドの続編という形で作られたオリジナルの続編です。もともとはシナリオを一般公募して製作する予定でしたが、合格点に達するものがなく『リング』と同じ高橋洋によるオリジナル脚本が書き下ろされました。主人公は中谷美紀演じる高野舞。恋人・高山の死の真相を追う中で“呪いのビデオ”と“山村貞子”に関わっていきます。2本立て公開は継続で栗山千明主演の『死国』と同時上映となりました。
2001年の『リング0 バースデイ』は物語の時間軸を巻き戻して貞子の若き日を描いています。ここで貞子を演じたのが映画初主演の仲間由紀恵です。元々原作では「ループ」という3作目がありましたが、壮大なSF世界が展開することから映画化を断念。短編集「バースデイ」の一編「レモンハート」をベースに“怪物貞子の誕生”の物語を描きました。
“呪い”が海外進出した『リング・ウィルス』『ザ・リング』『ザ・リング2』『ザ・リング/リバース』
『リング』の完成度の高さと新しい恐怖の描写は世界的にも高く評価され、海外でリメイクされていきます。まず、韓国で1999年に『リング・ウィルス』が制作されます。これは当時の韓国において日本映画をストレートに公開できないというお国事情のために作られたもので、日韓合作映画です。基本的には『リング』に準じた映画で主人公も女性になっています。映画で貞子を演じたのが今や韓国だけでなく国際的に活躍する個性派女優のペ・ドゥナ。日本でも山下敦弘監督の『リンダ リンダ リンダ』、是枝裕和監督の『空気人形』などに主演していて馴染み深い女優ですが、この『リング・ウィルス』がスクリーンデビューになります。日本では劇場未公開でしたが、第16回東京国際映画祭で上映されました。
日本のシリーズが『リング0 バースデイ』で一段落したタイミングでスタートしたのがハリウッドリメイク版です。2002年の『ザ・リング』と2005年の『ザ・リング2』はナオミ・ワッツ主演で立て続けに制作されて、どちらも大ヒットを記録しました。1作目は『リング』をかなり踏襲した物語になります。『ザ・リング2』はハリウッドオリジナル要素の強い続編で、『らせん』でも『リング2』でもない、全く新しい“続き”となっています。
ちなみに貞子に当たる少女の名前はサマラ。1作目の監督はゴア・ヴァービンスキー。この翌年に『パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち』を監督することになります。2作目はオリジナルの中田監督が抜てきされました。どちらも全米興行収入週間ランキングで1位を記録、中田監督は『THE JUON/呪怨』の清水崇監督とともに、全米ナンバー1を記録した日本人監督となりました。
この企画の成功で“Jホラー”は世界的なブランドとなり『呪怨』(→『THE JUON/呪怨』)、『仄暗い水の底から』(→『ダーク・ウォーター』)、『回路』(→『パルス』)、『着信アリ』(→『ワン・ミス・コール』)とハリウッドでのリメイクブームが起きました。
ハリウッド版第3弾『ザ・リング/リバース』は難産の企画となり、結果として12年ぶりの新作となりました。原作者の鈴木光司が“一番原作のテイストに近いハリウッドのリング”と高評価を与えました。
『ザ・リング2』でハリウッドデビューした中田監督はハリウッドの流儀にかなり苦労したらしく、ドキュメンタリー映画『ハリウッド監督学入門』でその顛末を語っています。
ホラーアイコン化が進んだ『貞子3D』『貞子3D2』『貞子VS伽椰子』
ハリウッドリメイクもひと段落、『リング』からも15年近くの年月が経過した中で発表されたのが、2012年の『貞子3D』と2013年の『貞子3D2』です。鈴木光司の書き下ろし「エス」を基にしたストーリーであるとともに、なんと『らせん』の正当な続編でもある作りになっています。
主役の高校教師の鮎川茜に石原さとみ、相手役の安藤孝則に瀬戸康史がふんしました。この安藤孝則ですが、『らせん』に登場した佐藤浩市演じる外科医安藤の息子です。また橋本愛が貞子を演じたことも話題になりました。続編の『貞子3D2』は主演が瀧本美織に変わりましたが、石原、瀬戸、橋本も続投しています。物語の中での面白い工夫が。現実の時間が15年近く経っていることをそのまま映画の世界にも投影して、“貞子の存在が都市伝説的な恐怖の存在”になっているところです。
今作で貞子は『13日の金曜日』のジェイソンや『エルム街の悪夢』のフレディなどと同じようなホラーアイコンとして扱われるようになりました。宣伝ではテレビから這い出る貞子の大型オブジェを乗せたトラックが都内を走ったり、ハローキティとコラボしたりとどこかコミカルな扱いを受けることもあり、プロ野球の公式戦で始球式を行うまでなりました。ちなみに『貞子VS伽椰子』の公開の時には二人そろって始球式を行っています。
2016年には『呪怨』シリーズの伽椰子と対決するドリーム企画『貞子VS伽椰子』が制作されました。『キングコング対ゴジラ』『フレディVSジェイソン』などの夢の対決企画の系譜に連なる今作は、諸々の設定からもシリーズから少し離れた作品ですが、呪いのビデオなどの定番アイテムは健在です。貞子の呪いにかかってしまった女子大生が伽椰子の呪いが住み着く家を訪れることで、“呪いの相殺”を狙うという何とも乱暴な話となっています。
映画『リング』の原点『女優霊』と『劇場霊』
『リング』を語る上で欠かせない作品が『リング』の2年前1996年の『女優霊』です。『リング』の中田監督と脚本の高橋が初めてコンビを組んだ長編映画で、映画の撮影現場で起こる恐怖現象を描いています。ストーリー的には『リング』と繋がりはありませんが、演出や“白いワンピースにストレートの黒髪の女性”という後の貞子に通じるビジュアルの存在など、『リング』に繋がるエッセンスを見つけることができます。
それから約20年後の2015年に公開されたのは『女優霊』の姉妹編ともいうべき『劇場霊』です。撮影現場の怪異を描いた『女優霊』に続いて、『劇場霊』でステージにまつわる怪異が描かれます。『女優霊』はハリウッドで『THE JOYUREI 女優霊』としてリメイクされています。
テレビにラジオに広がった『リング』の呪い
『リング』が初めて映像化されたのは映画公開より3年前の1995年。スペシャルドラマ「リング ~事故か! 変死か! 4つの命を奪う少女の怨念~」として放送されました。原作にかなり忠実な作りとなっていて、主人公も男性の新聞記者の浅川和行になっています。演じるのは高橋克典。そして高山竜司役には原田芳雄がキャスティングされていました。三浦綺音が演じた貞子の設定も原作に忠実で“半陰陽者の美しい少女”として描かれます。脚本は後に『らせん』を監督することになる飯田譲治が担当しています。完成度が高く、後に『リング 完全版』のタイトルでソフト化されています、
連続ドラマ「リング ~最終章~」「らせん」はブーム最高潮の1999年に連続して作られました。連続ドラマに合わせて、呪いの期間が7日間ではなく、13日間に変わっていて、更に映画『らせん』の要素も取り込んで作られました。主人公の浅川は柳葉敏郎、多くのアレンジをされた高山には長瀬智也がキャスティングされました。続くドラマ「らせん」は「リング ~最終章~」の続編ですが、「リング ~最終章~」の段階で『らせん』の要素をかなり使ってしまったために、ドラマとしてかなりアレンジされた「らせん」になっています。1999年7月クールのドラマということもあって“ノストラダムスの大予言”なども組み込まれています。主人公は安藤のままですが、職業は外科医から高校教師に変わっています。演じたのは岸谷五朗です。
これ以外にもラジオドラマ、ゲーム、コミック、パチンコ、CM、アトラクションなどなど様々な形で“貞子の呪いは”展開されています。
まとめ
小説の発売から28年、映画の誕生から21年。貞子を演じた女優は20人以上。多種多様な媒体に確実に呪いの手を広げ続ける貞子。そんな彼女の名前を冠して、映画の生みの親である中田秀夫監督がメガホンを取った映画『貞子』。シリーズ最新作でありながら、貞子の出自や出生地の伊豆大島が登場するなど原点回帰ともいえる部分もたっぷりある物語。鈴木光司のシリーズ最新作「タイド」を基にしながらも、映画ならではの恐怖に満ちた映画に仕上がっています。