『泣くな赤鬼』柳楽優弥 単独インタビュー
どう頑張ればいいのかわからなかった10代
取材・文:轟夕起夫 写真:上野裕二
ベストセラー作家・重松清の短編小説を映画化した『泣くな赤鬼』。かつて高校野球の強豪チームを率いて甲子園を目指し、陽に焼けた赤い顔とスパルタ指導から“赤鬼先生”と呼ばれた小渕隆(堤真一)と、かつての教え子・斎藤(愛称:ゴルゴ)。10年の月日を経て再会を果たした2人の交流が描かれる。『キセキ -あの日のソビト-』の兼重淳監督の下、大人になったゴルゴにふんした柳楽優弥が「過去と現在」について語った。
念願の堤真一との共演
Q:本作の監督、兼重淳さんとはかなり前からの知り合いだったそうですね。
ええ。でも実は今回の現場に入るまで、深く話したことはなかったんです。初めてお会いしたのは兼重さんがまだ助監督時代で、是枝(裕和)さんの作品に多数参加されているのですが、『奇跡』(2011)という映画の撮影中、陣中見舞いに行ったら、ものすごく大きな声の方がいて、それが兼重さんだったんですね。チーフ助監督として主に、出演者の「まえだまえだ」の、前田航基くんと弟の旺志郎くんを担当されていたのを覚えています。そこでご挨拶をしたのと、あと、是枝さんが2014年に制作者集団「分福」を立ち上げて、そのオープニングセレモニーの場でも軽く会話をしたのかな。ですから、オファーをいただいた時はビックリしました。
Q:きっと兼重監督、「いつか柳楽さんとご一緒したい」と長らく考えていたのでしょう。
キャスティングをしていただけたこと自体、うれしかったですし、主演が堤真一さんというのも、喜びに輪をかけましたね。僕は子供のころ、テレビドラマをよく観ていて、堤さんが出演されていた「やまとなでしこ」(2000)や「GOOD LUCK!!」(2003)がすごく好きだったんです。もしかしたら、役者の世界へと進むキッカケの一つで、そんな作品に出られていた堤さんと「先生と元教え子」という関係でお芝居がみっちりできたことは刺激的でした。
Q:では堤さんと、がっつりお話をする機会があった、と。
そうですね、堤さんがよくご飯に誘ってくださいまして。すごく気さくな方なんですよ。撮影は去年の夏だったんですけど、野球部の生徒役のみんなも食事に呼んでワイワイガヤガヤと部活の延長みたいで、楽しく、いい時間を過ごせました。撮影そのものが充実した思い出として残っています。
どうやって頑張ればいいのかわからない。それが問題
Q:そんな撮影のバックステージとは裏腹に、映画で描かれた世界は老若男女に刺さるものでした。高校時代、野球部で赤鬼先生に何かと反発するゴルゴの振る舞いは、柳楽さんから見て、もどかしく感じませんでしたか?
いえ、僕も10代のころは今以上に器用には立ち回れなくて、ゴルゴのそういう面に親しみを覚えました。ゴルゴは赤鬼先生に「頑張れ」「もっと努力をしろ」と発破をかけられるのですが、でもどうやって頑張ればいいのかわからないんですよ。それは僕もそうだったし、今の10代の中高生の方々の多くもおそらく同じなのではないでしょうか。
Q:長じてからは、竜星涼さんがふんした同級生の部員、ライバルの和田の存在も大きいですよね。
和田はゴルゴと違って努力家で、堪え性があり、がむしゃらに頑張ろうとするじゃないですか。そういう姿勢を積み重ねていくのは、とても大事なことだと思います。赤鬼先生のセリフの中に、「ゴルゴには継続する力がない」というような言葉があるのですが、その弱点を自分で知ってはいても、やっぱりどう直していいのかわからない。そういうところはすごく共感できました。僕は、遠回りをしながら和田みたいに積み重ねていくことの重要性に気づいたので、遅かったですが、正せて良かったです。
Q:厳しくすることでしか教え子に向き合えない赤鬼先生も、あとから苦い後悔をする。ここもとても“痛い展開”です。
この映画の「教師と生徒」という関係性は、師匠と弟子、上司と部下みたいに、いろんな形、シチュエーションに置き換えることができると思うんです。これは想像ですが上の立場になればなるほど、自分の考えを若年層に伝えるのが難しくなる気がしていて。特に思春期の子供たちを導く先生の仕事ってそうで、今回はティーンだけでなく上に立つ世代の方たちにも何かを感じていただける映画になったなあ、と手応えがあります。
トライ&エラーを重ね、迷いながら進んでいく
Q:ところで、柳楽さんにとって“恩師”というと、どなたの顔を思い浮かべますか?
そうですねえ……『誰も知らない』(2004)の是枝監督はもちろんのこと、たくさんいますが、役者として悩んで、足踏みをしている時に、「海辺のカフカ」(2012)で大きな舞台に立たせてくれた蜷川幸雄さんや、映画『許されざる者』(2013)で厳しく指導してくださった李相日監督は忘れられないです。瞬間的に思いついた限りですが。
Q:劇中のゴルゴみたいな挫折体験があったのですね。
10代の後半に「どうやったら演技ってうまくなるのか」と真剣に悩んでしまったんです。だけど、何かをやっても、明日から急に変わるわけではない。どうしても結果を早く求めちゃって。性格ですかね。最近、英語の勉強をしているのですが、寝ている間に洋楽を聴き流してみて、朝になったらわかるようになっていないか試してみたんですよ。全然ならないです(笑)。僕はどうやら、トライ&エラーを重ねていかなきゃわからないタイプで、とにかく真っ直ぐぶつかって、跳ね返され、迷いながら頑張るしかない。今は「こういう不器用な自分でいい」と思えるようになりました。
Q:もしかすると、「うまくなった」と満足できるような境地に至ることは、ない?
ええ。一生悩み、迷い続けていてもいいんだなと、先輩の俳優さんと話していて、そう感じるようになったんですけど。やっぱり胸襟を開いて、人と言葉を交わすのって大事ですよね。
堤真一との化学反応で生まれた奇跡的なシーン
Q:本作は、柳楽さんが初めて野球に取り組んだことも話題になっています。
結構大変でした。堤さんはもともと野球が大好きな方で、撮影の時もノックの仕方とかうまいんですよ。野球部員役の中には、甲子園に出場したことのある方も交ざっていて、基本から教わっていきました。僕はずーっとサッカーをやっていたのですが、野球の魅力の一端に今回触れられた気がしています。
Q:大人になったゴルゴは病に侵され、命の期限が迫ってきます。ウエイトコントロールもされたのだとか。
胃がんにもいろいろな種類があるようで、例えば半分摘出する症状だともっとげっそりと痩せてしまうのだそうです。この映画ではまた違う症状で、10日間ほど痩せるための猶予をいただき、「あまり痩せ過ぎないで」と兼重監督からオーダーがあったので、自然に3~5キロ、落ちていった感じにしました。
Q:ゴルゴが衰弱してゆく中、赤鬼先生……堤さんと対面するところは、何回もできるシーンではないですよね。
そうですね。緊張感がありました。一戸建ての2階で撮影していたんですけど、1階はスタッフのベースが作ってあったのですが、モニターで見ながら皆さん、思わず涙を流していたそうです。もちろん僕も堤さんもそんなことは知らなくて。独特の空気に包まれ、僕の頬に涙がこぼれて、堤さんがそれに反応し、さらに僕も泣くみたいな。その互いの化学反応が、不思議な感覚でした。
インタビューが行われたのはちょうど、柳楽が主演を務めた藤田貴大作・演出の舞台「CITY」の休演日だった。ジャンルを問わず、次々とチャレンジングな出演作が発表され、新たな“貌(かたち)”を見せてくれる柳楽優弥。「最近、自分にも後輩もできてきたようなので、徐々に言葉の責任みたいなものを感じるようになってきました」と語った彼だが、その背中を追いかけ、見続けていくことは、若き後輩たちにとっても、また日本の映画界にとっても、必ずや大きな財産となるだろう。
(C) 2019「泣くな赤鬼」製作委員会
映画『泣くな赤鬼』は6月14日より全国公開