映画に見る脱獄の掟
今週のクローズアップ
『ボヘミアン・ラプソディ』(2018)で一躍名をはせたラミ・マレックが出演する『パピヨン』が6月21日に公開。“脱獄映画”の金字塔としても知られる同名映画を45年ぶりにリメイクし、無実の罪で終身刑を言い渡された男“パピヨン”の脱獄劇がスリリングに描き出されます。『パピヨン』をはじめ、これまで生み出されてきた名作をもとに、彼らが脱獄を成功させるために必要だった“掟”とは何かをひもといていきます。刑務所からの脱獄というミッションに、人生哲学を垣間見ることができるはずです。(編集部・大内啓輔)
辛抱強く耐え忍ぶべし!
1973年のオリジナル版『パピヨン』は、アンリ・シャリエールによるベストセラー自伝小説を『猿の惑星』(1968)、『パットン大戦車軍団』(1970)などのフランクリン・J・シャフナー監督が映画化した脱獄映画の金字塔です。スティーヴ・マックィーンとダスティン・ホフマンという当時の二大スターが共演を果たしたことでも大きな話題となりました。
リメイク版ではチャーリー・ハナムとラミ・マレックが同役を務めています。恐れを知らないパピヨンをハナムが、そしてカリスマ性とユーモア、弱さをあわせ持つドガを『ボヘミアン・ラプソディ』で演じたフレディにも通ずる存在感でマレックが、それぞれはまり役で演じています。
物語は、狂乱の20年代が過ぎ去った1931年のパリから始まります。胸に蝶の入れ墨があることから“パピヨン”と呼ばれる金庫破りのアンリ・シャリエールは、殺人の濡れ衣を着せられ、悪名高い流刑地として知られるフランス領の南米のギアナへと送られます。ここでのルールは刑務所長から宣告された「脱獄を試みた場合、1回目は2年間の独房送り。2回目は独房に5年。そして、死ぬまで“悪魔島”へ送られる。殺人を犯せばギロチンで処刑だ」というもの。このあたりには囚人のための島がいくつかあり、なかでも最悪とされるのが悪魔島なのです。
植民地の労働力として当地にとどまることを強いられた囚人たちを待っていた徒刑場は、熱病・リンチ・強制労働・公開処刑が横行する地獄の光景。無実の罪で収監され、祖国には美しい恋人が待つパピヨンは脱獄を決意。通貨偽造の罪で終身刑となったドガとともに、孤島での牢獄生活を耐え忍び、希望を失わずに自由を勝ち取るべく果敢に脱獄に挑み続けます。通常の感覚であれば“死よりも悪い運命”なはずの悪夢のような状況下で、変わり果てた姿になりながらも決して諦めない2人。彼らを待ち受ける運命は……?
友情を育むべし!
パピヨンとドガが脱獄を成し遂げるためには、自由を渇望する辛抱強さとともに、2人の友情も不可欠でした。脱獄を通じた奇妙な絆で結ばれた友情の物語としての魅力もあります。そんな“脱獄と友情”が描かれた往年の名作には、スタンリー・クレイマーがメガホンを取った『手錠のまゝの脱獄』(1958)があります。黒人と白人が不本意ながら同じ手錠に繋がれたことから、しだいに協力関係を築き友情を育んでいくことに。
アフリカ系俳優として初めてアカデミー賞主演男優賞の候補になったシドニー・ポワチエの名演技も見どころ。人種差別が激しかったアメリカ南部を舞台に、『グリーンブック』(2018)といった作品などで現在でも繰り返し描かれる異人種同士のバディが形成されています。彼らの自由への思いを叶えるためには、人種をこえて協調していくことこそが求められているのだというメッセージを受け取ることができるのです。
ほかにもジム・キャリーとユアン・マクレガーがカップルを演じた『フィリップ、きみを愛してる!』(2009)では、刑務所内で出会った運命の相手に「愛してる!」と伝えるべく詐欺と脱獄を繰り返す男の数奇な人生が描かれます。これが実話というのも驚きですが、キャリーの詐欺師感たっぷりな胡散臭さと、マクレガーの演技派ぶりを楽しむことができる一作です。
集団で統率を取るべし!
もちろん友情といっても2人だけでなく、刑務所内における集団の絆が描かれるのも脱獄映画の魅力の一つ。代表格といえる『大脱走』(1963)では、第二次世界大戦下、ドイツのルフト第3空軍捕虜収容所を舞台に、囚人たちによって抜群のコンビネーションが発揮されていきます。スティーヴ・マックィーン、ジェームズ・ガーナー、リチャード・アッテンボロー、ジェームズ・コバーン、チャールズ・ブロンソンという往年の大スターが5人も顔を揃えた本作では、統率の取れた集団脱走計画が進んでいき、3時間近い上映時間にもかかわらず長さを感じさせません。
あるいは同時代のポール・ニューマン主演の『暴力脱獄』(1967)でも、そうした刑務所内での連帯感が印象的に描かれます。特殊な空間だからこそ発揮される“チームワーク”を生み出している要因は、囚人たちが共有する刑務所から抜け出したいという思いと、看守=権力という敵にほかなりません。とりわけ本作では、ベトナム戦争を背景に刑務所を軍隊に重ね合わせる、シニカルな視線を感じることもできます。また、ジャン・ルノワールの『大いなる幻影』(1937)では、第一次世界大戦時のフランスとドイツの戦いを背景に、非人道的な“戦争”という共通の敵に挑んだ、ドイツ人将校とフランス人捕虜の友情が描かれました。
手に職をつけるべし!
脱獄を達成するためには、刑務所の所長や看守などの権力の側に付け入ることも一つの手立て。スティーヴン・キングの原作小説をフランク・ダラボン監督が映像化した『ショーシャンクの空に』(1994)では、ティム・ロビンス演じる元銀行副頭取のアンディが主人公。妻とその愛人を殺害した容疑で刑務所に送られた彼は、そのミステリアスな魅力で受刑者たちとの絆を深めていきます。
そして、なんとアンディは獄中にありながら銀行家としての手腕を発揮して、所長たちの税務処理や資産運用を担うようになります。そんな刑務所で20年をすごしたアンディは、無実であるという証言を所長に封じられたことから脱獄を決行。それまで刑務所内で培ってきた信頼を武器にして、誰にも気づかれずに刑務所から姿を消します。さまざまな名シーンとともに記憶される本作では、ロビンスとモーガン・フリーマンが演じる男同士の友情も美しく描かれています。
小道具を活用すべし!
脱獄には、思わぬ小道具が重要な役割を果たすことも。ジャック・ベッケルの最後の監督作にして不朽の名作『穴』(1960)では、手作りの砂時計や、ドアの覗き穴から外を確認するための鏡付きの歯ブラシなど、小道具が巧みに用いられています。5人の男たちの脱獄をめぐる思惑や心境を変化させていく様子も巧みに描き出されており、脱獄劇にとどまらない人間模様が展開していきます。
同じくフランスの名匠ロベール・ブレッソンによる『抵抗(レジスタンス)-死刑囚の手記より-』(1956)では、独房の扉の板を削る食事用のステンレス・スプーンをはじめ、ベッドの針金と布を用いた脱獄用のロープといった小道具作りの過程を見ることができます。1943年、ドイツ占領下のリヨンで、寡黙な中尉が黙々と脱獄計画を進める様子はスリルさ満点です。
ほかにも、ドン・シーゲルが監督を務め、クリント・イーストウッドが難攻不落といわれた刑務所からの脱獄を成し遂げた実在の囚人フランク・モーリスを演じた『アルカトラズからの脱出』(1979)では、通気口へ至る穴を掘ったり、逃走用のいかだや看守の目をくらますために人形を作ったりと、多彩な小道具が登場します。そしてなんといっても、イーストウッドふんするモーリスの頭脳明晰ぶりなども見どころです。
映画『パピヨン』は6月21日よりTOHOシネマズシャンテほか全国公開