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マーク・ジェイコブス、世界を魅了し続けるファッション界のカリスマ

映画に見る憧れのブランド

マーク・ジェイコブスショップ
Ben Gabbe / Getty Images for Marc Jacobs

 今年56歳になったマーク・ジェイコブスはニューヨークで生まれました。複雑な家庭環境で育った彼は、洗練された趣味をもつ祖母に愛されて、小さな頃からゲイであることやデザイナーになりたい夢を自由に追求するように教えられました。そのおかげで、24歳のときに"ファッション界のオスカー"とも称されるCFDAアワードにて、新人賞にあたるペリー・エリス賞を史上最年少で受賞。その後も、ウーマンズウェア・デザイナー・オブ・ザ・イヤーを受賞するなど、若いうちから成功し、ルイ・ヴィトンや自身のブランドを成功へと導きました。

 私生活では、元ポルノ俳優とつきあったり、自分の下半身ヌードを間違って公式インスタグラムにあげてしまったりなどお騒がせセレブのイメージもある彼。今回は、そんなマーク・ジェイコブスのファッションが愛される理由を探ってみましょう。

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グランジをファッションへ転換した!?

マーク・ジェイコブス
NYのガーメントディストリクトにオフィスを構えていた - Rose Hartman / Getty Images

 先述のペリー・エリス賞がきっかけで、同ブランドの婦人服デザイナーとして働き始めた彼のキャリアは順風満帆。ところが、1993年に「グランジ・コレクション」を発表し、世間からは大好評を得るものの、クラシックなスポーツウェアを打ち出すペリー・エリスの会社を怒らせ、解雇されてしまいます。

 当時、彼はNYのグランジ・シーンの中心にいたのだとか。1980年代後半から1990年代初頭まで世界を席巻したグランジ・ムーブメントは、アメリカ北西部のワシントン州・シアトルのインディーズ・バンドシーンから発生しました。その背景には、保守的な50年代の“古き良きアメリカ”という嘘くさい価値を押し付けたレーガン政権への反発、中東戦争、AIDSや世界的経済不況などから起きた社会的不安があったと考えられています。(※2、3)

 グランジ音楽のラウドなギターとがなり声、メタファーに溢れたダークな歌詞に、“鬱積したアメリカの怒りを解放”されたと感じたシアトルの若者たちは、そこに自分たちの不安を重ねた結果、ニルヴァーナパール・ジャムサウンドガーデンアリス・イン・チェインズなどが大人気に。(※4)なかでもニルヴァーナが一世風靡したことは皆さんもご存知でしょう。

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グランジ世代の葛藤を浮き彫りにした『リアリティ・バイツ』

ウィノナ・ライダー、イーサン・ホーク
映画『リアリティ・バイツ』より - Universal Pictures / Photofest / ゲッティ イメージズ

 この時代の若者が抱えていた様々な不安……それはベン・スティラー初監督作『リアリティ・バイツ』(1994)がコミカルにかつ鋭く映し出しています。“現実が噛み付く”というタイトルの本作は、大学を卒業後、夢見る若者たちが厳しい現実のなかで模索しながら成長していく青春群像劇。

 リレイナ(ウィノナ・ライダー)は大学の卒業式で総代になるほど優秀だったのに、TV番組をクビになってしまい、最低賃金の仕事にしかつけず腐る毎日。そんな彼女に惹かれるトロイ(イーサン・ホーク)は高いIQの持ち主ですが社会の歯車として生きることが嫌で、大学を中退してグランジバンドで活動中。お互いに惹かれあっているのに、自分たちの心や現実を直視することができない2人。一方、リレイナのルームメイト、ヴィッキー(ジャニーン・ガロファロー)は、AIDSに罹っていないかどうか心配でたまらない……。

 この作品が25年経った現在でもカルト的人気を誇る理由は、90年代のファッションや音楽はもちろん、“人生の苦さ”を知る前に誰もが通る、不合理な“若さ”に共感してしまうから。同時に、グローバル化やインターネットが押しよせる前ーースマホやSNSが氾濫していない最後の若者世代を取り巻くアナログな人間関係に、私たちはノスタルジーを感じてしまうからではないでしょうか。ちなみに、ウィノナ・ライダーとマークはグランジ時代以来の親しい友達だそう。

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カート・コバーンとコートニー・ラブに衣服を燃やされる!?

 マークはこの「グランジ・コレクション」の衣服をカート・コバーンコートニー・ラブに送ったのだとか。ところが、コートニーはファッション紙『WWD』とのインタビューで「あれは燃やしちゃった。だって私たちはパンクだから。そういうのは好きじゃないの」と語りました!(※5) グランジは“ファッション・ステートメント”ではないというのが理由でしょう。

 とはいえ、ニルヴァーナはインディーズ・レーベルを脱して大手メジャーレコード会社と契約を交わし、グランジ・ムーブメントも次第に商業主義に取り込まれていきます。カート・コバーンは自分たちが忌み嫌っていたロックスター扱いを受けることに、日に日に違和感を抱き、ニルヴァーナのコミック本やポスターを眺めながら、「このバンドの成功で俺がとても後悔しているのは……、このくだらなさだ」「俺たちはこういう連中に好き勝手にやられ、俺たちではコントロールできないんだ」と、インタビューで話しました。(※4)

マイケル・ピット
映画『ラストデイズ』より - Fine Line Features / Photofest / ゲッティ イメージズ

 1994年、薬物依存症、うつ病、自殺願望に悩まされていたと言われる27歳のカートが自殺したのを機にグランジ・ムーブメントは廃れていきました。ガス・ヴァン・サント監督作『ラストデイズ』(2005)は、そんなカートの死をモチーフに、一人のロックアーティスト、ブレイク(マイケル・ピット)が自殺にいたる最期の孤独な2日間をたんたんと描いています。

 批評家の評価が分かれる本作は、ブレイクの死に特別な“意味”をこめていない点がユニーク。そこに存在するのは、ドラッグ中毒に病み、人生に価値を見出せなかった若者だけ。シド・ヴィシャスジム・モリソンジミ・ヘンドリックスジャニス・ジョプリンエイミー・ワインハウス……アルコールや薬物過剰摂取で死んだロックスターの死に人生の啓示や社会的責任を追及しがちな世間に対して、ヴァン・サント監督が疑問を呈しているようにも受け止められます。

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ドラッグとアルコール依存症、そして激変した外見……

マーク・ジェイコブスとモデルたち
解雇後、すぐに自身のブランドを立ち上げる - Ron Galella, Ltd. / Ron Galella Collection via Getty Images

 ペリー・エリスをクビになったマークはすぐに独立し、1994年にはメンズウェアのコレクションを発表。「グランジ・スタイルの教祖」としてフランネルシャツ、ミリタリーブーツ、花柄ワンピを世界的に大流行させて一躍旬のデザイナーに

 1997年には、ルイ・ヴィトンが初めてプレタポルテ(高級既製服)ラインを立ち上げて、アーティスティック・ディレクターにマークを指名しました。マークは現代アーティストの村上隆草間彌生、ヒップホップアーティストのカニエ・ウェストなどとのコラボレーションを通して、老舗トランクメーカーだったヴィトンをトータルアパレルブランドへと華麗に転身させました。

 しかしながら、ファッション界の最先端を独走していたこの頃の彼は、実はドラッグやアルコール依存症になっていたのだとか。1999年、ナオミ・キャンベルアナ・ウィンターの助けでリハビリ施設に入所。2007年にヘロイン依存症をぶり返してリハビリ施設に舞い戻りましたが、現在ではアルコールや薬物依存症は克服しています。

マーク・ジェイコブス
ルイ・ヴィトンのショールームにて - GYSEMBERGH Benoit / Paris Match via Getty Images

 ドキュメンタリー映画『マーク・ジェイコブス&ルイ・ヴィトン ~モード界の革命児~』(2007)では、ヴィトンのプレタポルテのコレクションを短期間で生み出す、マークの驚異的な精神力と創造力が明らかに!クリエイションの源を求めて、異なるジャンルのアーティストたちと交流し、そのインスピレーションをヴィトンの伝統に融合して作品を創っていく過程は、天才デザイナーの名にふさわしく圧巻です。また、華やかなラグジュアリーブランドの舞台裏で繰り広げられるデザイナー、職人やスタッフたちの血も滲むような努力も大いに見もの。

 作中、激務のなか、きちんとした食事をとる時間がないのか、ストイックなダイエットのためなのか、謎の健康ドリンク栄養バー煙草しか口にしないマークに驚き!以前はぽっちゃり体形だったマークが筋肉隆々のイケオジに変身した理由は、この食生活にあるのでしょうか……?

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ウェス・アンダーソン・ワールドを表現したトランク

オーウェン・ウィルソン、エイドリアン・ブロディ、ジェイソン・シュワルツマン
映画『ダージリン急行』より - Fox Searchlight / Photofest / ゲッティ イメージズ

 ウェス・アンダーソン監督作『ダージリン急行』(2007)では、アンダーソン監督の友人でもあるマークと監督の弟エリックが映画のために特別にデザインした、ヴィトンのトランクやバッグが重要な役割を果たしています。ヴィトンの職人芸とマークとエリックによるキュートなデザインが絶妙にマッチしたこれらカバン類は、摩訶不思議なアンダーソン・ワールドを見事に表現。

 映画は、ホイットマン3兄弟(オーウェン・ウィルソンエイドリアン・ブロディジェイソン・シュワルツマン)が父の死後、疎遠になっていたヒマラヤの修道院で尼僧をしている母(アンジェリカ・ヒューストン)に会いに行くため、インドの秘境を豪華な列車“ダージリン急行”で旅するという物語。3兄弟それぞれが問題を抱えており、父が遺したヴィトンのカバンを従えて、失われた心や家族の絆を取り戻す旅をユーモアたっぷりに紡いでいます。

 果てしなく思える旅に、喧嘩の絶えない3人がなぜこれほど大量のトランクを運ばなくてはいけないのかーー。このヴィトンのトランクには、3兄弟が背負う“人生や親に課された重荷”のメタファー。このトランクになにが起こるかはぜひ映画を観てもらいたいのですが、ヴィトンが映画に協力した理由には、アンダーソン監督の若い映画ファンに向けてブランドを宣伝するという狙いもありました。

 なんでも、監督はインドのロケ地で出会った子どもたちの衛生状況にショックを受けたことから、撮影後にはこれらのヴィトンをオークションにかけて、その売り上げを地元の女性や子どもの健康を支援するチャリティ団体に寄付したのだとか。

マーク・ジェイコブス
2012 A/W パリ・ファッションウィークにて - Michel Dufour / WireImagee / Getty Images

 2014年、マークは自分のブランドを強化するという理由で、17年間務めたヴィトンから引退しました。しかし、SNS戦略の出遅れや高いコストがかかるコレクションも原因だったと噂されています。(※6)

 ヴィトンを卒業後は、セカンドライン「Marc By Marc Jacobs」を廃止してメインブランド「MARC JACOBS」一本に絞り、ブランドを一新したマーク。ラグジュアリーとマスの中間をターゲットにしたこのブランドの売れ行きは絶好調で、彼のコスメブランドも小売店セフォラで米売り上げNo.1を誇っています。2018年のグラミー賞でレディー・ガガが纏った印象的なスモーキーアイメイクはマークのコスメを使ったものだそう。

 グランジ・スタイルからラグジュアリー・ファッションまで、マーク・ジェイコブスの核にあるものーー。それは、純粋な“遊び心”。彼のファッションは日常を、ひいては人生を楽しくしてくれるからこそ、多くの人に支持されているのではないでしょうか。

 「ファッションは必需品じゃない。心に響くもの。思いつき。必要なものじゃなくて、欲しいものなんだ」by マーク・ジェイコブス(※7)

マーク・ジェイコブス
Franziska Krug / Getty Images

【参考】
※1…Marc Jacobs Biography - BIOGRAPHY
※2…Why Ronald Reagan Was the Best Thing That Ever Happened to Punk Rock - VICE
※3…P-Vine BOOKS「メンズウェア100年史」キャリー・ブラックマン著 桜井真砂美訳
※4…アップフロントブックス「NIRVANA THE NIRVANA Companion Two Decades of Commentary グランジ神話誕生から終焉までのクロニカル」編集/ジョン・ロッコ 翻訳/江口研一
※5…The collection that got Marc Jacobs fired from the brand Perry Ellis in ’92 is back in Resort 2019 - Collateral
※6…How Marc Jacobs Fell Out Of Fashion - BOF
※7…16 Marc Jacobs Quotes That Prove He Is The Wisest Of Fashion Gods - marie claire

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此花さくやプロフィール

此花さくや

映画ライター。ファッション工科大学(FIT)を卒業後、「シャネル」「資生堂アメリカ」のマーケティング部勤務を経てライターに。アメリカ在住経験や映画に登場するファッションから作品を読み解くのが好き。
Twitter:@sakuyakono
Instagram:@sakuya
writer

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