『凪待ち』香取慎吾&白石和彌監督、映画の暴力とタブーを語る
香取慎吾と白石和彌監督がタッグを組んだ注目作『凪待ち』。白石監督と言えば、これまでも『凶悪』をはじめ『日本で一番悪い奴ら』『孤狼の血』などバイオレンス描写の中に、人間の本質をユーモラスかつシビアに表現してきた。本作でも香取の肉体を存分にいかした派手な立ち回りは、大きな見どころの一つとも言える。初タッグを組んだ二人が、映画で描かれる“暴力”と“タブー”について語った。(取材・文:磯部正和 写真:日吉永遠)
香取慎吾の肉体にはイマジネーションが湧く
Q:本作の主人公・木野本郁男は、ギャンブルに溺れた人生を再生しようともがく姿が描かれています。こういった役を香取さんにお願いするというのはある意味タブーというか、大きなチャレンジだったのでは?
白石和彌監督(以下、白石監督):もちろん香取さんにこうした役をやっていただいたら、ヤベーことになるという思いはあってお願いしています。断られるリスクもあります。でもこちらも適当にはやっていないので、いい意味で「絶対すごいことになりますよ」という覚悟を持ってお願いしました。
Q:香取さん自身には戸惑いはなかったのですか?
香取慎吾(以下、香取):よくそう言われるのですが、僕は『NIN×NIN 忍者ハットリくん THE MOVIE』とか『西遊記』みたいな映画をやっているんですよね。それと比べると、今回の役は普通の人間ですし、みんなと同じ苦悩や葛藤を抱えて生きている人。『西遊記』は孫悟空ですからね(笑)。それよりは郁男の方が、気持ちはわかります。
Q:台本にバイオレンスシーンが激しく表現されていたと、共演者のリリー・フランキーさんがイベントで話していました。
白石監督:そうなんです。台本に書かれていないようなところや、1行ぐらいのト書きのシーンも、香取さんがすごく的確に膨らませてくれて、圧倒的に見栄えが良かった。1発殴られるより、3発殴られた方が映画としていいなと感じられたんです(笑)。こうした作業はすごく気持ちよかったです。
香取:でも僕は膨らませたという意識はないです。言われた通りのことをやっていただけで(笑)。
白石監督:リリーさんは香取さんを「色気がある」と評していましたが、見ていてイマジネーションが膨らむ人、華がある人、画角からはみ出すような人。なかなかこういう人はいません。
表現することにタブーはない!
Q:白石監督の作品にはバイオレンスや、きわどいシーンが多く出てきますが“暴力”や“タブー”についてどんな見解をお持ちですか?
白石監督:本質的に、表現の自由は憲法で保障されているので、タブーはないと思います。もちろん映画には映画のルールはありますが、本来はそれすら関係ないですからね。映画監督や作家であるならば、誰しもそういう思いだと思います。
Q:“タブーに挑戦”みたいな表現がうたわれることが多いですよね。
白石監督:シートベルトをしないで車を走らせたりするシーンを撮ることとか? そんなのはタブーというよりは、ちょっとした茶化しですよね。
香取:この映画でも暴力的なシーンはありますが、映画なので一つもいけないことなんてないと思っています。エンターテインメントの世界において、タブーなんて考えたことないです。
白石監督:この作品の中で、あえて挑戦という意味では、ギャンブルのシーンですかね。『麻雀放浪記2020』みたいにハナからぶっ飛んだ世界観にしてしまうのだったら問題ないのですが、日本におけるギャンブルって国が運営しているものなので、ギャンブル依存症の男を正面から取り上げるのは、なかなか難しいものがありますよね。でも、そういう部分も人間の弱さと捉えれば、問題ないという認識はありました。
白石監督が見た香取慎吾の魅力
Q:映画ファンにとって香取さんと白石監督のタッグというのはワクワクすることですが、いつ頃から香取さんを俳優として意識されていたのでしょうか?
白石監督:僕が映画を撮るようになってからかもしれません。阪本順治監督とお仕事されている香取さんを見て、阪本監督ほどの方が、何度もご一緒しているのだから、何かあるんだろうという興味がありました。今回ご一緒して、みんなが香取さんを好きになる理由がわかりました。とても魅力的でした。
Q:それはどんなところなのでしょうか?
白石監督:人柄はもちろん良くて、誰もが好きになってしまうと思うのですが、同時に、ものすごい孤独感も持ち合わせているんだろうなとも感じました。映画のチラシの表情に驚いた人もいると思いますが、人間として当たり前に持っている孤独な部分と闘っている人なんだろうなと感じました。そこは魅力的ですよね。
香取:僕自身も完成した作品を観たとき、心の奥にある何かを引っ張り出してもらえたなという感覚はありました。作品を観てくれた人からも、そういう声を聞くので……。
Q:いろいろな感情が垣間見える作品ですが、印象に残っているシーンはありますか?
香取:お祭りでの乱闘シーンは緊張感がありました。僕のことをボコボコにする役者さんとは本番前に話をして、1回蹴っ飛ばしてもらったんです。実際の喧嘩ではないから、どのぐらいの距離感でやったらいいのかって難しいんです。当てないようにすると距離ができ過ぎてNGになるし、当たってもいけない。そういうとき、思い切り相手に蹴ってもらうと距離感がつかめたりするんですよね。ワンカットで撮っているので、変なところでNGを出すと、何百人もの人に迷惑がかかる。憎み合って殴り合う乱闘シーンが、一番チームワークが要求されるというのは不思議ですよね(笑)。
白石監督:現地のエキストラさんもたくさんいて、すごくみんなでシーンを作り上げていく感じがありましたね。作品を面白くしようとするためには、そういうコミュニケーションはすごく重要になってくるんですよね。
映画『凪待ち』は6月28日より全国公開