ジャンル映画の新たな楽しみ方を発信!プチョン国際ファンタスティック映画祭
ぐるっと!世界の映画祭
【第84回】(韓国)
韓国の仁川国際空港とソウルの間にある都市プチョン(富川)。かつてはソウルの街並みを再現したオープンセットがあり映像産業の街と言われていたが、老朽化により2011年に閉鎖された。でも、アジア最大級のジャンル映画の祭典・プチョン国際ファンタスティック映画祭(以下BIFAN)は健在! 第23回(6月27日~7月7日)に、『TOURISM』がプチョン・チョイス長編部門に選出された宮崎大祐監督がリポートします。(取材・文:中山治美、写真:宮崎大祐、プチョン国際ファンタスティック映画祭)
ゆうばりと姉妹映画祭
BIFANは、韓国では釜山国際映画祭に次いで2番目の歴史を誇る国際映画祭で1997年にスタート。上映作品はラブ、ファンタジー、アドベンチャーなどのジャンル映画に特化し、創設にあたってはジャンル映画祭の先輩にあたる北海道のゆうばり国際ファンタスティック映画祭を視察したという。両映画祭は友好的な関係を築き、2006年には姉妹映画祭として提携を結んでいる。
例年日本作品が多数上映されており、過去には中島哲也監督『告白』(2010)が審査員賞、品川ヒロシ監督『漫才ギャング』(2010)が観客賞、森義隆監督『宇宙兄弟』(2012)が最優秀作品賞&観客賞、吉田大八監督『桐島、部活やめるってよ』(2012)がNETPAC賞(最優秀アジア映画賞)、上田慎一郎監督『カメラを止めるな!』(2018)がEFFFFアジアンアワード(ヨーロッパファンタスティック映画祭連盟アジアンアワード)と栄冠を得ている。
プログラムはコンペティションのあるプチョン・チョイス(長・短編部門)やコリアン・ファンタスティックを柱に、世界中からジャンル映画を集めたワールド・ファンタスティック部門、ファンタ系映画ファンのお楽しみフォービデン・ゾーン、子どもも楽しめるファミリー・ゾーン、ファンタスティック・ショートフィルムなどがある。
特にワールド・ファンタスティック部門は第20回からレッドとブルーを設け、レッドはスプラッターやホラー、ブルーはコメディーやロマンスなどと分けた。また最近の映画祭のトレンドとして「ビヨンド・リアリティー」と題してVR上映にも力を入れている。
第23回の上映本数は世界49か国から集められた長・短編284本。今年は特別企画として韓国映画100年を記念した特集「クレイジー・クロニクル・オブ・コリアン・ジャンル・シネマ」、韓国女優キム・ヘスの特集上映があった。さらに第21回から “ジャンル映画と女性”にフォーカスした特集も実施しており、今年はコメディー映画における女性たちを考察。
コアなファンタ系映画ファンにすれば「薄まった」と思うかもしれないが、ジャンル映画祭の中で実に潮流を敏感に取り入れたプログラムを組んでいる。この辺りが規模だけではなくアジア最大級を誇る自負なのだろう。
「ファンタスティック映画祭といってもここ数年はアート系の映画もワールド・ファンタスティック・ブルーで上映されており、多彩な映画が集まっていた印象です」(宮崎監督)
BIFAN決定に本人がビックリ
宮崎監督の『TOURISM』(公開中)は、シェアハウスで暮らしているフリーターのニーナ(遠藤新菜)とスー(SUMIRE)が、期せずして当たった旅行のペアチケットでシンガポールを旅し、携帯をなくして迷ったがゆえに街の真の姿に出会うロードムービーだ。
2人が旅先で体験するエピソードの数々は、宮崎監督の実体験がヒントになっているという。観光スポットのみならず、多民族国家シンガポールを象徴するような庶民の生活空間をロケ地に多用している。中にはすでに取り壊された場所もあり、貴重な映像記録でもある。
今回の出品はまず、BIFANから問い合わせがあったそうで、まさかのコンペ入りに監督本人が驚いたという。
「当初は僕の前作『大和(カリフォルニア)』に興味があったようですが、『どちらもジャンル映画じゃないですよ』と言いながら、新作の『TOURISM』も一緒に見せたところ、翌日ぐらいにBIFAN側から『上映させてほしい』という連絡をいただきました。若者たちを描いた映画が好きだという(アジア作品のプログラマー)キム・ボンソクさんの好みにあっていたのかもしれません」(宮崎監督)
BIFAN側にはもうひとつ思惑があったようだ。BIFANでは昨年、映画『温泉しかばね芸者』の鳴瀬聖人監督が、舞台挨拶で日の丸のハチマキを頭に巻き、模造刀を振り回すというパフォーマンスをしたところ、スクリーンに穴を開けるという失態を犯してしまった。鳴瀬監督は謝罪し、BIFAN側もスクリーン修繕費を請求することなくおとがめなしとしたが、ひとつ間違えば国際問題に発展する事件だっただけに、やはりまだ尾を引いているようだ。
「関係者の方から『無知が招いた軽率な行動であったとしても、さまざまなレベルで後処理が大変だった』と伺いました」(宮崎監督)
はしゃぎ過ぎはもちろん、相手国の歴史や習慣、文化を知った上で訪問しなければ「知らなかった」では済まされないこともある。他人事ではなく、改めて国際的なイベントに参加する意義を今一度噛みしめたい。
思わぬところで向き合うことになる“過去”
趣味嗜好の際立った作品が多いBIFANでは、一般市民にもわかりやすくカタログに鑑賞ガイドが明記されている。
『TOURISM』の場合は、魅力的な女性が登場する「ボムシェル(セクシーで魅力的な女性)」と「ガールズ・パワー」のイラスト付きで、レイティングはジェネラル(General)を意味する「G」。上映は3回行われ、うち2回がゲストトーク付きで、宮崎監督は出演者の遠藤とSUMIREと共に登壇した。
「真面目な映画ファン風のお客さんと若いお客さんが半々だったのですが、若い方はファッションの一環として観に来たという面もあるようでした。だから上映後に、主演2人との“自撮り”希望者が殺到しました。映画祭のゲストで来てくれていた海外の監督たちもたくさん観に来てくれました」(宮崎監督)
Q&Aではシビアな質問も飛んだという。「日本がかつてシンガポールを占領していたことに触れるシーンがあるが、監督はそういった歴史問題についてどう思いますか?」と。
「やはりアジア諸国を回っていると、過去がわっと噴き出してくることがあります。僕自身、育った場所(厚木航空基地のある神奈川県大和市)が日本の戦後を象徴しているような街で、前作『大和(カリフォルニア)』でもその街を舞台にしました。『TOURISM』も同じ大和から物語が始まっています。故郷である大和を軸にして歴史や空間がサーガのように連なる——それが、最近の自分の作品のテーマにもなっています。ですので質問に対しては、『若者がふらふらと旅をするだけの軽い映画だとは思われたくないので、歴史的背景を踏まえた上でそういうシーンを入れたりして、自覚的にやっている』と答えました」(宮崎監督)
今年のプチョン・チョイスには、日本からほかにも長久允監督『ウィーアーリトルゾンビーズ』が選出されていたが、いずれも受賞には至らず。
最優秀作品賞にあたるベスト・オブ・プチョンは、クリスチャン・ヴォルクマン監督『ザ・ルーム(原題) / The Room』(フランス・ルクセンブルク・ベルギー)。主演のオルガ・キュリレンコも自身のTwitterで受賞の喜びを爆発させていた。
国際映画祭から広がった世界
『TOURISM』自体も、ユニークな旅をしている。もともとは、2017年11月11日~12月17日にシンガポールのアートサイエンス・ミュージアムで開催された「Specters and Tourists」と題したフィルムインスタレーション(観客が場所や空間体験ができる作品)として展示される作品だった。
制作のきっかけは、2015年に行われた第26回シンガポール国際映画祭に映画『5TO9 ファイブトゥナイン』(2015)で参加した時。
『5TO9』は、宮崎監督が2014年に参加したベルリン国際映画祭のベルリナーレ・タレンツ(若手映画人材育成プロジェクト)で出会ったタイのラシゲット・ソッカーン監督、シンガポールのテイ・ビーピン監督、中国のヴィンセント・ドゥ監督と制作したオムニバス映画で、宮崎監督は永瀬正敏主演の『BADS~ならず者たち』を担当。
作品を観た映画祭側から、スポンサーでもある同ミュージアムとのコラボレーション企画「Specters and Tourists」の依頼があったという。当初の企画は短編。しかしせっかくならば新作長編を作りたいと交渉して、約60分の作品にし、展覧会では約1万人を動員する盛況ぶりだったという。
その作品にさらに映像を加えて77分の長編にしたのが『TOURISM』で、第13回大阪アジアン映画祭でワールドプレミアを行った。だが、どうも東南アジアの風景独特の色味が映像に表れていない。
そこで『5TO9』で知り合ったマカオの友人を通してポルトガルの巨匠ペドロ・コスタ監督作を手がけているカラーリスト(彩色担当)のゴンサロ・フェレイラを紹介してもらい、カラコレ(色調整)を実施。そうして完成したのがBIFANで上映されたバージョンだ。
「おかげで日本とシンガポールの空気の違いも色で表現できました」(宮崎監督)
BIFANでは上映の合間を縫って、マーケット会場B.I.G(BIFAN・インダストリー・ギャザリング。6月30日~7月4日)にも赴き、海外の映画会社と次回作についての構想も話し合ってきたという。
「『TOURISM』の韓国バージョンをプレゼンテーションしてみたり、たまたまバス停で出会ったペルーの映画関係者にペルー編はどうか? という提案も受けまして。『TOURISM』のシリーズ化も夢ではなさそうです」(宮崎監督)
神奈川県大和市からどこまで世界がつながっていくのか。『TOURISM』の旅も、宮崎監督自身の映画人生も数々の出会いを糧にさらなる広がりを見せるに違いない。