『楽園』綾野剛&吉田修一 単独インタビュー
抱きしめれば止められることもある
取材・文:浅見祥子 写真:日吉永遠
『悪人』『怒り』の吉田修一による短編集「犯罪小説集」に収められた2編を、『64-ロクヨン-』シリーズの瀬々敬久監督が脚本も手掛けて映画化した『楽園』。田園風景の中にあるY字路で少女失踪事件が起き、12年後に再び同様の事件が起きたことから動き出す人間模様が描かれる、犯罪を巡る喪失と再生のドラマ。事件の容疑者である孤独な青年、豪士(たけし)を演じた綾野剛と原作者の吉田修一が、作品への思いを語った。
吉田修一の小説には本当のことが書かれている
Q:最初に映画『楽園』の企画を聞いた印象は?
綾野剛(以下、綾野):来た! と思いました。吉田さんの作品には無条件で出演すると決めているんです。主役と言われ、そっちの方はピンときませんでしたが、ぜひやりたいと伝えました。修一さんにも、僕で大丈夫ですか? と連絡しました。これは綾野君じゃないかも、と言われたら降りようというスタンスだったのですが、やっていただけたらうれしいですという、光栄なお言葉をいただきました。
吉田修一(以下、吉田):瀬々監督の作品は観させていただいていて大好きでした。しかも綾野君が主演と聞いてホッとした……ってヘンだな。でも綾野君が演じることで豪士という役がどうなるのか見てみたいというのが最初でした。
Q:吉田さんの小説の魅力をどこに感じますか?
綾野:本当だからです。本物かニセモノか、そこには別に興味はない。僕たち役者はどこまでも虚構の生きものなので、「本当」に憧れがあるんです。活字で書かれた小説というのはフィクションであるはずなのに、そこには僕にとっての本当が描かれている。だから僕はその本当を生きたい。そんな、願望を超えた何かがあるんです。
役者にとってロケ地は“共犯者”
Q:原作を読むとY字路などの光景が映像で浮かびます。ロケ地の印象は?
吉田:長野県の撮影現場に行ったのですが、ちょうど火祭りのシーンでした。映像化していただくときは、僕のイメージした風景そのままじゃなくていいんです。瀬々さんやスタッフの方にこういう風に見えたんだという驚きがあり、それが楽しみでもあります。
Q:豪士役の綾野さんの印象は?
吉田:最近わりと親しくさせてもらっているので、綾野君がこの役を演じることになったときはまず、大丈夫かな? と。きっと自分を追い込んでいくだろうから、ちょっと親心のような感情が出てきました。
綾野:僕の精神状態を気遣ってくれたんですね?
吉田:でも画面に出てきた瞬間、そうしたことはすべて忘れて物語に入り込んで豪士を観ていました。だからこうやって実際にお会いしても、豪士に会っている感じなんです。それで、「あのときはどう思っていたの?」と聞いてみたくなったりします。答え合わせをしたくなるというか。
Q:豪士へのアプローチは?
綾野:つくったのは肉体的なものだけで、心は撮影現場で生まれてくるだろうと思って臨みました。漫画原作なら、見た目を徹底的につくりこんで、漫画を好きな方に喜んでもらえるようにするとか、出来ることはある。でも原作が小説だとそうはいかない。100人が読んだら、脳裏に浮かぶ景色は100通りある。すさまじい情報量の中で役をつくる必要があり、それを覆していこうと思っています。そして、原作を知る人が思っていたよりスゴかったと感じるのではなく、わかる! と共感していただく方が豊かだと思っています。
Q:ロケ地は役づくりの面でもプラスになりましたか?
綾野:あのY字路を遠くから見た瞬間、入っていけなかったです。覚悟が決まらなければ、あそこには行けない。ロケーションには役者にとって共犯者のような力があります。そこへ行くと感情がヘドロのように湧いたり、ぽんと花が咲くように生まれたりする。僕は役としての感情を頭で考えて、それを具現化出来るほど器用じゃありません。怖がらず受け皿を広げ、その場で生まれたものをちゃんと捉えようとする。どれほど厳選して“食材”を用意しても、どんな料理が出てくるかは予想出来ないです。
『楽園』というタイトルは瀬々監督の発案
Q:原作を読みこんで演じたのですか?
綾野:撮影の中盤くらいになってから読みました。台本と環境と自分の芝居とで心を追い込み過ぎて壊れそうになったとき、助けてくれるのは修一さんの主観の入った小説だと思って、お守り代わりの安定剤として持っていました。それである日、もう自分は壊れることはないと確信出来たので読みました。
Q:映画化に際し、原作者としてリクエストしたことは?
吉田:これまではわりと原作に忠実なものが多かったのですが、今回は極端に言えば半分くらいはオリジナル。最初に脚本を読ませていただいたときは、いままでの感覚とは違いましたし、そこに多少の不安もありました。なので、いろいろと質問したりして。最終的には、僕が好きな瀬々さんの映画として完成されたものになったという気がします。
Q:「犯罪小説集」から2本の短編が脚色されたわけですが、『楽園』というタイトルをどう思いましたか?
吉田:タイトル会議に呼んでいただいたのですが、そのときに監督が「『楽園』でいきたいんですよね」と、わりと早い段階でおっしゃったんです。監督がこの映画で何を描きたいのかがよくわかりました。『悪人』は人の話、『怒り』は感情の話でしたが、今回『楽園』と聞いて、場所の話なんだなと。自分なりにすとんと落ちてきた感じでした。
Q:豪士を演じて、このタイトルをどう思いましたか?
吉田:ああ、それ聞きたいな。
綾野:このタイトルでなかったら気づけなかったことがありました。自分にとっての楽園とは? という問いを常に片隅に置きながら豪士を生きていました。僕はお仕事をいただくとき、スケジュールがあればやりたいというスタンスです。もし同時にお話が来たときは、タイトルにピンときたものを選びます。タイトルは作品の顔で、全然ピンとこないものを背負える自信がないので。
登場人物全員に愛が芽生えた
Q:出来上がった映画を観た感想は?
吉田:ざっくり言うと、圧倒された! の一言です。始まった瞬間に入り込み、原作者であることもすぐ吹き飛び、それが最後まで続きました。プロットの段階から好きだったラストシーンも、脚本を遥かに超えていました。素晴らしい映画になったと思いました。小説を書いているときには、自分がなぜそれを書いているのかわからない、でも書かざるを得ないということがよくあるんです。あのラストシーンを観て、「あぁ、だから書いたんだ」と答えをもらったような感覚がありました。
綾野:僕は登場人物全員に対して愛しさが芽生えました。世の中には抱きしめてあげなきゃいけない人がたくさんいると改めて感じました。気づかないだけで自分の周りにも、抱きしめてあげれば止められることもたくさんあるんじゃないか? というメッセージをこの映画を通して伝えたいです。
吉田:僕自身、小説を書いているときはそこまで思いが至っていなかった。でもこうして映画にしてもらって、今日そういう話を綾野君から聞いて。自分はひょっとしたら、そこを目指して小説を書いたのかもしれないと気づきました。これは、そのメッセージを確実に伝える映画です。たった一人でもいい、観終わってそういう思いになってくれたらいいと思いました。
二人は「メル友」だけあって、写真撮影中もごくナチュラルに会話を交わす。インタビューが始まると、質問の直後から感覚的な言葉が尽きせぬ芝居への情熱を伴ってほとばしる綾野剛と、原作者だからこその本質を突く発言と、逆に原作者らしからぬ距離感で映画を見据える吉田修一。そのやり取りは絶妙なバランスを保ちながら、それぞれに深化していった。それは主演俳優と原作者の間にこのような関係性が成立することもあるのかと思わせる興味深いものだった。
(C)2019「楽園」製作委員会
映画『楽園』は10月18日より全国公開