間違いなしの神配信映画『ビート -心を解き放て-』Netflix
神配信映画
音楽編 連載第3回(全8回)
ここ最近ネット配信映画に名作が増えてきた。NetflixやAmazonなどのオリジナルを含め、劇場未公開映画でネット視聴できるハズレなしの鉄板映画を紹介する。今回は音楽編として、全8作品、毎日1作品のレビューをお送りする。
音楽の持つ奇跡の力を、ミュージシャンの視点で描いた作品
『ビート -心を解き放て-』Netflix
上映時間:110分
監督:クリス・ロビンソン
出演:カリル・エヴァレッジ、アンソニー・アンダーソン、ウゾ・アドゥーバ、エマヤツィ・コーリナルディ
ヒップホップ、ラップを扱った音楽映画は少なくないが、本作『ビート -心を解き放て-』のユニークなところは、楽曲やリズムなどを制作する“ビートメイカー(トラックメイカー)”を主人公としているところだ。
イリノイ州シカゴでは近年、犯罪による死亡者数が急増しており、それがイラク戦争の死亡者数を上回っていることから、皮肉を込めて“Chiraq(シャイラク)”と呼ばれることがある。なかでも南部にある地区“サウスサイド”では、子どもの死亡者数も多く、18歳までに死んでしまう場合も少なくないという。
サウスサイドに住む、本作の主人公である少年オーガスト(カリル・エヴァレッジ)は、自らの軽率な行動によって、姉を銃撃事件に巻き込んでしまう。姉の死を間近に見てしまった彼は、自責の念と死への恐怖などから精神的な問題を負い、家の外に出られなくなる。そして、姉の遺した音楽機材と共に自室にこもって、無為に機械をいじり、曲を作るだけの日々を送る。
そこに現れるのは、かつてはアーティストマネージャーだったが、落ち目となって現在は心ならずも学校の職員をしているロメロ(アンソニー・アンダーソン)。不登校の子どもたちを訪問する役目を務める中で、訪問先で出会ったオーガストの、音楽への天才的な才能に気づくことになる。ロメロの手助けによって、自分の才能が活かせる環境へとつながりを持つことや、好きな女の子と付き合いたいなど、少しずつ外の世界に出て行くことができるようになっていくオーガスト。その姿を追っていく本作が描くのは、音楽作りが人間の心を救っていくという過程である。
そう、音楽を聴いた者が救われる描写はいままで多数描かれてきたが、音楽を生み出す者もまた救われるのだ。クリス・ロビンソン監督は、数多くのミュージックビデオやテレビ映画などを手がけており、本作の監督としてはうってつけだといえよう。数々のミュージシャンと交流した監督だからこそ、このような音楽の持つ奇跡の力を、ミュージシャンの側からの視点で描き得たのだ。
本作に登場するのは、ドラムマシンと呼ばれる、ボタンを押すことで一定のリズムが流れる、音楽制作のための機材だ。シカゴは、犯罪が多発する環境に則したギャングスタラップでも有名だが、ドラムマシンなどを利用した“ハウスミュージック”と呼ばれる音楽ジャンルの発祥地であるとされてもいる。
2011年頃から活動を開始した、やはりシカゴ出身のアーティスト、チャンス・ザ・ラッパーは、オーガストのように学生時代にインストゥルメンタルのヒップホップの楽曲制作にはまり、高校生のときに停学処分を受けた期間、部屋にこもって曲作りに集中したことが知られている。レーベルと契約せず、有名なラッパーなどとコラボレーションを行いながらインディーズのまま活動し続け、個性が輝く洗練された音によってグラミー賞を獲得するまでになった、新しい世代を象徴するチャンス・ザ・ラッパーは、オーガストの将来の可能性を示すロールモデル(手本)になっているように思われる。
シカゴは、子どもたちが犯罪の犠牲になっているという、闇を抱えた街だが、このようにユニークな音楽を生み出した土地でもある。本作で音楽の可能性が描かれたように、子どもたちが自由に自分の才能を伸ばせる環境や選択肢があれば、傷つけ合い殺し合うような事件は減少していくのではないだろうか。『ビート』は、個性を生かした新しい音楽を追求していく一人の少年の心の解放を表現することで、社会の改善と、子どもたちの明るい未来を願う作品でもあるのだ。(小野寺系)