間違いなしの神配信映画『HOMECOMING:ビヨンセ・ライブ作品』Netflix
神配信映画
音楽編 連載第8回(最終回)
ここ最近ネット配信映画に名作が増えてきた。NetflixやAmazonなどのオリジナルを含め、劇場未公開映画でネット視聴できるハズレなしの鉄板映画を紹介する。今回は音楽編として、全8作品、毎日1作品のレビューをお送りする。
コーチェラをメッセージ発信の場として捉えたビヨンセの生き様
『HOMECOMING:ビヨンセ・ライブ作品』Netflix
上映時間:137分
2018年、米最大級の音楽フェスティバル「コーチェラ」にヘッドライナーとして出演し、圧巻のステージを繰り広げたビヨンセ。アメリカだけでなく、全世界から注目を集め「ベイチェラ」とも呼ばれたこの時のステージは、「歴史的パフォーマンス」と話題となった。
その一部始終を追ったNetflixのドキュメンタリー映画『HOMECOMING:ビヨンセ・ライブ作品』もまた、第71回エミー賞のバラエティ・スペシャル部門にて作品賞を含む6部門にノミネートされ、パフォーマンスの裏に隠されたビヨンセの並々ならぬ決意を世に知らしめたのである。
昨今あらゆる分野で多様性がうたわれているが、これまでコーチェラでは、観客の多くは白人が占めるとされてきた。そして驚くべきことに、20年に及ぶコーチェラの歴史の中で黒人女性がヘッドライナーを務めたのはビヨンセが初。彼女が見せたステージは、黒人文化を体現した、まさに「ブラック・パワー」という言葉にふさわしいものだった。
彼女がまとって登場した衣装は、黒人女性のアイコンとされてきたエジプト王妃ネフェルティティがモチーフ。自身のヒット曲を中心に披露しつつも「黒人にとっての国歌」といわれる「リフト・エブリー・ボイス・アンド・シング」という楽曲を織り交ぜ、人種的アイデンティティーを高らかに歌い上げる。さらに、彼女が従えるマーチングバンドやダンサーたちも、かつて差別の対象だった黒人に高等教育を与える教育機関「HBCU(歴史的黒人大学)」を彷彿(ほうふつ)とさせるもの。先人たちが作り上げてきたブラック・カルチャーと歴史を絡め、全面に押し出したパフォーマンスを白人観客が多いコーチェラでやってのけたのだ。
また、このドキュメンタリーを通して、歴史的パフォーマンスの全てをビヨンセ自身がコントロールしている様が明かされるのも見どころのひとつ。「ホームカミング」というテーマ設定から、総勢200名を超える出演者、衣装、カメラマンまで全てをプロデュースする様子からは、彼女のプロフェッショナルな一面が垣間見える。劇中でもステージへの思いについて「わたしよりも長く残るものを創造する」と語っており、黒人女性初のヘッドライナーとして、背負ったプレッシャーは並大抵のものではなかったはず。
他にも、ニーナ・シモン、トニ・モリスン、アリス・ウォーカーら著名な黒人活動家たちの言葉を印象的に用いて、ビヨンセは自身の決意をカメラ越しに語りかける。彼女はコーチェラを単なる音楽活動の場としてではなく、社会的メッセージを発信する場として捉えていたのだ。
想定外の双子の妊娠、出産後の心身の変化と格闘しながらも、完璧を求めて日々11時間にも及ぶリハーサルを繰り返したビヨンセ。200名のパフォーマーと共に繰り広げられる「クレイジー・イン・ラブ」「セイ・マイ・ネーム」といった人気曲のステージは、彼女の苦難を微塵も感じさせない圧巻ぶりで、裏側にあるビヨンセのプロフェッショナルさをさらに際立たせる。
夫のジェイ・Zや妹のソランジュ、そしてデスティニーズ・チャイルドの登場に沸き立つ観客の熱気もしっかりとカメラに収められており、ライブ映像としても見応えたっぷりである。
ビヨンセが約2時間のステージで見せた姿は、圧倒的なカリスマ性を持つポップアイコンとしての側面はもちろん、これまで社会で差別を受け、蔑視されてきた黒人たち、そして女性たちの代弁者とも言えるものだった。歴史に残るパフォーマンス、そして裏側に込められた彼女の想いが感じ取れる良質なドキュメンタリー作品である。(中井佑來)