日本公開から20年!『マトリックス』は何がスゴかったのか
9月11日はSF映画の金字塔『マトリックス』が日本で公開されてから20年となる記念日! これを祝して、全米に続き日本でもリバイバル上映が行われている。さらに先日、『マトリックス』シリーズ第4弾の製作も決定! この映画がなぜスゴかったのか、その魅力を改めて振り返る。(平沢薫)
革新的SFアクション映像の幕開け
スゴさその1:世界中で大ブーム!斬新な映像に魅了された
すべての近未来世界像が『ブレードランナー』の影響下にある時期が長く続く中、ついに異なる近未来世界像を出現させたのが、1999年に公開された『マトリックス』だった。ビジュアルと世界観、その両方が革新的かつクールだった。現実だと思っている世界が実は仮想現実だったという物語を、コンピュータ用語や認識論を駆使して描く知的SFに、日本製アニメーションとカンフーアクションを融合させた斬新な映像が、ピタリとハマったのだ。
映像のクールさは冒頭から。モニター上を横に流れるのではなく、縦に流れ落ちるコード。その数字やアルファベットに混じっているのは、日本語のカタカナ。そのインパクトは強く、これ以降、テクノのジャケットやTシャツのデザインに奇妙なカタカナ的図形が描かれるようになった。
そして何より、仮想現実世界で重力を度外視して繰り広げられる、日本アニメとカンフーと最新VFXを融合させた革新的アクションのカッコよさ。これに世界中が熱狂して世界中で大ヒットした。2003年の続編『マトリックス リローデッド』公開時には世界中の注目を集め、同年のカンヌ国際映画祭で特別上映されたほど。全米公開当時、R指定映画の世界興収歴代第1位(※日本ではG指定)を記録した。日本でも『マトリックス リローデッド』公開時には掲示板サイト2ちゃんねる発のコスプレ・オフ会が全国で開催され、渋谷には100人以上のエージェント・スミスのコスプレイヤーが集合するなど社会現象に。
また、同年11月の第3弾『マトリックス レボリューションズ』公開時にはキアヌ・リーヴスらが来日し、歌舞伎町の新宿ミラノ座前に約2,000人のファンが詰めかけ、史上初世界同日&同時刻に行われた公開記念カウントダウンを開催。その取材に海外のメディアが日本にやってくるという異常事態が起きた。まさに世界中で『マトリックス』ブームが巻き起こったのだ。
スゴさその2:オタクをクールに変えた!日本アニメがクールの最先端に
『マトリックス』は、“オタク”と“クール”を結びつけた画期的作品でもあった。何しろ本作は、シカゴ生まれのオタク、ラリー&アンディ・ウォシャウスキー兄弟(今は性転換してラナ&リリー・ウォシャウスキー姉妹)が、自分たちの日本アニメ、コミック、カンフー映画、SF小説などのオタク知識を全部投入して、超クールな世界を創造した作品。この映画以降、オタクがクールなものになり、ほかの監督たちが自分のオタク性をカミングアウトするようになった感がある。
まず映画に色濃く反映されたのは、日本アニメへのオタクぶり。2人が企画提案時にプロデューサーに見せたのが、大友克洋監督の『AKIRA』、押井守監督の『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』、川尻善昭監督の『獣兵衛忍風帖』。そして、「これを実写映画でやりたい」と力説したのだ。完成した映画を観れば、銃弾戦で宙に舞う破片、落下する無数の薬きょう、空中での人間離れした身体の動きなど、日本アニメの影響は絶大だ。
さらに監督兄弟は漫画オタクぶりも発揮して、コミックアーティスト2人をこの映画に巻き込む。「ハードボイルド」のジェフ・ダロウにコンセプチュアル・アートを、マーベルコミックスで「X-MEN」シリーズなどのスティーヴ・スクロースにストーリーボードを依頼したのだ。こうしてアニメやコミックのセンスによる、それまでにない斬新なビジュアルを生み出したのが『マトリックス』だった。
スゴさその3:カンフーアクションとVFXが融合し革新的アクション誕生!
斬新なビジュアルを映像化したのが、監督たちのオタク趣味、香港映画のカンフーアクションと、SF映画のVFX技術だ。カンフー映画のアクションは、ワイヤーで吊られた状態で身体を動かすワイヤーワークを使い、コリオグラフィー=振り付けによって描くもの。『マトリックス』の舞台である重力のない仮想現実世界に、これほど似合うアクションはない。
このアクションを担当したのが、カンフー映画の武術指導の名手であるユエン・ウーピン。彼が出した条件は、主演俳優たちに4か月間の特訓をさせ、彼が納得できた段階で撮影すること。この条件が守られて、SFアニメ感覚とカンフーアクションが融合したまったく新しいアクションが完成した。筋肉同士が衝突するアクションではなく、無駄な肉のない身体が重力から解放されて動く姿のクールさで魅せるアクションだ。
そして、この新感覚アクションを完成させたのが、最新VFX技術。中でも有名な技法が“バレットタイム”。被写体はスローモーションで動き、カメラがその周囲を高速で移動するような映像を作り出す技法だ。この技法で描かれた、ネオが上半身を反らせて飛んでくる銃弾を受けるシーンや、ネオとエージェント・スミスが宙に飛び上がったまま銃を撃ち合うシーンのインパクトは強烈だった。
その後、バレットタイムを使った映画は『ソードフィッシュ』『ドリヴン』など何本作られたか数知れず。また、ウーピン自身が参加した『グリーン・デスティニー』『キル・ビル』『カンフーハッスル』をはじめ、カンフーとVFXの融合もアクション映画の定番となった。
ちなみに、このアクションの美学には、衣装も貢献している。長いコートや、足元まである裾がひるがえる中国服のような衣装が、宙に舞う身体をより優美に見せてくれるのだ。この影響も大きく、有名なのはクリスチャン・ベイル演じる主人公の服がそっくりな『リベリオン』。最近の映画にも影響はあり、韓国SF映画『神と共に 第一章:罪と罰』『神と共に 第二章:因と縁』に、よく似た衣装が登場する。
スゴさその4:コンピュータ用語&現代思想用語が頻出!知性を刺激するSF世界!
ビジュアルと同時に、知的刺激を与えてくれるのも『マトリックス』シリーズのだいご味の一つ。モーフィアスやネブカドネザルなど、神話や歴史からの引用が続々。監督たちのSF小説オタクぶりも反映されて、ストーリーの中心にある「リアルとは何か?」という問いは、『ブレードランナー』の原作でも知られる人気SF作家フィリップ・K・ディックが追求し続けたテーマ。主人公ネオの口がなくなるシーンはハーラン・エリスンの短編小説「おれには口がない、それでもおれは叫ぶ」が元ネタという説もある。
さらに、プログラムされた仮想空間が描かれるので、コンピュータ用語や現代思想用語も登場する。ソース、バックドア、クッキーなどが、仮想現実世界で意外な形で登場する。
また、監督たちがキャストやスタッフに読むようにと勧めたのが、フランスの哲学者ジャン・ボードリヤールの著作「シュミラークルとシミュレーション」。モーフィアスがネオに言うセリフ「ようこそ、現実の不毛地帯へ(Welcome to the desert of the real)」はこの著作からの引用だとか。ほかにも、システムを永続させるための方法を考察する、米「WIRED」誌創刊編集長ケヴィン・ケリーの著作「『複雑系』を超えて」を勧めたとか。
そして公開後にメイキング本ではなく研究書として、ウィリアム・アーウィンの「マトリックスの哲学」「マトリックス完全分析」などが日本でも翻訳刊行された。こんな現象が起きた映画は『マトリックス』だけだろう。
スゴさその5:キアヌの再ブレイクも『マトリックス』効果?
キアヌが大ブレイクしたのは『マトリックス』シリーズで、再ブレイクしたのが『ジョン・ウィック』シリーズだが、これも『マトリックス』のおかげかもしれない。実は『ジョン・ウィック』シリーズの監督チャド・スタエルスキは、『マトリックス』シリーズでキアヌのスタントダブルだった人物で、当時からの盟友なのだ。
2人が組んだ『ジョン・ウィック』シリーズは大ヒット。この10月4日日本公開の最新作『ジョン・ウィック:パラベラム』の特報には、『マトリックス』と同じセリフが登場してファンをニヤリとさせてくれる。「何が欲しい?」と聞かれてキアヌが答える「銃をくれ どっさりと(Guns Lots of Guns)」は、『マトリックス』でモーフィアスを救うための戦いに向かうネオが、タンクに「奇跡のほかに欲しいものは?」と聞かれた時の返事と同じだ。
スゴさその6:『マトリックス』第4弾にオリジナルのクリエイターが再結集!
そして先日、第4弾の2022年全米公開が公式発表された。ストーリーは未発表だが、期待せずにはいられない。なぜなら『マトリックス』シリーズを創造したクリエイターたちが再結集するからだ。まず、キャストには主演の2人、キアヌとキャリー=アン・モスが決定。監督はウォシャウスキーの兄/姉の方、ラナ・ウォシャウスキー。兄弟は性転換して姉妹になったが、クリエイターとしての活動は途切れていない。『マトリックス』世界の創造主であり、これ以上の適任者はいない。さらに、前出したコミック作家のジェフ・ダロウとスティーヴ・スクロースも、同じ役割で再結集する。撮影は監督と『クラウド アトラス』『ジュピター』で組んだジョン・トール。監督と一緒に脚本を担当するのは「センス8」シリーズで組んだアレクサンダル・ヘモンとデヴィッド・ミッチェルだ。
この顔ぶれを見ると、ウォシャウスキー監督が仲間を集めて、『マトリックス』世界をアップグレードし、2022年仕様に最適化しようとしているのではないか。そんな期待が膨らんでくる。
お詫びと訂正:初出時に一部事実誤認があったため、訂正してお詫びいたします。