『人間失格 太宰治と3人の女たち』小栗旬 単独インタビュー
太宰治はかなり忙しい人
取材・文:轟夕起夫 写真:尾鷲陽介
今年は文豪・太宰治の生誕110周年にあたる。そんなスペシャルイヤーに公開される映画が『人間失格 太宰治と3人の女たち』。構想7年、世界で活躍する写真家・蜷川実花がメガホンを取り、そのスキャンダラスな恋と人生をスクリーンに凝縮してみせる。そして、直々の指名を受けて太宰役に挑んだのは小栗旬。文学界きってのセンセーショナルなスターを演じるとあって大幅な減量も行い、身も心も捧げた彼が語った。
撮影後に大きく変わった太宰の印象
Q:そもそも、太宰治とその作品に対して、どのようなイメージを持たれていましたか。
代表作の「人間失格」をはじめ、学生時代にいくつかの小説を読んだ印象で言いますと、繊細でもろい人……でしょうか。当時は太宰の分身である主人公を通し、自意識過剰なところであったり、わざと道化的に振る舞う部分が心に突き刺さってきて、まるで自分のことを書かれているような気がしました。
Q:では、撮影後はどうでしょう?
大きく変わりましたね。作品とは裏腹に本人はいたって明るく、ユーモアに満ちあふれ、ひょうきんな人だったようです。自分をネタにし、人を笑わせることが好きだったという記録も残っていて、とてもユニークな作家。道化をあえて演じてみせる感覚が現代的なんです。ただし女性関係はなかなかのクズですよね(笑)。でも「好きか嫌いか?」と訊かれたら僕は好きです。そこも含めて人間臭いなあと思うので。今回はエンターテインメントとして、「かつてこういう稀有な人物がいた」ということをお客さんに届けられる喜びがありました。
Q:実在の人物ゆえに、取り組むのはいつも以上に難しかったのでは?
そうですね。写真は残っているのですが、肉声や動いている映像がないんですよ。参考として、生前を知る方々によって語られた太宰治像を手掛かりにしたのですが、考えようによっては逆に、しっかりとした実体がないぶん、演じやすさもありましたかね。
背中を押してくれた監督の言葉
Q:蜷川実花監督の映画には『さくらん』(2007)や『Diner ダイナー』(2019)にも出演されていますが、本作ではがっぷり四つに組まれていますね。
いろいろとお話をする時間がありましたが、一番背中を押してくれたのは、どう演じたらよいのか僕が悩んでいたときにかけてくれた言葉。「小栗くんがつくっていく太宰治でいいんじゃない」って。例えば、太宰は右利きで僕は左利きなんですけど、小説の執筆シーンがあった場合、史実通りにやるならば事前に練習をしなければならない。でもこの作品は太宰の人生をもとにしたフィクションなのだからそのままでいい、と。“左利きの太宰治”というのは結構チャレンジングなことだと思います。
Q:太宰は、家庭がありながら型破りな生き方を貫いていきますが、小栗さんの目にはどう映っていますか?
僕らのような仕事をしている人間もそうですが、クリエイターやアーティストって創作上の悩みが尽きないじゃないですか。極端ですけど私生活が充ち足りすぎていると、刺激的な仕事ができないという方もいる。太宰もそうで、彼はそれを突き詰めていくんですよね。そして奥さんに「壊しなさい、私たちを。壊して本当の傑作を書きなさい」と言われ、愛する家族を解体しながら「人間失格」を書く。これはこの映画なりの解釈ですが、深いなあと感じました。
Q:書斎で執筆に没頭する太宰を中心に、その解体の過程を屋台崩しのように描き出していくシーンはスリリングで、蜷川監督ならではのセンスが炸裂していました!
スクラップ&ビルド、「壊すこと」と「つくりだすこと」のせめぎ合いですよね。あれは監督がとりわけこだわられたシーンで、撮影現場ではぶっ飛びすぎていて正直よくわからなかったのですが、完成作を観たら「なるほど、こういうことをやりたかったのか!」と興奮しました。監督と初めて組まれた名カメラマン、近藤龍人さんとのマッチングも素晴らしかったです。
女性たちの間を行き来する“忙しい”人生
Q:改めて、蜷川監督の演出、映画作りの抜きん出ている点はどんなところでしょうか?
強い作家性ですね。特徴的な色使い、色彩美は蜷川実花というクリエイターを語る際の代名詞ですが、もう一つ、尖ったパンク精神を持っている方なんです。たとえセオリーから外れていても自分の感性を信じて突き進んでいく。そういう姿勢も優れているところなんじゃないかなあと思います。この作品では監督であるだけでなく、母親で女性でもあるという点もまた、「太宰治と3人の女たち」を描くことの強みになった気がします。
Q:正妻の津島美知子(宮沢りえ)、作家志望で愛人の太田静子(沢尻エリカ)、そして最後の女・山崎富栄(二階堂ふみ)、全員に気持ちが入っていますね。
その3人との関わりから、多様な太宰治像が浮かび上がってくるんです。それにしても映画の後半は彼女たちの間を行き来し、太宰はかなり“忙しい人”になっていく。これは史実に即しているのですが「一体、いつ小説を書いていたんだろう?」と監督が不思議がっていました。本当にそうで、必死に机に向かい、夜な夜な外で酒を飲み、恋もして……と大変な人生ですよ(笑)。
Q:美知子役の宮沢さん、静子役の沢尻さん、富栄役の二階堂さん、お三方とのラブシーンも話題ですね。
僕はこれまで、濡れ場と言われるシーンをほとんどやったことがなくて。とにかく相手の皆さんが不快にならないよう努めました。撮影では一挙手一投足、息を合わせていく“ダンス”みたいな感覚でしたね。
ある意味ではハッピーエンド
Q:映画では、有名な入水シーンも描かれます。
あくまで想像ですけど、太宰自身は死ぬつもりはなかったと思います。“生”にしっかりとしがみついていた人だったので。
Q:蜷川監督は「本作はハッピーエンド」だと明言されていますが、小栗さんは?
僕もそう思います。一見、太宰に振り回されている妻の美知子も愛人の静子も、最後には欲しいものを手に入れる。富栄もそうで、3人の女性たちがそれぞれ、自分の目的を達成するというお話でもあるんです。
Q:撮影中は、「最高の孤独とは一体どこに存在しているのか。手に入るものなのか」を日々感じながら演じられたそうですね。
ええ、ずーっと孤独を噛みしめていました。太宰は、自分のことを完全に理解してくれる人間なんて一生現れないと、どこか諦観している。よく実人生で「わびしい」という言葉を吐いていたそうですが、人と会ったり、過ごす時間が増えれば増えるほど、妙に孤独が募ることってあるじゃないですか。わかり合っていてもふと離れてしまう気持ち……そんな避けがたい“孤独の本質”ととことん付き合い、文章にし続けたのが太宰治の生き方だったと思うんですよね。
現在、小栗旬は36歳。映画の中には38~39歳までの太宰治が登場する。「体当たりとはまた違うんですけど、自分がこれまで会得してきたものを、太宰を通じて解放させてもらった感じ」実年齢と近く、さまざまな人生経験を積んだ今だからこそ演じることのできた役柄と巡り合った、と力強く言う。蜷川監督のもと、円熟味を増しつつアグレッシブな、30代後半に差し掛かっていく小栗の魅力を存分に堪能できる作品が誕生した。
(C) 2019『人間失格』製作委員会
映画『人間失格 太宰治と3人の女たち』は9月13日より全国公開