『記憶にございません!』中井貴一 単独インタビュー
コメディーは役者として修業の場
取材・文:坂田正樹 写真:橋本龍二
国民から全く支持されない不人気総理が、演説中に石を投げられ頭に命中。記憶喪失に陥った。一夜にして悪徳政治家から普通のおじさんに変貌した彼は、秘書官たちに支えられながら、なんとか公務をこなしていくが……? 構想13年、三谷幸喜監督が練り上げたオリジナル脚本をついに映画化。支持率2.3%の黒田総理を演じるのは、『ステキな金縛り』でシリアスとコミカルを巧みに演じ分けた中井貴一。俳優生活38年の大ベテランが、コメディーの難しさ、盟友・三谷監督との不思議な関係性について語った。
政界を「笑い」で描くという三谷流
Q:不人気総理・黒田啓介が記憶喪失によって初心から出直す、という設定が絶妙でした。脚本を読まれたとき、どんな印象を持ちましたか?
実に三谷さんらしいなと思いました。政界ものは、リアリティーを追求すると、シビアな内容になりがちですが、それを一番落差のあるコメディーに引きずり込んで、笑いで描こうとするところは、まさに三谷流。「うまいところを突いてくるな」と思いました。政界を生き抜くことに必死になりすぎて、いつの間にか悪い方向に向かってしまった一人の政治家が、記憶喪失のおかげで、子供のころの気持ちに戻って再出発する……僕はすごく素敵な物語だと思いましたね。
Q:国内外のさまざまな問題で政界が揺れ動くなか、タイムリーな感じもしました。
そうですね。でも、三谷さんは、この企画を10年以上前から考えていたそうなので、タイムリーではないみたいです(笑)。時事ネタを入れたり、風刺したり、そういう要素も一切ないし、何かを狙った形跡もない。時代を特定しないところも三谷さんらしいですね。
上質な脚本があれば役者は何もしなくていい
Q:記憶を失う前と後の黒田総理を演じるうえで、意識したことはありますか?
悪態ばかりついて国民から嫌われている記憶喪失前の黒田総理は、かなり強めに演じましたが、記憶喪失後は、僕の方からあえて変化をつけないようにしようと思いました。物語の流れのなかで、三谷さんとその都度、話し合いながら作っていったので、難しさはなかったですね。むしろ、とてもやりやすかったです。
Q:くしくも安倍総理と中井さんは同じ大学の先輩・後輩に当たりますが、意識したこと、参考にしたことはありますか?
全くなかったです。安倍総理だけでなく、「歴代総理の誰かをモデルにしたか?」とよく聞かれるんですが、そもそもこの映画の舞台はどこなのか。日本語を話しているから日本人ということは間違いないですが、どこの国の話なのかは明確にされていません。支持率2.3%の内閣が存続していること自体もあり得ないので、全くゼロの状態から三谷さんと作り上げていった感じです。
Q:三谷監督は、中井さんを当て書きしたそうですね。つまり、黒田総理のベースは中井さんご自身だと。
結果的にはそういうことになりますね。ただ、三谷流の当て書きは、この人にこれをやらせたら「面白いだろうな」という発想が基点になっていると思うんです。例えば、「このクソ野郎が!」「うるせぇな!」とか、悪態をつく総理を僕にやらせたらどうなるのか……という好奇心が三谷さんのなかにある。だからといって、「何か面白いことをしなきゃいけない」とか、余計なことを考える必要はありません。とにかく脚本がよくできているので、物語に沿って役にきちんと向き合っていれば、三谷さんが自然と笑いの世界に導いてくれる。そこがまた、すごいところでもあるんです。上質なコメディー脚本があれば、役者は何もしなくても面白くなる、これに尽きると思いますね。
コメディー映画はまるで打ち上げ花火のよう
Q:コメディー映画はお好きですか?
あくまでも役者としてですが、コメディーが好きというよりも、「難しいからこそあえて挑戦している」と言った方が正しいかもしれないですね。コメディーって、0.01秒とか、ほんのわずかな間尺が、笑いにつながるか、つながらないかを左右します。悲劇では1秒、2秒の遅れは、ほとんど問題ない。だから、常に自分の心のなかで、精密なリズムをコメディーというもので培っておけば、よりベストな状態で悲劇にもいけるし、普通のお芝居にも入りやすくなる。そういった意味では修行の場でもあるんです。
Q:三谷監督のコメディーは、とくに絶妙な間尺がないと成り立たないですよね。
作品によっては、役者が必死に頑張って笑いを生み出すものもありますが、三谷さんの作品に限って言えば、役者は「コメディーをやらない」という意識で臨む方がベスト。余計なことは一切しない。だからこそ、間尺の取り方がとても重要になってきます。
Q:作り手は大変だと思いますが、本作を観て「コメディーっていいな」と改めて思いました。
本当ですか? その言葉が何よりも嬉しいですね。コメディーが評価されづらいことは十分わかっているんですが、暗いニュースばかり流れている時代のなかで、映画館にいる間だけでも思いっきり笑ってほしい、という思いもあるんです。人生を変えるような感動の名作もいいですが、2時間笑って、忘れ去られていくもの、それも映画かなって気がします。役者としては難しい仕事だけれど、あえてそこに挑戦し、お客さんに楽しんでいただく。何というか、打ち上げ花火と似ていますよね。見学する人は「わぁ、綺麗」で終わりだけれど、花火師さんたちは、「いやぁ、あの色を出すのはとっても大変」と苦労を口にする。でもどこか、満足そう。この映画も、まさに打ち上げ花火と同じ気持ちです。
同学年の三谷監督とは真逆の性格
Q:三谷作品には多数出演されていますが、中井さんにとって三谷監督はどんな存在ですか?
育ってきた街の色合いや空気感とか、環境的なものは、ちょっと似ているのかな。でも、同じ屋根の下で育った兄弟でも違いが出るように、三谷さんと僕は性格が全く違う。「学生時代はどうだった?」なんてプライベートなことを話したことはないですが、僕は運動部でしたし、どちらかというとバンカラな方でした。全くタイプが違うからこそ、一緒の仕事場に立ったときに、お互いに刺激し合えるものがあるんだと思います。
Q:ともに1961年生まれで、タイプは違っても、同じ時代を生きてきたという親近感もありますね。
20代、30代のころは、「1961年生まれ」という共通性はあまり感じなかったんですが、年齢を重ねてくると、同じ景色が不思議と見えてくる。例えば、テレビはどの家庭でも宝物で、チャンネル権争いというものが普通に家の中で起こっていた時代。お互いにそんな経験をしてきているので、「テレビはもうダメだ」なんて言われると、すごく寂しくなります。昔はブラウン管のテレビで、消すと点が小さくなるんですが、それをずっと見ていたくらいテレビに夢を持っていた。それは映画に対しても同じなんですよね。
家族の中心にテレビがあり、映画館も人であふれていた時代を、子供のころから見てきた中井。さぞ、郷愁の念で胸がいっぱいかと思いきや、その視線は未来に向いている。コンプライアンスが叫ばれるなか、「作り手も、観る側も、横柄にならず、大人の知力を持って取り組めば、きっと面白い作品ができるはず」。令和のスタートを彩る本作にも、中井の前向きな気概が満ちあふれている。
映画『記憶にございません!』は全国公開中