間違いなしの神配信映画『ウィザード・オブ・ライズ』Amazon Prime Video
神配信映画
エミー賞テレビムービー編 連載第3回(全5回)
ここ最近ネット配信映画に名作が増えてきた。NetflixやAmazonなどのオリジナルを含め、劇場未公開映画でネット視聴できるハズレなしの鉄板映画を紹介する。今回はエミー賞テレビムービー編として、近年の受賞作・候補作から全5作品、毎日1作品のレビューをお送りする。
史上最大の金融詐欺師をロバート・デ・ニーロが怪演!
『ウィザード・オブ・ライズ』Amazon Prime Video
上映時間:132分
監督:バリー・レヴィンソン
出演:ロバート・デ・ニーロ、ミシェル・ファイファー、アレッサンドロ・ニヴォラ
2008年、史上最大の金融詐欺事件が発覚した。650億ドルともいわれている巨大な被害額にも驚くが、世間が衝撃を受けたのは犯人が金融界の超大物だったこと。バーナード・L・マドフは、ナスダックの元会長であり、また自身がCEOを務める「バーナード・マドフ証券投資会社」は全米屈指の大富豪や実業家を顧客に持ち、被害者にはスティーヴン・スピルバーグやケヴィン・ベーコン、さらに日本の大手金融会社も入っていた。
マドフは20年とも30年とも言われる長期間にわたり、ネズミ講に似たポンジ・スキームという古典的詐欺を会社ぐるみで続けていた。50年連れ添った妻や、同じ会社で働いていた2人の息子はまったく知らされていなかったらしい。ケイト・ブランシェットは、ウディ・アレン監督作『ブルージャスミン』(2013)で、夫の金融詐欺に気づかない妻を演じたが、マドフの妻ルースを念頭に置いていたと語っている。
この事件を『レインマン』(1988)のバリー・レヴィンソン監督がHBOのテレビ映画として映像化したのが『ウィザード・オブ・ライズ』(スターチャンネル初放送時の邦題は『嘘の天才 ~史上最大の金融詐欺~』)。2017年のプライムタイム・エミー賞では、リミテッドシリーズ/テレビムービー部門の作品賞、主演男優賞、助演女優賞など4部門にノミネートされている。
物語は、詐欺の発覚を予期したマドフが社員に特別ボーナスを支給しようとしている姿から始まる。この先の騒動を見越して、社員や家族にまとまったカネを残そうとしているのだ。本作の面白さは、冒頭で観ているわれわれも「なぜ?」の嵐の渦中に放り込まれること。マドフの家族も、捜査しているFBIも、ニュースで知る一般大衆も、どうしてこんな犯罪が起きたのかがサッパリわからない。なにせマドフは「金融界の帝王」とまで呼ばれた成功者なのだ。
犯罪の根源を探るミステリーかと思わせて、物語は「ある家族の崩壊」へと舵を切る。帝国の没落。忠誠と裏切り。まるで『ゴッドファーザー』(1972)やシェイクスピア劇を思わせる。違うのは、君臨していた王が周囲のすべてをだましていたニセモノだった、ということだ。
マドフを演じたのはロバート・デ・ニーロ。レヴィンソンとのタッグは『スリーパーズ』(1996)、『ウワサの真相/ワグ・ザ・ドッグ』(1997)、『トラブル・イン・ハリウッド』(2008)に続く4度目。妻のルース役にはミシェル・ファイファーという超豪華な布陣である。
いや、ちょっと待て。豪華と言っても今のデ・ニーロだ。確かにデ・ニーロは数々の伝説的な演技を披露してきた。『ゴッドファーザーPART II』(1974)、『タクシードライバー』(1976)、『レイジング・ブル』(1980)、『アンタッチャブル』(1987)……。その徹底的な役作りは“デ・ニーロ・アプローチ”という言葉を生んだほどだが、それも2000年より前の話。最近のデ・ニーロにかつての凄みを感じたことがあっただろうか。「いつものデ・ニーロ」というセルフパロディー的な印象に落ち着いてはいないか?
しかし本作でのデ・ニーロは別。最初は家族と社員を思いやる詐欺の泥沼に落ちてしまった男。それが次第に尊大で威圧的な顔を見せ、やがて小心さや狡猾(こうかつ)な一面もさらけ出す。しかし、いくら掘り下げてもマドフがどういう人間なのかはつかめない。逆境でも自分を失わないほど心が強靱なのか? 自分が欺いた膨大な数の被害者に対して何を思っているのか? 崩壊させた家族に責任は感じているのか? 実は自己愛ばかりが過剰に強いエゴイスティックなサイコパスなのか? 複雑怪奇なマドフという“虚無”を目の当たりにして感じる静かなスリルが、デ・ニーロの演技を通じて体感できる。名優の真骨頂と呼びたい最後の顔に久しぶりに震えがきた。(村山章)