枠を超え続ける俳優・松坂桃李の10年
メインキャストとして出演した『居眠り磐音』『新聞記者』『蜜蜂と遠雷』、そしてボイスキャストを務めた『HELLO WORLD』と2019年も4作品の映画が公開される松坂桃李。今年は俳優デビューからちょうど10年となります。(村松健太郎)
スタートはサムライヒーロー
特撮ものからブレイクしてというのは今の若手俳優のある種の必勝パターンのようなところもありますが、松坂は文字通り特撮ヒーローで俳優としてデビューしました。それが2009年のスーパー戦隊シリーズ33作目「侍戦隊シンケンジャー」です。本作で志葉丈瑠/シンケンレッドを演じたのが俳優・松坂桃李のスタートでした。
この「侍戦隊シンケンジャー」が異色だったのはレッドと他のメンバーの間に明確な主従関係があったところでした。レッドはリーダー格になりやすいのですが、明確に殿と家臣という図式があるのは非常に珍しい設定です。さらにさらに、丈瑠/レッドは実は一族の後継者の影武者だったということが判明するという驚がくの展開が繰り広げられる物語でした。戦隊モノは一度に変身する人数が多かったり、巨大ロボットパートが必ずあったりと役者が素顔でいる場面が少ないのですが、その中で多くの複雑な感情を抱えたレッド・丈瑠に演技初挑戦で挑んだ松坂の苦労は想像以上のものだったでしょう。
ただ、ここで地金を鍛えられた松坂は一気に映画界に羽ばたいていきます。松坂自身もこの頃のことを語ることが多く、ヒーローならではの凛々しい立ち姿が癖になってしまって、その後の芝居に苦労したというエピソードで多くの笑いを誘いました。
一気に若手俳優のホープへ
2009年~11年にかけて「シンケンジャー」関連の映画に3本出演したのち、2011年の秋から一般映画へ進出。またテレビドラマの「チーム・バチスタ」シリーズにもレギュラー出演するなど、一気に活躍の場を広げていきます。ここからは映画に限っても怒涛の出演ラッシュと言っていい状態に入り、今なおその勢いは続いています。
ドラマに目を向ければ、2012年のNHKの朝の連続テレビ小説「梅ちゃん先生」、2017~2018年の「わろてんか」に出演。大河ドラマでも2014年の「軍師官兵衛」、そして現在放映中の「いだてん ~東京オリムピック噺(ばなし)~」に出演しています。他にも2015年の「サイレーン 刑事×彼女×完全悪女」や今年2019年春の「パーフェクトワールド」などに主演していて、脇に回った作品も含めれば、ドラマでも毎年複数の出演作品がある状態で、これに加えて舞台出演もしているのでその活動力、バイタリティは並大抵のものではありませんね。
映画に絞って作品を追っていくと2011年にシンケンジャーとしての最後の出演作に続いて深作健太監督の『僕たちは世界を変えることができない。 But, we wanna build a school in Cambodia.』に出演。この映画は主演に向井理、共演に柄本佑、窪田正孝といったその後、単独で作品を支えるほどになる若手俳優が名を連ねています。同じ年の『アントキノイノチ』では主役の岡田将生のクラスメイトを演じ、意外に珍しい学生服姿を見せています。
先日日本テレビ系のバラエティー番組「火曜サプライズ」で小栗旬が演技の上手い二人の俳優として松坂桃李と菅田将暉の名前を挙げました。2012年、松坂がその菅田と連続して映画で共演することになります。『麒麟の翼 ~劇場版・新参者~』と『王様とボク』です。二人はどちらでも関係性の深い役どころでした。この二人はその後もコラボレーションが続いていますね。
高校生役はこの2012年の『ツナグ』と『今日、恋をはじめます』までとなっています。前者ではたった一度だけ死んだ人と現世の人とを“繋げる”力を持つ“ツナグ”と呼ばれる青年を演じています。ここではオールスターキャストの“かすがい”役を務め、そうそうたる面々をつなげていきます。また、同居する祖母役が樹木希林ということで文字通り演技派に揉まれることになりました。この時、松坂は樹木を最後までつかめなかったと言っていますが、キャリア3年の俳優とは思えない熱演を見せてくれます。後者の『今日、恋をはじめます』は松坂作品としては唯一のキラキラ青春映画。武井咲演じるさえない女子高生の運命の恋の相手を王子感全開で演じています。
5年目から始まったシフトチェンジ
2013年、俳優デビュー5年目の2本の映画は評価の面では必ずしも芳しくありませんが、挑戦的な作品でした。一つが『ガッチャマン』。伝説のヒーローアニメの実写化作品で綾野剛、鈴木亮平、濱田龍臣、剛力彩芽という今や再現不可能な豪華キャストが集まっています。ここで、松坂はリーダーの健を演じました。何より特筆すべきなのは松坂が改めてヒーロー役に挑んだことでしょう。本作ではワイヤーワークなどの「シンケンジャー」以上のヒーロー演技に挑みました。
もう一つが脇に回った『風俗行ったら人生変わったwww』。2ちゃんねる発信のラブコメディーの本作で、主人公を励ますネット繋がりの友人をコミカルに演じました。改めてのヒーローを演じる一方で同じ年に等身大の今の若者を演じ分けて、役どころのふり幅が広がっていきます。ちょうど連続テレビ小説「梅ちゃん先生」の直後ということも大きいのかもしれませんが、地に足が着いた私たちの暮らす世間の延長線上にいるキャラクターが松坂のレパートリーに増えていきます。
ボイスキャストとしての松坂桃李
今年9月に公開の『HELLO WORLD』でメインキャラクターのボイスキャストを務めている松坂。ここで、ボイスキャスト担当作品に絞って駆け足で見ていきましょう。2012年公開の『ドットハック セカイの向こうに』、2014年の『くるみ割り人形』でメインキャストを演じたほか、人気バンドのドキュメンタリー映画『BUMP OF CHICKEN“WILLPOLIS 2014”劇場版』の山崎貴監督が担当したCGアニメーションパートで主役の声を担当しました。
2016年と18年には、英国紳士の熊が主役のハートフルコメディー『パディントン』1&2の日本語吹き替え版でパディントン役を、さらに公開直前までシークレット扱いだった『デスノート Light up the NEW world』で死神ベポの声を演じています。
『HELLO WORLD』の伊藤智彦監督は『パディントン』の松坂の声に魅了されてオファーを出したと言っています。元々、特撮もの(仮面ライダーやスーパー戦隊)は変身後、中身はスーツアクターに変わりますが、声はアフレコで引き続き俳優が担当しています。松坂もまたシンケンレッドを演じる一方で、一年以上に渡って変身してからのシンケンレッドの声のアフレコをし続けていたのですから、ノウハウは多分にあったということでしょう。他にもゲームの声を担当したりもしていますね。
30代に活かすための武者修行の日々
武者修行の日々。昨年、松坂は30歳を控えて、直前の時間をそう語っています。2014年はレギュラー出演していた医療ドラマシリーズの完結編『チーム・バチスタFINAL ケルベロスの肖像』、以後時折見せる眼鏡姿を披露したコミカルなサスペンス『万能鑑定士Q -モナ・リザの瞳-』に出演。
2015年はさらに怒涛の出演ラッシュで、オーケストラの復活劇的なドラマ『マエストロ!』、人気脚本家・古沢良太による群像コメディー『エイプリルフールズ』、終戦の日を描く大型企画のリメイク作品『日本のいちばん長い日』、綾野剛・木村文乃・菅田将暉と共演した『ピース オブ ケイク』、人気アクション映画の続編『図書館戦争 THE LAST MISSION』、ドラマから映画へと続いた大型プロジェクトの『劇場版 MOZU』の6作品に上ります。
2016年はヒューマンドラマ『人生の約束』、清水玲子の人気コミックを映画化したSFサスペンス『秘密 THE TOP SECRET』でキーパーソンを演じました。舞台と連動した中村勘九郎主演の『真田十勇士』では初演の舞台に引き続き、映画でもクールな霧隠才蔵役がはまりました。また賞レースを賑わした中野量太監督の『湯を沸かすほどの熱い愛』もこの年でした。
2017年は菅田将暉と共演(もう何度目でしょう?)のGReeeeNの誕生秘話を映画化した『キセキ -あの日のソビト-』に出演、冒頭では歌声も披露しています。二つの時代を行き来するサスペンス『ユリゴコロ』では謎を追う役を、そして蒼井優・阿部サダヲのW主演作『彼女がその名を知らない鳥たち』では恐ろしく底の浅い男を演じていい意味で周りを裏切りました。
『彼女が…』の白石和彌監督とは翌年の2018年に『孤狼の血』で再びコンビを組み、この演技で日本アカデミー賞最優秀助演男優賞など多くの映画賞に輝きました。また男娼を演じたR18の『娼年』、ダークヒーローを演じた『不能犯』も2018年です。
等身大のキャラクターから始まる30代の松坂桃李~『蜜蜂と遠雷』
30代に入った今年は、ちょっとトラブルがありましたが主演としては初めての時代劇でタイトルロールを演じた『居眠り磐音』、理想と現実のはざまに揺れる若手官僚を描いた『新聞記者』、『蜜蜂と遠雷』では生活者の音楽を目指し、年齢制限ギリギリのラストチャンスに挑む楽器店店員兼ピアニストの高島明石を演じています。
もちろん、フィクションの中の人物なので、多少はドラマティックな設定ではありますが、『居眠り磐音』の坂崎磐音は脱藩してからは剣の腕を活かして鰻割きや商家の用心棒をしたりして日銭を稼ぎ、住まいは長屋で家賃をねん出するにも四苦八苦する不器用なお侍です(期せずして10年目でまたサムライを演じていますね)。『新聞記者』の若手官僚の杉原はエリート・出世組ではありますが、身重の妻も抱え理想と現実に悩む姿は年相応の一人の人間に見えます。
そして『蜜蜂と遠雷』です。この映画では松坂以外のメインキャスト(松岡茉優、森崎ウィン、鈴鹿央士)が演じるキャラクターが別次元の住人とも言うべき天才たちで、松坂演じる高島明石は彼らと対になる非天才キャラクターとなっています。眼鏡姿の高島は“生活者の音楽”を目指して年齢制限ギリギリの枠でピアノコンクールに挑む男で、普段は楽器店の店員で妻子のある身でもあります。30歳になったこともあるのか『新聞記者』に続いてここでも家庭人の役です。天才に揉まれる高島は天才たち過ごすことで目に見えない、そして絶対に超えられない一線を実感します。この時のある意味、割り切れたさばさばとした普通の人間の表情は私たちと同じ側の人間であることを端的に伝える絶妙な演技でした。タイプの違う天才たちの戦いを見守る高島は私たちと同じ視点を持っているキャラでついつい感情移入してしまいます。
サムライヒーローから10年が経ち、俳優としてのふり幅がどんどん広がっていく松坂桃李。これから先、どんな場でどんな顔で私たちの前に登場するのか楽しみが続きます。