こんなにあった!『ジョーカー』名作映画へのオマージュまとめ
第76回ベネチア国際映画祭で金獅子賞(グランプリ)を受賞し、今年のオスカーレースにも名乗りを上げた映画『ジョーカー』。日本を含め世界同時公開が始まり、熱狂が広がるなか、過去の名作映画へのオマージュも話題になっています。あらためて、ここではどんな作品とつながりがあるのか紹介していきましょう。(文・斉藤博昭)
(以下、映画のネタバレを一部含むため、映画鑑賞後にお読みいただくことをおすすめします)
『ジョーカー』の舞台は1981年のゴッサムシティということで、トッド・フィリップス監督は、自身が若い頃に観た1970~80年代の映画のビジュアルやムード、作風を意識したと語っています。完成版が披露される以前の、予告編が流れ始めた頃からオマージュが明白だった作品が、マーティン・スコセッシ監督の『タクシードライバー』(1976)でした。
『ジョーカー』の主人公アーサー・フレックはピエロのメイクをした大道芸人ですが、「余計なことを口に出す」「関係ないところで笑ってしまう」というトゥレット障害のために社会から「不適合者」とされ、鬱屈(うっくつ)した日々を送っています。『タクシードライバー』の主人公トラヴィスは、世の中への不満を募らせ、自ら武装して政治家の暗殺をもくろみます。
モヒカンにサングラスという“他者から浮いた”トラヴィスの外見を、アーサーのピエロメイクと重ねることもできるでしょう。抑圧された者が「個」の力で反乱を起こす過程が両主人公に共通しているうえに、アーサーがシングルマザーのソフィーに寄せる想いも、どこかトラヴィスと似ています。何より、アーサーが手で拳銃のようなポーズをとるなど、もろに『タクシードライバー』が意識された描写もありますし、主人公のアップを撮る際のカメラワークにも強烈なオマージュが感じられます。
こうした反逆の主人公は過去の映画にもたくさんいましたが、『タクシードライバー』でトラヴィスを演じたロバート・デ・ニーロが『ジョーカー』に出演したことで、今回のオマージュは明白になりました。そのデ・ニーロの役どころを考えれば、同じスコセッシ監督、デ・ニーロ主演の『キング・オブ・コメディ』(1983)からの影響はより濃厚です。
『ジョーカー』でデ・ニーロが演じているマレー・フランクリンは人気トーク番組の司会者で、アーサーもコメディアンとしてそのショーに憧れを抱いています。『キング・オブ・コメディ』でのデ・ニーロの役は、テレビのトーク番組の司会者に自分を売り込み、うまくいかずに司会者を誘拐してしまうコメディアン志望のルパート・パプキン。母親と二人暮らしで、自室でトーク番組の司会者になりきる姿など、その境遇は、アーサーとそっくりです。『ジョーカー』でのマレーのトーク番組は、明らかに『キング・オブ・コメディ』の番組を意識したセットだったりして、オマージュという域を超え、「モチーフ」と言ってもいいかもしれません。
スコセッシ監督とデ・ニーロの作品でいえば、アーサー/ジョーカー役のホアキン・フェニックスにとって、俳優の原点になった作品が『レイジング・ブル』(1980)というのも運命的です。ホアキンが15歳か16歳の頃、兄のリヴァー・フェニックスにVHSビデオで見せてもらったという同作は、デ・ニーロの極端な体重の増減が“デ・ニーロ・アプローチ”として話題になりましたが、ホアキンも『ジョーカー』で24キロもの減量で役づくりしたことで、リスペクトは明らかなのです。
こうしたデ・ニーロの作品ほどあからさまではありませんが、1970~80年代の映画からは『ネットワーク』(1976)や『狼たちの午後』(1975)のムード、主人公像が意識されていますし、舞台が1981年のゴッサムシティということで、劇中では『ミッドナイトクロス』(1981)が映画館で上映されています。深読みすれば、同作は大統領候補の暗殺やニュースキャスターも登場するので、『タクシードライバー』や『キング・オブ・コメディ』との間接的なリンクが意識されているのです。
また、映画史に残る喜劇王チャールズ・チャップリンへのオマージュも感じられます。白塗りのコメディアンという点はもちろんのこと、『ジョーカー』の予告編で使われた楽曲「スマイル」は、チャップリンの代表作のひとつ『モダン・タイムス』(1936)のエンディング曲。チャップリン自身が作曲したもので、同作ではインストゥルメンタルで流れます。その後、つけられた歌詞は「どんなにつらくても微笑めば(スマイル)乗り越えられる」というメッセージで、アーサーのキャラクターをどこかシニカルに代弁しています。
その『モダン・タイムス』は単純作業を強いられる工員の運命を皮肉ったコメディーですが、主人公がデモ隊のリーダーと間違えられて逮捕されるなど、格差社会や、知らずに人々を扇動する危うさなど、『ジョーカー』に与えた影響を見いだすことができます。
もちろん、過去の『バットマン』映画へのオマージュもあります。しかし、ジョーカーの物語なのでこれは「当然」のリンクであり、どこまでオマージュと呼ぶかは人それぞれでしょう。ブルース・ウェインとつながるシーンは、ティム・バートン版の『バットマン』(1989)によく似ていますし、パトカーを使った疾走シーンに『ダークナイト』(2008)でのヒース・レジャー版ジョーカーが蘇るかもしれません。具体的なつながりでは、『ダークナイト ライジング』(2012)に議員役で出ていたブレット・カレンが『ジョーカー』でブルース・ウェインの父トーマスとして登場しています。
最後に細かいオマージュですが、アーサーが地下鉄で男たちに絡まれるシーンで、彼らがからかうように歌うのが「悲しみのクラウン」。クラウン=道化師ということですが、これはミュージカル「リトル・ナイト・ミュージック」のために書かれた名曲で、舞台版が1973年初演、エリザベス・テイラー主演の映画版(日本では劇場未公開)が1977年公開と、やはり70年代が意識されたチョイスです。作詞・作曲は『スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師』『イントゥ・ザ・ウッズ』などで知られるブロードウェイの“レジェンド”、スティーヴン・ソンドハイム。歌詞の内容はいくつかの解釈ができる複雑なものですが、「道化師を連れてきてほしい」と、世の中がピエロのようなジョーカーを求めていることが察せられる内容です。この曲はエンドクレジットでも流れ、ジョーカーがこの後、ゴッサムシティを支配するのでは……と想像力をかき立ててくれるのです。