アニメ業界の未来を支える学生アニメーションの最前線
ぐるっと!世界の映画祭
【第87回】(日本)
悲しい事件も含めて、アヌシー国際アニメーション映画祭(フランス)での日本特集にNHKの連続テレビ小説「なつぞら」、そして新海誠監督『天気の子』の大ヒットと、今年はアニメが日本の文化であることを広く世界に認知させた年だった。その未来を担う教育現場はいかに? というわけで、国内外の教育機関で制作された学生アニメの祭典インター・カレッジ・アニメーション・フェスティバル2019(以下、ICAF)が9月26日~29日、東京・国立新美術館で開催。映画ジャーナリストの中山治美がリポートします。(取材・文・写真:中山治美)
今だからこそアニメの力を!
日本でのアニメーション教育の歴史はまだ浅い。専門学校でのアニメーション教育は1960年代から行われていたが、大学にアニメーション専門の教育課程が開設されたのは2003年のこと。東京工芸大学、東京造形大学、京都造形芸術大学の3大学にアニメーション学科やアニメーション専攻領域が設けられた。
ICAFの創設もその気運と連動しており、2002年にスタート。第1回の参加校数は国内11校と海外の3校。第17回を迎えた今年は日本から25校が参加と成長し、海外からもデンマークのTAW(アニメーション・ワークショップ)とデンマーク国立映画学校およびイスラエルのべツァルエル美術デザイン学院、さらに韓国で行われている漫画アニメーション最強戦から受賞作を集めたプログラムも組まれた。中でも韓国との交流は長く、第1回は世宗大学が参加。以降、プチョン国際学生アニメーション・フェスティバル、祥明大学、そして2016年から韓国漫画アニメーション最強戦へと続いており、日本からもICAFの受賞作が上映されたり、関係者が参加している。
しかし今年に入り、日韓関係が悪化し、韓国では『映画ドラえもん のび太の月面探査記』の公開が延期になったり、チェチョン国際音楽映画祭では日本映画の上映に市民からクレームが入ったという。それだけにICAFへの参加に問題がないか、担当の東京造形大学の小出正志教授は念のため、出品協力してくれている韓国インディペンデント・アニメーション協会(KIAFA)に確認の連絡をしたという。KIAFAの担当者からは「むしろこういう時期だからいつも通り一緒にやりましょう」という返事があったという。
「アニメというのは割と不寛容な時代でもその壁を越えてしまうもの。先方も『政治が一番遅れていて、文化の方が進んでいるもの』と語っていました」(小出教授)
17年間築き上げてきた歴史の重みを実感した。
あふれ出る大学のカラーを楽しむプログラム
プログラムのメインは、学校ごとの卒業制作や授業課題の上映だ。単純に美術系の学校だけでなく、広く映像・アニメーション教育が行われていることに昭和世代の筆者はうらやましくもあり、隔世の感を禁じ得ない。美術系学校をよく知る人なら「ムサビっぽい」とか「多摩美らしい」とか学校のカラーを楽しめるに違いない。
筆者が関心を抱いたのは北海道教育大学岩見沢校芸術・スポーツ文化学科に設けられているメディア・タイムアートコースで、毎年4、5人がアニメーションを自身の表現として専攻しているという。メディア・タイムアートを大学の公式サイトの解説に則り要約すると、「新たなメディアを積極的に取り入れて表現するメディア・アートと、映像やアニメーションに代表されるような時間軸を持った表現のタイム・アートの双方を掛け合わせることで新たな表現を提案する」。
他の学校のプログラムではジャパニメーションの影響を受けた作品が多数見受けられるが、北海道教育大学岩見沢校では自身のパーソナルな問題をテーマにした自主制作をICAFに出品しているそうで、版画技法や手描きなどアナログな手法によるポエティックな作品群に心惹かれた。
海外プログラムはさらにお国柄を感じ、デンマークではトロール(妖精)、戦争が身近にあるイスラエルの作品には兵士が主人公の作品が登場する。来日したイスラエル・ベツァルエル美術デザイン学院のロニー・オーレン教授は教育方針について問われると「学生には技術は作品の中身を良くするために存在するもので、まず、中身をよく考えるようにと指導しています。そのために彼らには、常々、自分や環境、文化について問いかけることを求めています。われわれは学生に、(映像表現を使って)自分の言語を作っていくことを奨励しています」と語った。これって、すべての創作活動に通じるものでは? 奥が深い。
観客賞1位は中国からの留学生
観客賞は、各出品校の先生が1校1作のみ推薦した選抜プログラムに選ばれた作品が対象。計25作を上映し、1作の上映が終わるたびに10秒間の採点タイムが入るという仕組み。その間、観客は入場時に手渡されたマークシート式の採点表に記入していく。おのずと1作1作を真剣に観なければ! という気持ちにさせられる。このシステム、良い!
結果は次の通り。
1位:多摩美術大学・周小琳 『四月』
2位:東京造形大学・江連秋 『to bee continued』
3位:アート・アニメーションのちいさな学校・佐藤亮、田代彩菜、植村真史 『I SEE YOU』
4位:東京藝術大学・キヤマミズキ 『くじらの湯』
5位:武蔵野美術大学・松島友恵 『ほぼ完全に空洞になった都市』
周さんは中国からの留学生で、『四月』は多摩美術大学の修了作品だ。カットアウト(切り絵)の手法を使い、双子のお姉さんの後を追って通学していた子供時代の思い出を繊細に、丁寧に表現した美しい作品だ。プレゼンターを務めた日本アニメーション協会・古川タク会長も大絶賛。
ICAFはスポンサー企業提供の副賞も充実していて、周さんにはデル社のノートPCや、豪州の映像機材開発会社ブラックマジックデザインのプロ仕様の動画編集ソフトなどが贈られた。
実際、映像業界の注目度は高く、ICAF卒業生によるトークイベントに登壇した映像作家・田中紫紋によると、出品作品がICAFに観客として参加していたテレビ朝日「報道ステーション」の担当者の目に留まり、同番組のオープニング映像を手がけるに至ったという。受賞者の名前を記憶に留めたい。
“とらのあな”はアツかった
ICAFは上映だけでなく、学生と企業の交流会「とらのゆめ」やICAF卒業生たちのトークイベント「とらのみち」と、卒業後の進路を考慮するのに最適な特別プログラムも設けられていた。
ただ肝心な学生の参加が思いのほか、少なかったのが残念。創作活動の世界は、誰もがプロの道に進めるワケではない厳しい世界。なので、学校の授業では教えてもらえない現実を知るのは、アートを生かせる職業を模索する上でも参考になっただろう。
筆者などは、こういう場を用意したICAF実行委員を務める幹事校教授陣の愛情と熱意を感じて、それだけで胸がジーンとしてしまったのだが。
同様に、アニメーション界の先輩方の愛情を感じたのが、学生アニメーション持ち込み上映と講評を行う、題して「ICAFとらのあな」。講師を務めたアニメーション作家で東京造形大学講師の池田爆発郎、漫画家・絵本作家・アニメーション作家のクリハラタカシ、アニメーション監督・森田宏幸、イスラエルのロニー・オーレン教授の愛情あふれる言葉の数々に、これまた感動。
実は担当の東京工芸大学・山中幸生准教授から講師陣に「生徒たちをあまり傷つけないように」という要請があったようなのだが、それも杞憂に終わるほど持ち込まれた作品が素晴らしかったのだ。
中でもオーレン教授が「ドローイング、演出、ストーリーのすべてに才能を感じる」と述べ、他の講師陣も絵の巧みさに唸ったのが、東京造形大学3年・淵本宗平さんの『せのび』。身長の低さを悩んでいる少年をネズミで擬人化し、そのコンプレックスが自身の個性なのだと捉えるまでの心の成長をスタイリッシュに描いた5分の作品だ。
バイタリティーに圧倒された作品もあった。筑波大学2年生・比留間未桜さんの『ひかげのほとり』だ。比留間さんは高校生の頃からICAFに参加しており、筑波大学は参加校ではないことから「とらのあな」に作品を持ち込んだという。
作品は浴室を舞台にした、人の汚れを糧として生きる小人たちとカビ菌とのバトルをジャパニメーションのテイストで描いたもの。たった一人で1年かけて10分の作品に仕上げ、この映像素材を無料でアニメーション学校に提供する代わりに、声優の卵たちに声を吹き込んでもらったという。講師陣もそのプロデュース能力に称賛を贈っていた。
この第三者に見てもらい、忌憚(きたん)のない意見を聞きながら作品をブラッシュアップしていくという試み。日本の実写映画でも参考にしたらいいのにと思わずにはいられなかった。
国内外で巡回上映を実施
ICAFは今後、11月16日の広島市映像文化ライブラリーをはじめ全国各地で選抜作品が巡回上映される。
日本の商業アニメーションはどうしても表現方法も作品のテイストも偏りがちだが、ICAFでアーティストの卵たちの作品に触れれば、もっと多様な映像表現を追究していることに気づくはずだ。
日本の文化と称されるアニメーションの価値をさらに高めるためにも、彼らの才能がもっと商業の世界で生かされていくことを期待せずにはいられない。