『最初の晩餐』戸田恵梨香 単独インタビュー
家族にもいろんなカタチがある
取材・文:坂田正樹 写真:高野広美
通夜ぶるまいに出された目玉焼きをきっかけに、亡き父と過ごした思い出の日々や、誰も知らなかった家族の秘密が次第に明らかになっていく……。映画『最初の晩餐』で複雑な家庭に育った長女・美也子を演じた女優の戸田恵梨香。「家族って何だろう? と思い始めたとき、この脚本に出会い、ハッとさせられた」という戸田が、本作を通して改めて感じた家族の本質とは? NHKの連続テレビ小説「スカーレット」の元気なヒロインとは対照的な、愛に飢えた悩める美也子の心情を察しながら、家族がつながり続けることの意義について語った。
家族でもわかりきれないことのほうが多い
Q:本作のオファーがあったとき、ちょうど「家族って何だろう?」と考えていたそうですね。
親も一人の人間としていろんな面を持っていると思うんですが、私たち子どもの立場からすると、“親”としての一面しか知らないわけです。それは、親から見た子どもも同じことが言えると思いますが、「結局、家族でもわかりきれないことのほうが多い」ということを考えていた時期だったんです。なぜ、そんなことを考えたのか、きっかけはよく覚えていませんが。
Q:まさに戸田さんが気になっていたテーマだったわけですね。
家族といってもいろんなカタチがあるし、明確な答えはないものですよね。それぞれに喜びがあり、葛藤があり、隠しごとだって持っている……。(脚本に)家族だから全てのことを共有するわけでもない、ということが書かれていたので、「やっぱり答えは一つじゃないんだ」と改めてハッとさせられました。同時に、この映画に参加することによって、家族に対する自分の答えがどこに行き着くのだろう? という興味も湧きました。
美也子は寂しがり屋で、愛に飢えた女性
Q:戸田さん演じる長女の美也子と、弟の麟太郎(染谷将太)。血縁者だけの生活から親の再婚、新しい母(斉藤由貴)と兄(窪塚洋介)、そして父親(永瀬正敏)の死……さまざまな変化が二人を戸惑わせます。こうした複雑な環境下で育った美也子の心情をどう解釈し、演じたのでしょう。
美也子は、ずっと愛情に飢えている女性だと思いました。本当はたくさんの愛情を受け取っていたのに、それに気付かないんです。親によって家庭を壊されたと思っていて、全ての責任を人に押し付けて生きてきたんだと思います。そういう美也子自身も家庭を持っていますが、夫となかなかうまくいかない。そして、夫が夫なりに歩み寄ってくれていても、美也子はなかなか気付けない……。
Q:それでも家族に一番こだわっていたのは美也子ですよね。最後まで一つにつながろうと、もがいているようでした。
自分の知らなかった事実を知らされたとき、美也子は受け入れられずに爆発してしまいます。でも、みんなが歩み寄り、みんなが一生懸命に気持ちを伝えることで、ようやく愛情をもらっていたことに気が付くんです。人一倍寂しがり屋の彼女の根底には、「自分なりの理想の家族を作りたい」という切実な思いがあるので、うまくいかない現実と葛藤している姿を丁寧に演じたいと思っていました。
Q:子どもでもある自分と、妻であり母親でもある自分。軸が二つあるところが美也子をより複雑にしているように思いました。
そこが難しいところでした。親になりきれていないというか。よく「子が親にしてくれる」と言いますが、それさえも気付いていなくて、とにかく家族が疎ましい存在でしかなかったんだろうなと。でも、ちゃんと周りが見えるようになってきたとき、彼女はきっと大きく成長すると思いました。家族というものに「答えはなくていいんだ」と。
「家族って何なの?」というセリフに感情が渦巻いた
Q:家族で真摯に話し合ったり食事をしたり、印象的なシーンがたくさんありました。戸田さんのお気に入りは?
家族みんなで思いの丈をぶつけ合う場面は、すごく印象に残っています。なかでもインパクトがあったのは、弟の麟太郎に「家族って何なの?」とストレートに言われるところです。美也子は「家族はこうであるべきだ」と、わかっているつもりでいた。でも、麟太郎に直球で聞かれると、いろいろな感情が渦を巻いてしまって、結局、何にも答えられなくなってしまうんです。
Q:母親と餃子を作るシーンもよかったですね。
そうですね。何も話さず黙々と餃子を作っているのですが、同じことをしながら、同じ時間を共有し、何かを感じ取ろうとし合っているところがすごく心地よかったです。
Q:戸田さん自身も、ご家庭で餃子を作った思い出があるそうですが、気持ちのなかでリンクする部分があったのですか?
私は演じているとき、自分の家族のことを思ったり何かに置き換えたりすることは一切ないんです。これだけ素晴らしい役者さんが集まっているので、すごく繊細で敏感な時間でした。言葉は少なくとも、理解し合おうとしている瞬間が役者同士の間で感じられたので、とても幸福な時間でした。ヒリヒリもしたけれど、とても温かかった。
情報過多の時代だからこそ「本質」を見る目が大切
Q:登場人物の距離感がそれぞれの関係性を浮き彫りにしていて絶妙でしたね。
監督からの演出という演出はあんまりなかったんです。役者同士も特に話し合ったりせず、各々が思うものを現場で出し切って、繊細に受け取り合う。みなさんも無意識のうちに、そういうやり方を一番大事にされていたような気がします。
Q:美也子の子ども時代の森七菜さんとの親和性も完璧でした。
美也子という人物像のすり合わせを森さんと常盤(司郎)監督と3人でやりました。どういうお芝居にするか、共通認識を持ったうえで本番に入りました。お互いのシーンは一切見ずに撮影したんですが、「こういうシーンだったら、こういうニュアンスだよね」など、かなり細かいところまで入念に話を詰めていたので、森さんと監督が作った美也子像に私が乗っかった、という感じですね(笑)。でも、森さんはすごいなぁと思いました。きっと監督と随時話をしながら、美也子を咀嚼していったんだと思います。
Q:カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞した『万引き家族』を含めて、改めて「家族とは何か?」と問いかける映画が増えているような気がします。
私自身も家族に対して思うところがありましたし、家族をテーマにした映画が増えてきたな、という実感はありました。その理由を考えてみると、たぶん家族の外側ばかりを描いていて、“現実逃避”していた時代があったんだろうなと思うんです。そこから「もう一度、本質を見直そうよ」という時代に入ってきたのかもしれないですね。ネットなどで情報量もどんどん増えている今だからこそ、本質を見ることが大切なんだと思います。
Q:そんな家族の問題をストレートに描く本作に、戸田さん含め演技派揃いの素晴らしい役者さんが集結しました。この配役で家族ものを観られるなんて夢のようです。
私個人としては、わりと職業ものが多く、これまでも家族ものはそんなになかったので、新鮮でした。自分としてはドラマ畑の人間だと思っていたので、日本の映画界を代表するような素晴らしいキャストの輪に入れるなんて夢にも思っていませんでした。
「家族って何だろう?」という悶々とした思いを胸に、本作に臨んだという戸田。その問いにさまざまな感情が湧き起こったようだが、一つだけ言えることがあるとしたら、それは「答えはなくていいんだ」ということ。本作を観て、どこか清々しい気持ちになれるのは、美也子をはじめとするこの家族が、現実から逃げず、徹底的に家族と向き合った時間があったからだろう。「いつか心の支えになる作品」という戸田の思いが全てを物語っている。
(C) 2019『最初の晩餐』製作委員会
映画『最初の晩餐』は11月1日より全国公開