『主戦場』上映中止から表現の自由を勝ち取るまで
映画で何ができるのか
慰安婦問題をテーマした映画『主戦場』の上映を、共催の川崎市からの「懸念」を受けて中止したことで物議を醸した第25回KAWASAKIしんゆり映画祭が11月4日、閉幕した。作品を出品していた是枝裕和監督ら映画界からも抗議の声が上がったことで最終日に上映され、一時は2作品の出品を取りやめた若松プロダクションも、白石和彌監督『止められるか、俺たちを』(2018)のみ11月4日に復活上映されたが、多くの疑問と課題を残す結果となった。(取材・文:中山治美)
『主戦場』の上映中止は、朝日新聞の一報で露呈
同映画祭は作品選定から上映まで市民ボランティアによって行われている市民のためのお祭り。バリアフリー上映にいち早く取り組むなど社会活動や地域交流の場としても評価が高く、今回も、「聞く・話す・考える~ヒントときっかけ~」と題したプログラムの中で、捕鯨問題テーマにした『おクジラさま ふたつの正義の物語』(2016)と共にミキ・デザキ監督『主戦場』を上映する予定だった。
上映プログラムには「さまざまな意見に耳を傾け、知り、考え、調べる。また聞く、そして話す。考え続けることで、少し豊かな世界が見えてくるかも!?」とつづられている。未だに論争がやまない慰安婦問題について、「強制連行はなかった」と主張する衆議院議員・杉田水脈らと、「『従軍慰安婦』をめぐる30のウソと真実」などの著書もある歴史学者・吉見義明など右派左派両方に取材をして検証を試みた『主戦場』はまさに企画に則した最適な作品だった。
そこに川崎市が「懸念」という形で、横槍を入れた。同作が出演者の一部から、「学術研究」という当初の説明と異なり商業公開されたとして上映禁止と損害賠償を求めて東京地裁に提訴しており「訴訟になっている作品を上映することで、市や映画祭も訴えられるのではないか」という理由から。実際に「映画『主戦場』被害者を支える会」が公共施設での上映に対して抗議活動を行っていた。
また同時期、あいちトリエンナーレの「表現の不自由展・その後」に抗議電話が殺到したという報道も映画祭の中山周治代表を完全に萎縮させ、『主戦場』の上映中止を決定した。この判断に対して、デザキ監督と配給会社の東風をはじめ、本映画祭の特集企画「役者・井浦新の軌跡」に『11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち』と『止められるか、俺たちを』を出品していた若松プロダクションは「明かに公権力による『検閲』『介入』」と批判し、2作品の上映取りやめを決定。
同じく『ワンダフルライフ』(1999)で参加した是枝裕和監督も「共催者の懸念を真に受けて主催者側が作品を取り下げるというのは、もう映画祭の死を意味する。なのでこれを繰り返せば、この映画祭に少なくとも志のある作り手は参加しなくなる。危機的な状況を自ら招いてしまったということを映画祭側は猛省してほしい」」とその重要性を訴え、さらに「市がやるべきだったのは抗議が心配ならケアをすること」と付け加えた。
オープンマイクイベントで一変した潮流
潮目が変わったのは、10月30日に『沈没家族 劇場版』(2018)を出品していた配給会社ノンデライコの大澤一生代表らの呼びかけで行われた「オープンマイクイベント:しんゆり映画祭で表現の自由を問う」の後。参加した市民からも上映を望む声が上がり、改めて映画祭の市民ボランティアスタッフ約70人の上映の可否を問う投票を実施したところ賛成票多数で可決。同時に、万が一に備えて、当日の警備のボランティアを募ったところ、多数の市民が声を上げてくれたという。
そこで最終日の11月4日に『主戦場』の上映を決定。合わせて若松プロダクションに今回の対応を謝罪すると同時に、作品の再上映を依頼。しかし閉幕ギリギリの判断だったため、復活上映は『止められるか、俺たちを』しかできなかった。『主戦場』も、当初の目的だった観客と対話をする時間はなく舞台あいさつのみ。それでもデザキ監督が「これは日本の表現の自由の大勝利だと思っています」と語り、会場からも拍手が沸き起こった。
当日は、『主戦場』の出演者の一人であり、訴訟の原告側でもある「新しい歴史教科書をつくる会」の藤岡信勝副会長が会場を訪れ、「わたしも出演者の一人。舞台あいさつをさせてほしい」と訴えて一時、騒然となったが、大きなトラブルはなかった。映画祭終了後、取材に応じた中山代表は「小さなわれわれの組織が(表現の自由を巡る論争の)世界を引き受けることになってしまって驚いた。われわれはもっと勉強が必要だ」と振り返った。
今回の『主戦場』上映中止問題は、同じように慰安婦を表す「平和の少女像」を展示したことから抗議が相次いで展覧会が中止となったあいちトリエンナーレの影響が明らかにあり、それが「問題が起こるであろう作品は上映しない」という萎縮へと繋がった悪例だ。
あいちトリエンナーレだけではない、『宮本から君へ』が支援取り消し
また「あいちトリエンナーレ」が「県が展示開催で危険を予知しながら申請段階で報告しなかった」ことを理由に内定していた補助金が不交付となったのに続いて、映画『宮本から君へ』が、文化庁が所管する独立行政法人日本芸術文化振興会の映画製作への支援が決定していたものの、麻薬取締法違反で有罪判決が出たピエール瀧の出演が理由で取り消された。相次いで表面化した行政による理不尽な対応が、まさかの「映像のまち」をうたっていた川崎市で起こったことに映画人たちの憤りが爆発した。
ただし11月5日に行われた福田紀彦・川崎市長の会見では、『主戦場』上映は決定ではなく候補に上がっている段階の話であり、さらに「懸念」はあくまで裁判中の作品を上映することに対してであり、中身は関係がないことを強調。中山代表はしきりにあいちトリエンナーレ騒動の二の舞になることにおびえていたが、両者のやりとりの中ではあいちトリエンナーレの話は出たことがないという。
その上で福田市長は「表現の自由への圧力だと報じられていますが、全くそういうことはない」と語気を強めた。ゆえに、結果的に『主戦場』の上映が行われたことに対して「主催者が決定して行ったことに対して、あーだこーだ言うことはない」。また映画祭の開催費用約1,300万円のうち川崎市から出ている約600万円の助成金について、再検証するか? と問われると「現時点ではそういうことを考えてはいません」と答えた。
しかし記者たちの追及を受ける中で、市からの「懸念」は4回にも及んでいたことや、市と映画祭とのやりとりは口頭で行われており記録が残っていないという。ちなみに「あいちトリエンナーレ」でも補助金不交付を決定した議事録も「記録がない」と文化庁は同様の回答をしている。
芸術活動に公金を使うべきか、否かの問題は近年度々議論になるが、特に規模の大きい映画祭は行政との連携が不可欠。KAWASAKIしんゆり映画祭も約98万円の助成を受けている日本芸術文化振興会の国内映画祭等の活動における助成も、「開催地の地方公共団体等の公的機関の支援(財政面以外の支援も含む)を受けるもの」が申請条件の一つとなっている。
KAWASAKIしんゆり映画祭で起こったことは今、日本で起こっている社会情勢の縮図であり、今後も起こりうる問題である。ぜひ検証が行われることを望みたい。