世界を股にかけた映画人、『オーバー・エベレスト 陰謀の氷壁』役所広司&テレンス・チャン単独インタビュー
ジョン・ウー監督との仕事や、あの『M:I-2』で知られるテレンス・チャンがプロデュースした日中合作映画『オーバー・エベレスト 陰謀の氷壁』に役所広司が主演した。彼が演じたのは山岳救助隊の頼れる隊長で、ヒマラヤの鬼と呼ばれる日系人のジアン。雪山での撮影、国際色豊かな俳優陣との共演、アウェイにも思える撮影をいかに乗り越えたのか? 役所との仕事を熱望したというテレンス・チャンとの対談が実現した。(取材・文:浅見祥子 写真:日吉永遠)
国際派俳優に必要な資質とは
Q:お二人が仕事をされることになったとき、どう思われましたか?
テレンス・チャン(以下、チャン):役所さんの出演作は10本以上観ています。アメリカにいようが中国にいようが機会があれば観ていて、どんなジャンルの役柄でも演じられるのが素晴らしいと思います。いつか仕事をする機会があったらいいなと思っていましたが、本当にそんなチャンスがあるとは考えていなかったのでとてもうれしかったです。
役所広司(以下、役所):まずテレンス・チャンさんに声を掛けていただいたことが光栄でした。それはもう確かな作品になるだろうという気持ちがありました。アジア各国の映画人が力を合わせ、信頼し合って映画づくりができればと以前から思っており、今回テレンスさんがチャンスを与えてくださいました。スケジュール的に難しいと思ったのですが、それでも誠実に調整していただいた。こうした作品に日本人として参加するのは、意義のあることだと思います。
Q:役所さんは撮影中にケガをされたとか?
役所:迷惑をかけてしまって、それはもう申し訳ない気持ちです。足を肉離れしたんです。だからしばらくは座っているシーンや、ちょっと動きを変えるなど、監督が演出してくださってなんとか乗り越えました。後半はだんだん回復してきました。
Q:チャンさんはそんな役所さんの姿を見て「プロ意識が高い」と思われたとか。国際的に活躍する俳優に共通点はあると思いますか?
チャン:重要な点が2つあります。ひとつは顔がスクリーンに映ったときに覚えられやすいこと、2つ目は演技力があることです。人種や環境が違う人にもキチンと表現が伝わることが重要です。
役所:まず僕たちアジア人の顔は、欧米の方にとっては区別がつきにくいかもしれません。それでもやっぱり、個性というのは表れるんですよね。演技力、顔を通してなされる表現というのは、やっぱりお芝居の力ということになります。表現というものを考えたとき、顔はやはり重要でしょう。僕たちも映画を観るとき、俳優の何を観ているかというと、ほとんど目を見ている気がします。目から伝わるものは大きいと思います。声もそうでしょうね……。無意識ですけど、かなり影響があるでしょう。
小さな表現もカメラは映し出すと信じて
Q:チャンさんは役所さんの演技力にどんな感想を持たれましたか?
チャン:撮影中は演技をされている場所から離れた、小さなモニターを通して観ることが多かったです。すると、そのときは突出した表現ではないように思え、どうしてこういう演技をするのだろう? と感じたシーンもありました。でもそれを大きなスクリーンで観たとき、あぁ、こんなに繊細な表情をしていたのか! と驚かされることがたくさんありました。
Q:小さなモニターの画面では気づけなかったと?
チャン:大げさでわかりやすい演技をする俳優もいますが、そうではなくとても自然であることに驚かされました。たまに、撮影現場ではいい演技に思えるのに、大画面だといかにもお芝居をしていますという演技に感じる俳優もいます。でも映画というのはスクリーンで観るもので、生で楽しむものではない。スクリーンに映ったとき、そうした演技はウソっぽく思えてしまうんです。
役所:小さな表現というのもカメラは映し出してくれると信じてやらないといけないと思っています。表現が大きくなり過ぎると、大画面に映したときトゥーマッチになってしまいます。その辺りはやはり慎重にやります。それで監督から「ちょっと足りない」と言われたら少し表現を変えることはもちろんありますが、基本的には自然に。決められたセリフではなくて本当にその瞬間、自然にしゃべっているように演じるのが基本だろうと思います。
Q:海外のスタッフと海外でそうした作品を何本か経験すると慣れるものですか?
役所:監督が「よ~い、スタート!」と言うまではいろいろと日本と勝手が違うことはたくさんあります。でも撮影現場に行くと、どんな作品であっても、カメラがあってそこで芝居をする。日本でやることと全然変わりません。それで、自然に……と考えればいいのかなと。
国境を超えた映画作品について
Q:これからは本作のように、国境を超えた映画づくりが増えていくと思いますか?
チャン:自分の生い立ちや個人的な背景も関わるのですが、これまでさまざまな国で映画をつくってきました。最初は香港、その後ハリウッドと世界各国で。ですから今の映画界をどう捉えるかは、中国のほかのプロデューサーとは異なるかもしれません。私にとって大事なのはストーリーとキャラクターで、どこで起きている物語で、どこで撮影するかはあまり問題ではないんです。むしろ「中国の農村部の映画を撮ってください」と言われたら、ドメスティックな映画づくりの経験がないので難しいと思います。ですから今後も、世界のいろいろなところで映画をつくっていきます。来年はアメリカなど海外でのプロジェクトが進行中です。それでいて、アジア人の物語をつくるのが好きなので、アメリカで撮ることになっている映画もアジア人の話です。
役所:自国で映画をつくり続けるのはもちろんですが、やはりほかの国の人との共演や混合のスタッフと取り組むことで、ひとつの国だけでつくるのとは違う広がりのある作品になるんじゃないかと思います。そういう意味ではもっとそうした作品が増えてほしいし、増えていくんじゃないでしょうか。
Q:出演作を選ぶとき、国際的であることやバジェットの大きさは関係ないものですか?
役所:やはりストーリーと、その役割を日本人である自分が演じてリアリティーがあるのかどうかを考えます。
再びタッグを組むとしたらお願いしたい役どころ
Q:以前「役に成り切るのは不可能だけど、芝居が乗る瞬間がある」とおっしゃっていましたよね?
役所:役に成り切るのは不可能ですが、芝居をしていると、瞬間的に我を忘れるという感じになるんです。その瞬間の積み重ねをきっと、「今日の芝居は乗ったよ!」とみなさんが言うんでしょう。それがすべてになれば成り切るということになるんでしょうけども。この映画でもチャン・ジンチューさんの表情、目を見ているときなど、我を忘れる瞬間はたくさんありました。
Q:完成した映画を観た感想は?
役所:そりゃもう、ケガや過酷な撮影を思い出しました。アジアだけでなくカナダやニュージーランドやネパールのスタッフ・キャストみんなで力を合わせてつくった作品です。愛情を持って1カット1カットに見入りました。 チャン:この映画には、過去に成功した商業映画の要素がたくさん入っています。緊張感やスリルはもちろん、登場人物の感情が伝わるのではないかと思います。そして、涙をこらえきれないシーンもあります。
Q:もしお二人が再び組むとしたら、どんな映画にしたいですか?
チャン:サスペンスというジャンルが好きなのと、探偵というキャラクターが好きなので、役所さんに探偵をやっていただきたいです。『孤狼の血』を拝見したのですが最高の役でしたし、素晴らしかった。ですから刑事役のつぎはぜひ、探偵を(笑)。 役所:確かに刑事はあるんですけど、今まで探偵は演じたことがないです。探偵小説は好きですし、探偵という職業は映画としても魅力的ですよね。
『M:I-2』や『レッドクリフ』シリーズと、数々の世界的ヒット作を生み出したスゴ腕プロデューサーとは思えない、どこか控えめな様子で穏やかな佇まいが印象的なテレンス・チャン。一方、役所広司は短髪に刈り上げて精悍(せいかん)な顔立ち。二人はまさに国という枠を超え、映画づくりという仕事に没頭し続けている。そんな彼らが手を組み、幾多の困難を越えて完成させた本作を経て、二人の間には確かな信頼感が流れていた。
ヘアメイク:勇見勝彦(THYMON) スタイリスト:安野ともこ(CORAZON)
映画『オーバー・エベレスト 陰謀の氷壁』は11月15日より全国公開