『影踏み』山崎まさよし 単独インタビュー
役づくりはしたことがない
取材・文:石塚圭子 写真:中村嘉昭
「クライマーズ・ハイ」「64(ロクヨン)」など多くの小説が映画やドラマになっている人気ミステリー作家、横山秀夫の作品で、長らく映像化不可能と言われてきた「影踏み」がついに映画になった。人の寝静まった住宅に忍び込む窃盗犯・ノビ師の真壁修一を演じたのが、シンガーソングライターの山崎まさよしだ。長編映画の主演は『8月のクリスマス』以来、約14年ぶりとなる彼が、俳優デビュー作『月とキャベツ』などで組んだ篠原哲雄監督との久々の撮影現場について語った。
『月とキャベツ』監督と22年ぶりの長編映画
Q:『月とキャベツ』以来、長編映画では約22年ぶりに組まれた篠原哲雄監督の演出はどのような感じでしたか?
シノさん(篠原哲雄監督)は、結構放任主義といいますか、役者に委ねる部分が大きいんです。すごく作り込むというより、現場でなりゆきにまかせるところもある感じで。『月とキャベツ』でも2人でディスカッションしながら、現場で一緒に作っていったのですが、今回も話はよくしましたね。もちろん、僕がわからないときは、絶えず芝居をつけてもらいましたけど。
Q:『月とキャベツ』の撮影時と比べて変わったと感じたところは?
『月とキャベツ』は、シノさんにとって初の長編映画だったんですけど、長回しが多かったんですよ。昔はフィルム撮影だったから、やっぱり長回しをして、いい瞬間をキャッチしようとされていたんだろうなと。今はカメラとかハード機器が優秀になっていることもあって、今回はカット割りが細かいなと感じました。でも完成した映画を観たら、想像していたよりもだいぶ長く見えたんですよね。ゆったりした時間が流れていたので、ちゃんとそういうふうに編集するんだなぁと。シノさんも編集が一番楽しいと言っていましたからね。
Q:逆に、篠原監督が昔と変わっていないところは?
人間性はまったく変わっていないですね。でも貫禄はついたかな(笑)。映画人ですよね、完全に。シノさんにしか作れないものが、絶対にある。シノさんの作品は、セリフは少なくても、登場人物たちの心の動きがすごく見えるんです。たぶん意識して、そういう台本作りをされているんじゃないかなぁ。こういうシーンで、人はそんなにしゃべらないだろうといった配慮があるというか。セリフが説明過多にならない。だからいいんだろうなって、すごく思いますね。
全作品読破するほどの横山秀夫ファン
Q:『影踏み』の原作を最初に読んだときの感想はいかがでしたか?
僕は横山秀夫さんの小説がすごく好きで、刊行されたものは全部読んでいるんですけど、横山作品の主人公というと、官僚、警察とか巨大組織の中の人間であることが多い。だけど『影踏み』は、アウトローというか泥棒というダークな反社会的な人物の話で。「官」ではなく「民」、しかも民の中でも底辺の人間が主人公という、非常に珍しい作品だと思っていました。
Q:主人公の真壁修一を演じる上で、どのような役づくりをしたのでしょうか?
いえ、役づくりというのは、やったことがないんですよ。台本を読み込むということも、あんまり……。これは本職の役者さんには失礼な話かもしれないですけど、もうほぼ現場で、その時々の雰囲気に合わせて、手探りしながら演じています。誰かと対峙するシーンであれば、相手役の人に作ってもらった空気に乗っかるみたいな感じでしょうか。ただ今回は原作が好きだったので、主人公の立ち居振る舞いのイメージは何となくできていたかもしれません。
Q:小説ならではの仕掛けがあるため、映像化は不可能だといわれていた作品でしたが、本作の“映画ならでは”の見せ方はどうでしたか?
原作にはファンタジックな要素があるので、これを実写映画化するのは難しいだろうなとは感じていました。アニメーションなら可能なのかもしれないけれど。でも、この映画はシノさんらしい、日本映画っぽい表現の仕方がすごくよかった。さすがだなと思いました。
曲の途中に席を立ってほしくない
Q:ドラマやアニメを含め、数多くの作品の主題歌や音楽を手がけられています。映画の音楽を作るときに大切にしていることは?
まずは監督と1回お会いして、台本を読ませてもらいます。あと、例えば『映画ドラえもん 新・のび太の日本誕生』(2016)の主題歌を作ったときは、リメイク作だったので(1989年の)オリジナル版のDVDを借りて観ました。で、監督に「どういったものをお望みですか?」とリクエストを聞くようにしています。『ドラえもん~』のときは、登場人物たちが飛び立つシーンが多いというので、「飛翔感のあるメロディーを」と言われたんですよ。なるほど、と思って「空へ」という曲ができた。その後、あの映画は子どもと劇場に観に行きましたね(笑)。
Q:映画の主題歌には、どのような役割があると考えていますか?
エンディングで主題歌が流れるときは、まだ映画は終わっていないわけですよね。だから僕としては、曲の途中で席を立たれると、ちょっと困るんです(笑)。最後の歌が始まったから「よし、帰ろう」ではなくて、歌を聞き終えて、最後にやっと「この映画、よかったね」となるのが主題歌……何かそんな気がしています。
Q:『影踏み』でも主題歌と劇中の音楽を担当されていますね。
今回は僕自身、現場に入って台本もわかっていましたから、そういう意味では作りやすかったかもしれません。スタッフからラブソング的なものを求められるんですけど(笑)、僕はあえて、映画の中では描かれていない主人公の幼少期のシチュエーションを描いてみようと思いました。物語と重複するような感じになるのを避けながら、描かれていない過去にも想いを馳せられるように。
あまり無理をせずストレスフリーで
Q:『月とキャベツ』でヒロインを演じた真田麻垂美さんのカメオ出演や、同作で重要な役を演じた鶴見辰吾さんとの再共演はいかがでしたか?
いやもう、嬉しかったですねぇ。鶴見さんとは「お互い年とったね」って(笑)。でも、麻垂美ちゃんはあの頃と全然変わらず、可愛くて。鶴見さんも、より深みが増していて。面白いもので、すごく久しぶりだったのに、現場でお二人に会ったらすぐに安心できました。
Q:『月とキャベツ』出演時と現在、どのような変化を感じますか?
体力的なことも含め、変わったことばっかりだと思います。変わっていないのは……タバコの銘柄くらい(笑)。あとは、気の張り方が少し変わったかもしれません。昔は体力もありましたから気を張っていても、そのことに気づかないくらいだったんですが、最近は力の抜き方というか、ストレスのもととなるシコリみたいなものを自分でもみほぐせるようになってきました。やっぱり大事なのはあまり無理をしないことですね。若いときみたいにいきなり走り出したら、コケてしまうっていうことが、何となくわかってきましたから(笑)。
本作で山崎が演じたのは、孤高の泥棒という異色のダークヒーロー。悲しい過去の記憶とともに、犯罪者として生きてきた主人公の人間味あふれる人物像は、『月とキャベツ』のミュージシャンの青年役とはまったくタイプが違うものの、さまざまな人生経験を重ねてきた現在の彼だからこそ演じられた奥深いキャラクターといえる。本作を機に、俳優としての山崎の唯一無二の存在感にハッとさせられるファンがますます増えそうだ。
ヘアメイク:三原結花(M-FLAGS)スタイリスト:宮崎まどか
(C) 2019 「影踏み」製作委員会
映画『影踏み』は11月15日より全国公開