間違いなしの神配信映画『ザ・ランドロマット -パナマ文書流出-』Netflix
神配信映画
年内に観ておきたい作品編 連載第2回(全7回)
ここ最近ネット配信映画に名作が増えてきた。NetflixやAmazonなどのオリジナルを含め、劇場未公開映画でネット視聴できるハズレなしの鉄板映画を紹介する。今回は年内に観ておきたい作品編として、全7作品、毎日1作品のレビューをお送りする。
スティーヴン・ソダーバーグは、なぜかくも“ややこしい映画”を作ったのか?
『ザ・ランドロマット -パナマ文書流出-』Netflix
上映時間:96分
監督:スティーヴン・ソダーバーグ
出演:メリル・ストリープ、ゲイリー・オールドマン、アントニオ・バンデラス
スティーヴン・ソダーバーグが、大企業や超富裕層の税金逃れの内実を暴いた「パナマ文書」の映画を作る。しかも脚本は奇作『インフォーマント!』(2009)でも組んだ盟友スコット・Z・バーンズ! このコンビなら、実際に起きた事件をベースに予想もつかない面白いことをやってくれるだろうと思っていた。その予想は的中したとも言えるし、予想を超えすぎていて大外れだったという気がしなくもない。
ソダーバーグとバーンズは現実の密告事件を扱った『インフォーマント!』以外にも、パンデミック群像劇の『コンテイジョン』(2011)やサイコスリラーの『サイド・エフェクト』(2013)で、ひとヒネリもふたヒネリもツイストの利いたジャンル映画をものにしてきた。過去作の共通点を挙げるなら、一種のトンデモ話を一定の距離を置いて俯瞰(ふかん)して描くこと、豪華スターを決してスターのように扱わないこと、そして常にブラックコメディーの匂いが感じられることだろう。
だから『ザ・ランドロマット』が皮肉に満ちたコメディーになるのは当然に思われたし、バトンリレーのように主要人物が入れ替わっていく複雑な構成も『トラフィック』(2000)や『コンテイジョン』で見られたソダーバーグの得意技だ。ただしこれまでと大きく違っていたのは、キャラクターが映画と観客の間の“第四の壁” (フィクションと現実との境界)を平気で越えてくるような、シュールでハチャメチャな演出の数々。アダム・マッケイの金融映画『マネー・ショート 華麗なる大逆転』(2015)と通じる部分もあるが、映画と現実を混ぜっ返すアプローチに(ソダーバーグが『スキゾポリス』や『フル・フロンタル』でも試みているとはいえ)困惑する人も多いだろう。
特に混乱の原因になっているのは、パナマ文書の黒幕である二人の会計士(ゲイリー・オールドマンとアントニオ・バンデラス)が語り部を務めているにもかかわらず、物語が誰の視点で進んでいるのかがさっぱりわからないこと。もうひとり、彼らに立ち向かう役割を果たすのがメリル・ストリープふんする主婦なのだが、他にも主人公になり得る登場人物は大勢いて、点描のようにそれぞれのエピソードが描かれていく。
ソダーバーグ作品でいえば『トラフィック』の構成に近いが、散らばった点と点を結びつけて一貫した物語を見つけ出すにはかなりの不親切設計。本作がどういうお話なのかを明快に説明できる観客はほとんどいないのではないだろうか。さらに困惑を呼ぶのが、終盤に明かされる大きな仕掛けで、入れ子構造になったトリックの意味を理解しようとつい2度目を観始めてしまったら、まさにソダーバーグの術中にハマったということだろう。
一体なぜソダーバーグとバーンズは、かくもややこしい、人に寄っては悪ふざけだと怒り出しそうな映画を作ったのか? 一観客として感じ取れるのは、本作の根底にある笑うに笑えない現実への激しい怒りだ。そして怒りの元凶である、庶民がカモにされるねじれた金融ネットワークを暴くために必要なのは、気の利いた皮肉でも懇切丁寧な解説でも痛快な追求劇でもなく、この映画そのもののように複雑怪奇な、それでいて芯は空っぽという、込み入った“空虚”だったのではなかったか。正直、本作はコメディー仕立てではあっても、笑いは常に乾いていて、狐につままれたような釈然としない気持ちが強く残る。それこそが迷宮のような「パナマ文書」に向き合う最良の方法なのだと、ソダーバーグとバーンズは腹を決めたのであろう。(村山章)