間違いなしの神配信映画『キング』Netflix
神配信映画
年内に観ておきたい作品編 連載第3回(全7回)
ここ最近ネット配信映画に名作が増えてきた。NetflixやAmazonなどのオリジナルを含め、劇場未公開映画でネット視聴できるハズレなしの鉄板映画を紹介する。今回は年内に観ておきたい作品編として、全7作品、毎日1作品のレビューをお送りする。
何ともエモい!ティモテ・シャラメが演じる2019年のヘンリー五世
『キング』Netflix
上映時間:140分
監督:デヴィッド・ミショッド
出演:ティモテ・シャラメ、ジョエル・エドガートン、ロバート・パティンソン
『キング』とは15世紀のイングランド王ヘンリー五世のこと。ティモテ・シャラメがシェイクスピアの戯曲をもとに、平和と生命を尊びながらも戦場に身を置かざるを得なかった若き王を演じている。
ケネス・ブラナーが『ヘンリー五世』(1989)を監督、主演してからちょうど30年。あれが正統派だとすると、本作はシェイクスピアによる史劇四部作ヘンリアドの戯曲を脚色し、せりふは現代語に近づけたドラマ「ゲーム・オブ・スローンズ」風味の演出で、百年戦争を生きたヘンリー五世の成長と、いつの時代も変わらない権力をめぐる陰謀と戦争の実態を描く。シェイクスピアをよく知る人にとっては外しの面白さがある作品だ。
シャラメが演じる主人公は、好戦的な父・ヘンリー四世に反発し、ロンドンで放蕩の限りを尽くすハル王子として登場する。太った大男の老騎士フォルスタッフ(ジョエル・エドガートン)と一緒に酒場に入り浸り、自由気ままな日々を送っているが、それはあくまでも一時のことで、いずれは王位継承することは頭の片隅にある。この設定はかつてガス・ヴァン・サント監督が『マイ・プライベート・アイダホ』(1991)で引用し、キアヌ・リーヴスがハル王子に当たる人物を演じている。
時代に合わせた衣装を着ても、ボウルをかぶせたような髪型にしても、どうにも現代的なたたずまいのシャラメだが、憂いに満ちた表情は虚無を享楽でごまかすハル王子にぴったりで、無益な戦を避けるためなら戦場で敵に決闘を申し込むという奇策も納得させる。父や弟との関係も含めて何ともエモい、2019年のハル王子=ヘンリー五世なのだ。
監督は『アニマル・キングダム』(2010)、Netflixオリジナルの映画『ウォー・マシーン:戦争は話術だ!』(2017)などを手がけたデヴィッド・ミショッド。後者と『キング』を製作したプランBエンターテインメントとNetflixという、この10年間のエポックメイキングの申し子というべき監督が、『アニマル・キングダム』その他で組んだジョエル・エドガートンと共同で脚本を執筆しているが、2人の脚色はかなり大胆。
例えば、エドガートンが演じたフォルスタッフの扱いだ。酔っ払いで好色だが、冗談に包んで真理をつく大男は、シェイクスピアの世界ではハルの即位後に追放され、失意のうちに死ぬ。だが『キング』では、周囲は裏切り者たちばかりと知るハルは自らフォルスタッフを迎えに行き、そばに置く。圧倒的に劣勢な戦いへと共に身を投じるさまはちょっと源義経と武蔵坊弁慶を思わせるもので、話は脱線するが、日本でも配信コンテンツで冒険したいなら、それこそ歌舞伎の「勧進帳」でも脚色してみるのも面白いかも、と個人的には思う。
ミショッドもエドガートンもオーストラリア出身。ヘンリー四世を演じるベン・メンデルソーンも彼らと同郷で、シャラメはアメリカ人(フランスとの二重国籍)。フランス王太子を演じるのがイギリス人のロバート・パティンソンという配役も興味深い。
7,000のイングランド軍と2万のフランス軍が対決したアジャンクールの戦いは本作のハイライト。リアリズム重視の戦闘シーンは甲冑の重さがリアルに伝わり、泥まみれの消耗戦は勝敗さえも無意味に思えるほど壮絶だ。シェイクスピアの「ヘンリー五世」では、決戦を前に戦意高揚のために王が朗々と語る「聖クリスピンの祭日の演説」が名場面だ。『キング』はなんとこの名演説をカットし、代わるスピーチを用意した。乗り込んだ敵地フランスでの「Make it England!」という連呼に、なぜかうっすらアメリカ大統領のスローガンを思い浮かべる。本心なのか、何かが彼にそう言わせてしまうのか。戦場に潜む魔物に取り憑かれたような一瞬だ。高揚よりも悲壮感が勝るこの場面には、作者たちの戦争観が明確に現れている。
そしてこのすさまじい光景に不意打ちのように笑いをもたらすのがパティンソンだ。『トワイライト・サーガ』シリーズで一斉を風靡(ふうび)したティーンのアイドルから怪優へと変化した彼は、それまでの登場場面でもフランス語なまりの英語を駆使して、ほとんど漫画的なキャラクターとして強烈な存在感を放っているが、アジャンクールの戦いでは真剣勝負中に突然訪れるスラップスティック的瞬間を嬉々として演じ、大真面目に演じるシャラメは食われっぱなしだ。
ヘンリー五世と結婚するフランス王シャルル六世の娘キャサリンをリリー=ローズ・デップが演じる。世間知らずかと思いきや、物事の本質を理解する聡明な少女はまるで新たなフォルスタッフのようだ。史実ではヘンリー五世は34歳の若さで亡くなり、2人の間に生まれたヘンリー六世はやがて父が遺した全てを失う。キャサリンは侍従オーウェン・テューダーと密接な関係を持ち、そこからテューダー王朝が始まる。そんなイギリス史を踏まえて観るのも一興だ。(冨永由紀)