間違いなしの神配信映画『マリッジ・ストーリー』Netflix
神配信映画
年内に観ておきたい作品編 連載第7回(最終回)
ここ最近ネット配信映画に名作が増えてきた。NetflixやAmazonなどのオリジナルを含め、劇場未公開映画でネット視聴できるハズレなしの鉄板映画を紹介する。今回は年内に観ておきたい作品編として、全7作品、毎日1作品のレビューをお送りする。
一度動き出したら止まらない「離婚」行きの片道列車
『マリッジ・ストーリー』Netflix
上映時間:136分
監督:ノア・バームバック
出演:スカーレット・ヨハンソン、アダム・ドライヴァー、ローラ・ダーン
なんとシンプルな題名か。「結婚の物語」。しかし監督がノア・バームバックである以上、幸せに満ちたラブストーリーであるはずがない。バームバックと言えば、出世作『イカとクジラ』(2005)では自身の両親が離婚した実体験をベースに両親の間で引き裂かれる子供のトラウマを描き、『マーゴット・ウェディング』(2007)や前作『マイヤーウィッツ家の人々(改訂版)』(2017)でも自己中心的なモンスターペアレントを描いてきた。大げさに言えば、バームバック作品における「結婚」はエゴとエゴが衝突する戦場なのだ。
本作は確かに「結婚の物語」だが、その帰結としての「離婚」に焦点を絞っているのはいかにもバームバック的な皮肉に思える。映画の冒頭、ある夫婦の7分間に及ぶ幸福なモンタージュが明けると、われわれ観客はこの夫婦が離婚の危機にあると知らされ、以降は過去の回想シーンなどは一切入れず、一度動き出したら止まらない「離婚」行きの片道列車に否応なしに乗せられてしまうのだ。
否応なしに、という印象は、劇中の主人公、チャーリー(アダム・ドライヴァー)とニコール(スカーレット・ヨハンソン)にとっても同じだろう。というのも、当事者であるこの二人でさえ、離婚に向けて動き出した事態に戸惑い、翻弄(ほんろう)され、次第に誰が主導しているかもわからなくなってくるのだ。その姿はコメディーにもなればホラーにもなるし、バームバックは時にミュージカルの要素さえ交え、手を替え品を替えながらさまざまな“離婚の局面”をさらけ出していくのである。
バームバック自身も女優ジェニファー・ジェイソン・リーとの離婚を経験しており、現在のパートナーは『ベン・スティラー 人生は最悪だ!』(2010)、『フランシス・ハ』(2012)、『ミストレス・アメリカ』(2015)でコラボしているグレタ・ガーウィグ。ガーウィグと初顔合わせになった『ベン・スティラー 人生は最悪だ!』はバームバックとリーが共同原案を務めていて、ゴシップ的に言うなら、天才女優の妻から才能あふれる若いクリエイターのガーウィグに乗り換えるという、キャリアにおいてもプライベートにおいても大きな転換点だったことになる。
本作が感慨深いのは、これまでバームバックが描いてきたモンスターペアレント的なモチーフを捨てて、夫であり妻であり親である大人たちの等身大の痛みを掘り下げていること(ニコールの母親にはモンスターペアレント的な要素があるが、彼女を描く視点に皮肉や怒りは感じない)。バームバック自身が離婚した親の立場になった結果、と考えるのは、短絡的だが間違ってもいないようにも思う。脚本では11ページに及んだというチャーリーとニコールが衝突する長回しのワンシーンは本作のハイライトで、誰かと親密な人間関係を築いた経験のあるあらゆる人が、他人事では収められない痛切さに胸をかきむしられるはずだ。
バームバックは当代きっての「ダメ人間映画」の名手だが、本作が「ダメ人間映画」の系譜に連なることはない。チャーリーもニコールも、二人が愛する息子のヘンリーも、離婚に関わるその他大勢の人々も、誰一人としてダメ人間でも愚かでもない。だからこそ本作はあらゆる人にとっての「結婚の物語」になり得るし、もしかしてこれはバームバックが初めて手がけた純粋な「ラブストーリー」ではないかと思っている。(村山章)