スター・ウォーズにみるジャパン・パワーとファッション界に与えた影響
映画に見る憧れのブランド
1977年『スター・ウォーズ』が全米で公開されるや否や、人々はその世界観に熱狂し、同年の全米興行収入1位を記録、第50回アカデミー賞ではSF映画で史上初めて衣装デザイン部門でオスカーを獲得しました。しかし、本作には日本文化の影響が色濃く出ていたことをご存じでしょうか? 『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』の公開に合わせ、衣装の陰に潜むジャパン・パワーと『スター・ウォーズ』がファッション界に及ぼした影響を振り返ってみましょう。
ジャパン・パワーの影響が見られる衣装たち
ジェダイの衣装には日本風のテイストが見て取れますが、その理由を、日本の1970年代後半の世界における経済的繁栄期にあったジャパン・パワーとして考察するファッション専門家もいます。NYのファッション工科大学ミュージアムのディレクター兼チーフ・キュレーターであるヴァレリー・スティールによると、『スター・ウォーズ』以前のSF映画では、古代のローマ軍兵士や近未来的な宇宙服など露出度の高い服か、対角線のストライプが引かれたシルバーのジャンプスーツなどばかりが着用されていたとのこと。それらと一線を画したエイリアン的な要素を表現するために、西洋とは対極にある東洋の服装が選ばれたのではないかと、スティールは推察しています。
また、この時代はコム・デ・ギャルソンの川久保玲、山本耀司、山本寛斎、イッセイ・ミヤケなどアバンギャルドな日本人ファッションデザイナーが大注目されていたとき。シュールレアリズムを表現したようなシェイプや生地をふくらませてギュッと集めたスタイル、身体に巻き付けたかのような非構築の服、穴が開き着古されたかのような布地などを好んで使った彼らは、当時はファッションの外界からやってきたような存在でした。それが『スター・ウォーズ』のオープニングロールを飾る「遠い昔 はるかかなたの銀河系で…」という世界観にぴったりとあったのかもしれません。
さらにスティールは、「スター・ウォーズが公開された年、日本は世界を征服していました」「日本経済は世界のトップであり、様々な会社を買収していました。日本は悪魔の帝国だというような印象も少なからずあり、意識的でないにしろ、日本的なテーマが衣装に盛り込まれたのでは」と説明しています。(※1)1970年代後半から1980年代のアメリカでは日本が脅威的な存在としても映っていたことから、時代に敏感なクリエイターが日本的なスタイルを無意識に取り入れても不思議ではないでしょう。
日本の着物が取り入れられたジェダイの衣装
ジョージ・ルーカスは黒澤明の『七人の侍』(1954)と『隠し砦の三悪人』(1958)で三船敏郎が演じたキャラクターを念頭にオビ=ワン・ケノービの人物像を作り上げました。このことから、オビ=ワンが着ているローブは侍の着物風にしたそう。そして、オビ=ワンが長いこと同じ服を着ていることを表わすために、シルクで作られた衣装につぎはぎやほころびを作りました。着古しているように見えるこの衣装ですが、実際は低予算で作られたこの映画のなかで最も高価な生地が使われており、穴あき、つぎはぎやほころびは川久保玲や山本耀司のスタイルから影響を受けたものと思われます。なんでも、この衣装を気に入っていたオビ=ワン・ケノービ役のアレック・ギネスはタトゥイーンの砂ぼこりにまみれた外観にするために、撮影の合間に砂の上のごろごろ転がって最後の味付けをしたのだそう。
エピソード4でジェダイを象徴したオビ=ワンの衣装はのちの『スター・ウォーズ』シリーズに登場するジェダイたちの衣装の基本形となりました。(※2)確かに、ジェダイであるヨーダ、アナキン・スカイウォーカー 、クワイ=ガン・ジン、メイス・ウィンドゥらが纏うローブは、侍の小袖と羽織の重ね着にそっくりです。(※3)
そして、農民ルーク・スカイウォーカーには「白くてよれよれキモノ風のシャツを着ること。丈がもっと長くて袖の幅が広いもの」を着せるようにとのルーカスの意思のもと、日本やザクセンなどの民族衣装から、田舎育ちのスカイウォーカーが好むような素朴で着心地のよい特徴をピックアップして作り上げたのだそう。(※2)
また、『スター・ウォーズ/ジェダイの帰還』(1983)でプリンセス・レイアが変装した賞金稼ぎのブーシが持っていた長いポールは、日本女性が武道で使用した「なぎなた」にインスパイアされたものだという説があるそう。(※4)『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』(2015)でレイが持っていた武器も長い棒でしたよね。そもそも、ジェダイの武器であるライトセーバーは、刀は武士の魂だという概念に共通するとも言え、ルーカスが黒澤明作品の影響で侍に興味をもっていたことがうかがえます。
侍の鎧兜が反映されたシスの暗黒卿ダース・ベイダーの衣装
ダース・ベイダーの邪悪さを象徴する黒いマスク。こちらは伊達政宗の漆黒の鎧兜がモチーフになっています。(※5)実は、当初の衣装では、ベイダーはヘルメットを着用しておらず、不気味な呼吸音が聞こえるマスクだけを身につけていたそうです。あの不気味な呼吸音はベイダーが宇宙空間を思いのまま行き来するための呼吸器マスクとしての意味がありましたが、それではドラマチックに見えないというルーカスの意見で、侍の兜からヒントを得て大きな裾広がりのドーム型マスクが生み出されました。そこに、デザイナーがナチスのヘルメットのイメージを加味したそう。(※2)
ちなみに、『スター・ウォーズ/新たなる希望』(1977)で作られたオリジナルの衣装は現存しておらず、『スター・ウォーズ/帝国の逆襲』(1980)のベイダーは改良された衣装をまとっているので、コアなスター・ウォーズファンは野暮ったさが残る第1作目の衣装を好んでいるのだとか。(※2)
また、旧三部作の帝国軍将校の軍服は「有能な全体主義のファシスト」(※2)に見えるようにするため、1960年代のイギリス映画に登場する第一次世界大戦のドイツ軍チュニックに救世軍や消防士などの衣装の特徴を加えて、黒とオリーブ色の2色からなる帝国軍の軍服を作り上げました。
ファッション界に影響を与え続ける『スター・ウォーズ』
1979年、ティエリー・ミュグレーはシルバーのグリッターが効いた肩に大きなパッドが入ったパワフルなメタリック・ガウンを発表。ニューヨーク・タイムズ紙はこのコレクションをスター・ウォーズ・シンドロームと称しました。
「1977年のスター・ウォーズの公開(アメリカ)は文化的現象でした」と語るのはファッション工科大学のミュージアムの副ディレクターであるパトリシア・ミアーズ。ハイテクルックと黙示録的ルックとの相反する2つの特徴が融合した『スター・ウォーズ』のファッションは、1980年代の2大トレンドになったと彼女は言います。そのひとつは、イヴ・サンローランなどによるシャープなカッティングのパワースーツで、もうひとつは川久保玲や山本耀司がけん引した脱構築ファッションでした。
また、1997年から2012年にかけて、バレンシアガのクリエイティブ・デザイナーだった二コラ・ジェスキエールは、ユニークで近未来的なシルエットとパリジャンシックをミックスして高く評価されましたが、この期間に彼は多くのメタリック・レギンスを発表しており(※1)、これはスター・ウォーズのC-3POに影響を受けたものだと考えられています。
そして、イブ・サンローラン・ボーテが発売したメイクアップコレクション「ワン・ラブ」は『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』(1999)でナタリー・ポートマンが演じるパドメ・アミダラにインスパイアされたもので、なんとたった2週間で完売してしまったのだとか。ちなみに、アミダラの衣装やメイクは歌舞伎に感化されたものだそう。(※3)
ハイファッションブランドとのコラボ
2012年、ディズニー社がルーカスフィルムを買収し、ロダルテ、コム・デ・ギャルソン、ラグ&ボーン、プリーン、クリスチャン・ルブタンなど名だたるハイファッションブランドとコラボレーションを始め、2015年の『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』公開の際にはディズニー社はチャリティー・プログラム「フォース4ファッション」を開始し、ダイアン・フォン・ファステンバーグ、ピーター・ピロットやジョナサン・ウィリアム・アンダーソンなどのデザイナーに、スター・ウォーズのイメージをモチーフにしたコレクションを依頼しました。この収益の一部は子供たちのための非営利団体チャイルド・マインド・インスティテュートへ寄付されたのだそうです。
他にも、1997年に設立されたフランスのブランド、リック・オウエンスが表現するラグジュアリーとストリートが融合されたテイストには、旧三部作に見られるハイテクスタイルと黙示録的スタイルを彷彿とさせますし、2006年にデビューしたイギリスのファッションブランド、ガレス ピューが創造する黒色を多く使った脱構築のシルエットやボリューム使いにもダース・ベイダーや『スター・ウォーズ/ジェダイの帰還』でジェダイになったルークの衣装の影響が見てとれます。2010年に始まったスペインのブランド、マヤハンセンの2013年の秋冬コレクションにはプリンセス・レイアのお団子ヘアとそっくりの髪に結ったモデルが登場し話題をさらいました。(※6)
1977年に誕生して以来、私たちの文化に浸透した『スター・ウォーズ』シリーズ。ジョージ・ルーカスが神話学者ジョーゼフ・キャンベルによる『千の顔をもつ英雄』に刺激を受けて、宇宙における神話的な光と闇の戦い描いたことは有名な話です。SF映画という形をとりながら、人間の善と悪の葛藤に切り込んだ『スター・ウォーズ』が世界中の人々の心を捉えて離さず、今もなおファッションやポップカルチャーに影響を与え続ける理由のひとつに、ジャパン・パワーに感化された衣装の存在があることは、日本人として非常に興味深いことではないでしょうか。
【参考】
※1…How Star Wars Changed the Way We Dress - VANITY FAIR HWD
※2…講談社「スター・ウォーズ コスチューム大全 エピソード 4・5・6」ブランドン・アリンジャー編著
※3…Sith & samurai: What you didn’t know about Star Wars and Japan - INSIDE Japan
※4…The Samurai Influence on Star Wars - DENVER ART MUSEUM
※5…Spectra「Star Wars: The Magic of Myth」Mary Henderson著
※6…How Star Wars became fashion’s favourite film franchise - VOGUE
此花わかプロフィール
映画ライター。NYのファッション工科大学(FIT)を卒業後、シャネルや資生堂アメリカのマーケティング部勤務を経てライターに。ジェンダーやファッションから映画を読み解くのが好き。手がけた取材にジャスティン・ビーバー、ライアン・ゴズリング、ヒュー・ジャックマン、デイミアン・チャゼル監督、ギレルモ・デル・トロ監督、ガス・ヴァン・サント監督など。 (此花さくや から改名しました)
Twitter:@sakuya_kono
Instagram:@wakakonohana