中学生約300人が映画で世界の苦悩を知る…内戦後のボスニア描く『約束の地で』を鑑賞
山形国際映画祭30年の軌跡
山形国際ドキュメンタリー映画祭30年の軌跡 連載:第8回(最終回)
10月10日~17日まで開催された第16回山形国際ドキュメンタリー映画祭(以下、YIDFF)の入場者数がこのほど発表された。台風19号の影響を受けて山形入りできなかったゲストも多かった中、入場者数は第15回よりも769人増の2万2,858人。プレス登録者325人のうち海外からの参加者は、過去最高の82人となった。12月6日には病気療養中だったYIDFF理事長・大久保義彦さんの訃報も届いたが、次代に向けての布石は会期中から打たれていた。(取材・文・写真:中山治美、写真:山形国際ドキュメンタリー映画祭)
生きた世界史の授業として映画祭に参加
10月11日、映画祭会場の一つである山形市民会館には続々と学生たちが集まっていた。この日は、山形市立蔵王第二中学校、同高楯中学校、同第三中学校の生徒約300人による集団映画鑑賞が行われたのだ。海外では授業の一環として学校やクラス単位で映画祭に参加するのは当たり前の光景だが、受験に直結する授業が優先される日本ではまれ。しかしYIDFFでは第12回(2011)からこの取り組みが行われているという。
彼らが鑑賞したのはインターナショナル・コンペティション部門のクローディア・マルシャル監督『約束の地で』(2019・フランス)。内戦後のボスニア人の苦悩と現実を、ボスニアで暮らす姉と、結婚してフランスで暮らす妹の両方の視点から描いた作品だ。上映プログラムの中からどの作品を選択するかは学校側の意向を取り入れながらYIDFF事務局と話し合って決めるそうだが、学生にとっては何よりの生きた世界史の授業となる。
彼らが普段見慣れているエンタメ作品とは違う。重く、辛い現実を直視させられる内容だ。しかし学生たちは静かに、真摯に、77分間スクリーンを見つめた。上映後のQ&Aでは積極的に手をあげて「なぜこの映画を撮ったのですか?」「撮影期間はどれくらいですか?」などの質問をマルシャル監督にぶつけただけでなく、自分の感想も述べた。
「この作品を見てすごく苦しんでいる人たちがたくさんいて悲しくなった。僕はそういう人たちを助けていきたいと思った」
「わたしたちが今のような生活ができるのは当たり前だと思っていたけど、戦争がなく、平和で幸せな生活を送れることはありがたいことなのだなと思いました」
「この映画を見てわたしは、世界中でいろんなことで苦しんでいる人たちがいることを知り、それが心に残りました」
シンプルだが素直な感情がこもった言葉はマルシャル監督を感激させ、学生たちで埋まった客席を撮影に協力してくれた姉妹に送るのだと写真を撮っていた。小規模かもしれないが、山形‐フランス‐ボスニアを結ぶ国際交流が芽生えた瞬間だ。
次世代へつなげるため、育むきっかけづくり
会場の外では、外国人ゲストに子どもたちが英語でインタビューを実施した日もあった。これはYIDFFの協賛企業であるジェイムズ英会話とのコラボレーション企画で、子どもたちに英語を使ったコミュニケーションを体験してもらうもの。同様の企画は映画祭恒例のゲスト向けの山寺ツアーでも行われ、地元・山寺中学校に加えて今年は蔵王二中学校の生徒も参加して英語でガイドした。
そして表彰式では、観客賞にあたる市民賞の発表を、高校生ボランティアの渡邉沙采さん、槙葵さんが担当した。観客層の高齢化問題は映画業界全体の課題ではあるが、いかにしてYIDFFを次世代へつなげ、育んでいくか。そのきっかけ作りがいたるところで行われていた。
もともと山形は、映画への理解が深いという下地はあった。YIDFFの上映会場でもあるフォーラム山形(1984年開業。2005年に現在地に移転。スクリーン数5)とソラリス(2000年開業。スクリーン数6)は、全国でも珍しい市民株主によって誕生した映画館だ。一般社団法人コミュニティシネマセンターによる「映画上映活動年鑑2018」によると、都道府県別1スクリーン当たりの人口は、石川県の1万8,737人に次ぐ1万9,461人で全国2位。この数字は、市民にとって映画館がどれだけ身近にあるかを示しており、一人当たりの年間鑑賞回数も1.3回。(ちなみに東京は1スクリーンあたりの人口は3万6,623人で、一人当たりの年間鑑賞回数は2.0回。大阪は3万9,395人で1.6回)。
これらの数値に貢献している一つが、教員による山形市教育研究会メディア教育部会で、小・中学校の長期休暇期間に市内で上映される映画の中から推薦映画を選定し、生徒たちの各家庭に作品リストと特別割引券を配布するという“伝統”が長年続いているという。2019年夏休みの推薦映画リストには、『天気の子』から『ワイルド・スピード/スーパーコンボ』や『いつのまにか、ここにいる Documentary of 乃木坂46』まで柔軟な視点で幅広い作品が入っているから驚きだ。
この公教育と映画の連動は、山形市が2017年にユネスコ(国際連合教育科学文化機関) 創造都市ネットワークに映画分野で加盟認定されたことで、ますます盛んになっている。ユネスコ創造都市ネットワークとは、グローバル化が進んで固有文化の喪失が危惧される中、文化の多様性を保持する目的で、7つの分野(クラフト、デザイン、映画、食文化、文学、音楽、メディアアート)において都市間で戦略的連携を行っていくもの。
映画分野で認定されたのは、韓国・釜山やイタリア・ローマなど18都市(2019年12月現在)。山形市や認定NPO法人山形国際ドキュメンタリー映画祭などで組織する山形市創造都市推進協議会では映画を軸に多様な文化資産を結びつけた地域振興を実施している。山形市文化振興課の杉本肇課長は「行政の力だけでユネスコの認定が取れたとは思っていません。30年も続けられてきたYIDFFがあるというのが一番の背景ですし、YIDFF事務局の方が築いてきた海外とのネットワークがあってこそだと思っています」。
ミニ・ユネスコ会議を開催
活動の拠点となるのが、山形県で最初の鉄筋コンクリート製校舎で、国の登録有形文化財となっている山形市立第一小学校旧校舎(現・観光文化交流センター山形まなび館)を活用した「Q1(キューイチ)プロジェクト」。2022年の本稼働を目標に活用実験や再整備工事を行っていくもので、YIDFF会期中も同校舎内にあるブックカフェ「Day&Books」で「ユネスコ映画創造都市を知ろう! 話そう!」と題したお茶会を開催。同じくユネスコ映画創造都市に認定されているポーランドのウッチから、アンジェイ・ワイダ監督らを輩出したウッチ映画大学出身の『海辺の王国で』の慶野優太郎監督、アイルランド ・ゴールウェイから、ゴールウェイ映画祭プログラム・ディレクターのウィリアム・フィッツジェラルド、そして地元・山形県立山形東高等学校探究部部員が参加し、互いの街の取り組みを語り合う“ミニ・ユネスコ会議”だ。
海外との交流を目的に制作された探検部制作の山形PR短編映画も上映し、意見交換もしたのだが、その際、部員自ら英語でプレゼンテーションを行った。日本の若者の内向き志向が叫ばれているが、YIDFFではそれとは無縁の若者たちの頼もしき姿を至るところで目にした。
YIDFF終了後も事務局の活動は続いている。山形市平久保の山形国際交流プラザ(山形ビッグウイング)内で、インターナショナル・コンペティション部門の応募作を中心としたドキュメンタリー映画の秀作を収集・保存し、一般の人たちが自由に閲覧できるフィルムライブラリーを運営。試写室も併設し、第2・4金曜の毎月2回は上映会も行っている。何よりドキュメンタリーに特化したライブラリーは世界でもまれで、海外からも専門家が訪問しては、山形に長期滞在して研究に没頭する人も多いという。
「特に中国はまとめて収集しているところはありませんし、当局に没収されてしまうこともあるのでここで保存されていることが非常に重要となっています。また津波被害に遭ったインドネシアの監督から、作品の素材も流されてしまったので『フィルムライブラリーで保存している自分の作品をコピーさせてほしい』という連絡を受けたこともありました」(事務局スタッフ)
ほか「子どもの映画教室」、映画祭の受賞作を中心に東京で翌年に上映会を行う「ドキュメンタリードリームショー-山形in東京」も恒例となった。YIDFFの次回開催は2年後の、2021年。YIDFFの認知度を高める努力だけでなく、次代の制作者や観客を育成することにも余念がない。YIDFF理事の藤岡朝子が語る。
「NPO法人になって初めて開催した2007年、前回より3,424人増の2万3,387人の観客が全国から集まったのは、『山形映画祭はもう終わりだ』というウワサが流れたからでした。市から独立することは財政基盤がなくなり、これまでのような映画祭の形は維持できなくなるのでは? とファンの皆さんが心配してくれた結果でした。実際はNPO化したことで膨大な事務仕事を事務局でまかなわなくてはならなくなり、総務経費もかかってきましたが、山形の事務局内の士気は高まり、映画祭以外のさまざまな事業(子どもの映画教室、県内出張映写、自主上映会の営業活動、大学とのコラボレーションなど)に積極的に取り組むことになりました。スタッフの自主性とやる気は花開いたと思います。今でも山形市の補助金なくしては存在できませんが、30年前と違って文化芸術は行政主導ではなく、自律的で自主的な活動として援助を受けながら、表現の自由と独立性を維持する方向に向いているのではないでしょうか。一方で、皮肉なことに認定NPO法人という公益的な団体としての自覚が高まったせいか、初期のようなとんでもなくラジカルなプログラムが影を潜めた気もします」
最後に、作品を出品している製作者にとってYIDFFの存在意義をどう捉えているのか。第16回のインターナショナル・コンペティション部門の審査員で、映画『風の電話』(2020年1月24日公開)の諏訪敦彦監督がYIDFFの会見で語った言葉を記したい。
「日本で撮影するたびに痛感するのは、『こんなにもわかりやすくしなければいけないのか』。“わかりやすいことが善である”ということです。もともと映画というのは、人の想像力を奪うという罪を犯す場合もあるし、人の想像力を育てていく可能性も持っています。そのことに無自覚でいると全てわかりやすく、わたしたちは何も考えなくて良いという傾向になってしまう。それには抵抗しなければいけないと思っていますし、そうじゃない場所を確保しなければならない。それは映画に関わる人間が、死守しなければいけない問題だと思っています。(文化に理解がある)フランスの映画人だって死守してきたのです。ただ、日本においてそれが行われている場所は非常に少ない。その数少ない場所が、YIDFFだと思っています」
2019年はあいちトリエンナーレにKAWASAKIしんゆり映画祭など行政が関わる文化事業の「表現の自由とは何か」に揺れた1年でもあった。YIDFFも他人事ではないかもしれないが、少なくとも行政や市民と共に試行錯誤を続けてきた30年の歴史と実績がある。何よりの身近にある好例を行政をはじめ文化事業に携わる人たちは再検証すべきではないだろうか。
【懐かしアルバム】映画評論家・蓮實重彦、アピチャッポン・ウィーラセタクン監督、ペドロ・コスタ監督
YIDFFではこれまでも国内外の著名人がインターナショナル・コンペティションの審査員を務めてきたが、第10回(2007)もこの3ショットだけでも映画ファン垂涎もの。東京大学元総長にして、文芸・映画評論家であり、小説家、フランス文学者の蓮實重彦彦、タイのアピチャッポン・ウィーラセタクン監督、ポルトガルのペドロ・コスタ監督だ。
その後、蓮實は2016年に小説「伯爵夫人」で第29回三島由紀夫賞受賞。ウィーラセタクン監督は『ブンミおじさんの森』(2010)でタイ映画史上初となるカンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞、コスタ監督『ヴィタリナ(仮題)』(第20回東京フィルメックスで招待上映)はロカルノ国際映画祭で金豹賞を受賞と、共に最高賞に輝いている。