『劇場版メイドインアビス 深き魂の黎明』奈落の底への冒険と夢見る狂気の黙示録
映画ファンにすすめるアニメ映画
1月17日より公開される『劇場版メイドインアビス 深き魂の黎明』は、2017年に放映されたテレビアニメシリーズの劇場版だ。一見すると子供向けにも思えるかわいらしいキャラクターからは想像もつかない、驚異と謎に満ちた作品世界を、劇場版の見どころと併せて紹介する。(香椎葉平)
【主な登場人物】
リコ(CV:富田美憂)大穴アビスの街・オースで暮らしていた女の子。持ち前の探究心と穴の奥深くに消えた母の声に導かれるようにして、二度とは帰れぬ奈落の底への冒険を決意した。
レグ(CV:伊瀬茉莉也)アビスの中で見つかった機械仕掛けの少年。すべての記憶を失っているが、自分は奈落の底から来たのではないかと考えている。リコと冒険を共にする。
『天空の城ラピュタ』のよう……だが目指すべきは奈落の底
少年と少女が手を取り合い、好奇心と憧れに誘われるまま、驚異と謎に満ちた未踏の地を目指して大冒険を繰り広げる。その意味では、宮崎駿監督の『天空の城ラピュタ』(1986)に似ている。ただし、本作でのラピュタ的な場所があるのは、遙か空の彼方ではない。大地にぽっかりと口を開けた大穴の奥底、執拗なまでに深く潜り続けた奈落の果てだ。
およそ1900年前、南洋の孤島に直径約1,000メートルの大穴が発見され、アビスと呼ばれるようになった。アビスがどこに続いているのか、深さはどれくらいあるのか、今のも人類には誰一人知る者がいない。アビスの周縁には一攫千金を狙う冒険者(“探窟家”と呼ばれる)が集まり、いつしか街が形作られた。深淵の内部からは、「尽きない火薬」や「時を止める鐘」など、人智を超越した「遺物」と呼ばれるアイテムが、多数見つかるからだ。
主人公は、アビス周縁の街に生まれた少女・リコ。探窟家を夢見る彼女が、奈落の底からやって来たらしい機械仕掛けの少年・レグと出会うところから冒険は始まる。記憶をなくしているレグの正体は何なのか、彼もまた「遺物」のひとつなのか、大穴の奥底奈落の底へ行けばわかるだろう。
リコ自身にも、冒険に出る強い動機がある。彼女の母親・ライザは、「白笛」と呼ばれる最も優れた探窟家として有名だった。深淵で消息を絶った彼女から、ある日、最後のメッセージと思われる手紙が届くのだ。「奈落の底で待つ」と。
アニメだから表現できる本当の地獄
空の彼方に憧れがある時、見つめる冒険者のまなざしには情熱の炎が宿る。真逆である地の底へと下っていく探窟家の目を輝かせるのは、一見すると似ているがまるで別物。英雄になるのを夢見て戦地に向かった、第一次世界大戦の兵士のそれにも似た狂熱だ。空の彼方が天国に近いとしたら、地の底はより冥界に似ている。彼らはロマンの中で狂うのだ。
事実、アビスは潜れば潜るほど、地獄さながらの正体を現し始める。激しい苦痛や恐怖などは序の口。探窟家に寄生して脳を喰らい、腐敗した残りの肉体を借りて人語を発する妖虫に迫られた時、いったいどこまで正気でいられるだろうか。現実の映画俳優ではなく、愛らしく記号化されたアニメキャラクターだからこそ、露悪すれすれの残酷表現は際立つ。
それは例えば、赤子のための人形の腕を戯れにひねってみたら、骨がへし折れる音がして人形が苦悶の表情を浮かべ、悲鳴を上げ始める悪夢に似ている。底知れぬアビスの神秘と無慈悲さは、豊かな表現力を持つ2Dアニメーションだからこそ描けるのだ。
リコはそれでも、どんな脅威にも屈することなく潜り続ける。猛毒に冒された腕を麻酔なしでレグに切り落とさせようとしたり、激痛にもがき失禁までしたりしながらも、彼女の熱意は、決して折れることがない。明らかに、どこかタガが外れている。実はそうなる理由はあるのだが……。
コッポラの『地獄の黙示録』にも通じる彼らの行き先…地獄
正気の意味すら失わせる暗黒の果てを目指す道行きは、ジョセフ・コンラッドの小説「闇の奥」にも通じるモチーフだ。フランシス・フォード・コッポラは「闇の奥」を原案に、『地獄の黙示録』(1979)を生み出した。
本作の原作者・つくしあきひとの生み出した、一見すると子供向けを思わせるかわいらしいキャラクターにだまされてはいけない。『メイドインアビス』は、「闇の奥」や『地獄の黙示録』よりもさらに狂っている。「闇の奥」の主人公・マーロウや、『地獄の黙示録』のウィラード大尉は、常識から隔絶された暗黒の奥を目指しながらも、必死で正気を保ち、人間であり続けようとした。ところが、『メイドインアビス』のリコは、人間であり続けることはできないと最初からわかっていながら、それでも奈落を目指すのだ。
アビスには、ある呪いがかけられている。潜ったが最後、肉体と精神に重症の潜水病のような負荷がかかるのだ。下層へ降りれば降りるほど負荷は増し、ある時、それは限界を超える。戻ろうとすると、もはや人間ではいられなくなってしまうのだ。心と体が文字通りの怪物、グロテスクな「成れ果て」に変貌してしまう。最初からそのことを知っていながら、二度と戻れぬ絶界行(ラストダイブ)を求めて潜り続ける。それがリコの、奈落の“ラピュタ”を目指す大冒険なのだ。
リコやレグの冒険に途中から加わるナナチは、「成れ果て」に変わりながらも人間性を残している。もちろん、望んでそうなったのではない。元々、地上の街のストリートチルドレンだったナナチは、愛と希望を説くある男の「実験」によって、ぬいぐるみのような姿に変えられてしまった。
『劇場版メイドインアビス 深き魂の黎明』は、リコたちが絶界行に挑む直前、ナナチに実験を施した男に出会うところから物語が始まる。
『君の名は。』の作画監督がキャラクターデザインを担当
この男こそ、物語のもう一人の重要なキャラクター・ボンドルドだ。彼は理想への狂信に溺れて怪物となった。
ボンドルドは、行き場のない貧しい子供たちを言葉巧みにアビスに連れ込み、アビスの呪いを克服するための人体実験の材料にしていた。いかなるときも紳士であるボンドルドは、ナナチだけでなく、自らの手でうごめく肉塊に変えた子供たちにすら愛情を注ぐ。ぬるぬると這いずるだけの物体や、箱詰めされた臓器であっても、鼓動を保っている限り、彼にとっては夢見るかわいらしい子供たちのまま。それどころか、彼には無私の愛情と信頼を注いでくれる、プルシュカという愛娘すらいる。
『メイドインアビス』シリーズは、全13話のテレビアニメが動画配信サービスなどで視聴できる他、その総集編である『劇場版総集編【前編】メイドインアビス 旅立ちの夜明け』(2019)『劇場版総集編【後編】メイドインアビス 放浪する黄昏』(2019)も、既に公開され、Blu-ray&DVD化されている。製作側は、今回の新作映画に、より多くの人が『メイドインアビス』という作品そのものに触れるきっかけになってほしいという意向も込めているようだ。テレビシリーズか総集編を観賞してから劇場へ行けば、より深く作品世界に浸ることができるだろう。
アニメーションのキャラクターデザインは、『君の名は。』(2016)でも作画監督を務めた黄瀬和哉。生物デザインの吉成鋼やエフェクト作画監督の橋本敬史、音楽のケヴィン・ペンキンなど、レジェンド級のスタッフたちが、誰も見たことのない異形の世界を鮮やかにスクリーンに現出させる。
周縁の街で暮らす者、挑む者、挑んでは消えていった者、誰もがアビスでつながっている。スクリーンの前でこの作品に触れる者もそうだ。なぜなら誰の心にも、暗く深い深淵が必ず口を開いているはずだから。
大穴の奥深くにあるのは、「成れ果て」となった自分自身だろうか、それとも、想像もしたことのなかった「遺物」だろうか。知られざる何かがある作品であることは間違いないだろう。
深く、どこまでも深い、奈落の底にそれはあるのだ。
【メインスタッフ】
監督:小島正幸
脚本:倉田英之
キャラクターデザイン:黄瀬和哉(Production I.G)
エフェクト作画監督:橋本敬史
生物デザイン:吉成鋼
アニメーション制作:キネマシトラス
製作:メイドインアビス製作委員会
【声の出演】
映画『劇場版メイドインアビス 深き魂の黎明』は1月17日より公開
お詫びと訂正:1月17日 14:30 一部の内容を訂正いたしました。お詫び申し上げます。